EPISODE19. 騒がしい静寂。
2025年12月28日。大田ウヌンジョンギ文化通り。
通りの中央に設置されたステージに上がったヨハンは、真ん中に立ち、くるりと一回転して周囲を見回した。
「10年前と全く同じだな。同じように華やかで、キラキラしてて、人もたくさんいるし。」
「楽しそうだろう?」
ヨハンの独り言を聞いたハンギョルが、ヨハンの肩に腕を回し、ニヤリと笑った。
「おい、ボス。ここ、なんか許可を取って公演しなきゃいけない気がするんだけど。」
「ああ、本来はそうだけど、まあ捕まったら罰金を払えばいいんじゃない?」
「無鉄砲なやつめ。」
「冗談だよ、許可は取ってる。あと10分だ。早く準備しよう。」
かつてDJブースを折りたたんで逃げ出したクマが、少しは進化したようだった。
歌を終えたヨハンはマイクを置き、荒い息をついた。
呼吸が落ち着くと、ヨハンは再びゆっくりと体を回転させ、周囲を見回した。
ステージを中心に円形に集まった人だかり。
愛らしい顔、見慣れた顔、そしてどこかで見たような顔があった。
ヨハンが再びマイクに口を近づけた。
「あの、青いダウンを着ている方、私たち、以前お会いしたことありませんか?」
唐突な発言に、友人たちがヨハンを見つめた。
「何度かお会いしたことのある方がいらっしゃいますね。」
ヨハンの言葉に、観客の中から力強い声が飛び出した。
「バンドの公式アウトスタグラムのお知らせを見て来ました!地図がめちゃくちゃで、ちょっと迷っちゃいました!」
笑い声が聞こえてきた。
「アウトスタグラムですか?」
ヨハンが首をかしげていると、ハミンがニヤニヤ笑いながら近づいてきた。
「僕が作ったんだ。うちのバンドの公・式・アウトスタグラム。」
ハミンは得意げな表情でスマートフォンを掲げ、画面を見せた。
黄色い背景にダサいハングルフォント。
ゴヨハミンハンギョルヘジン。
K3H。
黄色いステッカーが貼られたミニバスの後ろ姿がプロフィール画像として表示されたSNSの画面。
ヨハンがクスクスと笑った。
「そうだ、ハミンはよくやった。やりたいことは全部やれ。」
「そりゃ当然でしょ!これは僕らのファン『ハンジュムダン』たちへの礼儀だ!」
「うわ、あのバカども。」
ベースギターをいじっていたヘジンが、赤い唇を動かし、毒舌を吐いた。
公演が終わり、後片付けを終えた一行は再びミニバスに乗り込んだ。
「セリンお姉さん、そろそろ来る頃だけど。」
バスに乗っていたイウムが周囲を見回しながら呟くのを、ハミンは聞き逃していた。
同日午後4時。 国道4号線。
曲がりくねった道路の上を、古びた青いミニバスがのろのろと走っていた。
道路の脇には、細長くうねうねと流れる濃い紺色の川が見えた。
「おいおい、外を見てよ! あそこ、あそこ、川だよ!」
少し運転に慣れてきたのか、ハンドルと体の距離が少し開いたハミンは、それだけ広がった視界に入ってきた錦江を見て、大騒ぎした。
ヨハンが体を向け、ミニバスの後ろの窓を見た。
道路の脇に並んで流れる川、そして黒いアスファルト。
遠くから急速に近づいてくる黒い点。
「ひゃっ、こんな寒い日にバイクに乗ってるなんて。」
ヨハンの言葉を聞いたハミンが、突然体を震わせた。
「何だ? なんで寒気を感じるんだ。」
ハミンは体を震わせながらサイドミラーを見つめた。
ピンク色のバイク。
その横に付いたサイドカー。
サイドカーの上に座り、ピンクの半帽にヴィンテージのゴーグルをかけた女性が、髪をなびかせながら近づいてきた。
「ま、まさか?」
ハミンは歯を食いしばり、アクセルを深く踏み込んだ。
エンジンが轟音を上げ、車体が悲鳴を上げた。
一瞬の加速に、後ろに乗っていた一行はバランスを崩してよろめいた。
「おい、このクレイジー野郎、ちゃんと運転しろよ!」
ヨハンは転びそうになったイウムを支えながら、ハミンに怒鳴った。
バックミラーに映ったハミンの顔には恐怖が浮かんでいた。
「お姉ちゃん、来たね。」
ウンビがスマートフォンを振りながらつぶやいた。
ウンビのスマートフォンには、カップル用位置追跡アプリが起動していた。
オホホホホホホホ。
いつの間にか後ろにぴったりと迫ったピンクのバイクから、華やかな笑い声が広がった。
エコーがたっぷりかかったまま、サイドカーの前部に設置されたアンプを通じて流れ出た。
ハミン様。私、来ましたよ。
オホホホホホホホホ。
「ヴァルハラアアアアアアアアアアアア!」
ハミンが怪声を上げながらアクセルをさらに踏み込んだ
ヒルデガルドが、金属が軋むような悲鳴を上げた。
「スピード落とせ、この狂人!車、ボロボロになるぞ!」
ハンギョルが運転席の後ろを蹴りながら叫んだ。
「でも…でも…」
ハミンが声を詰まらせた。
セリンは古びた青いミニバスを見つめながら、懐から宝石が散りばめられたキラキラしたマイクを取り出した。
「ハミン様、私の心を聞いてください。」
マイクを口元に当てて歌い始めた。
ハミン様、今日も照明なしに輝いていますね。
人混みの中でも、いつも一人であるかのように。
エコーがたっぷりかかった声が、伴奏なしでアンプを通して流れ出た。
何も言わずにコーヒーを差し出すその手、
すべてのメロディーがその瞬間に止まりました。
右手にはマイクを握り、左手は肩から始まり、前方へと緩やかに伸びていった。
僕はステージの上で何千回も愛を歌ってきたけれど、
名前一つ呼ぶのが、なぜこんなに不器用なんだろう。
古びたミニバスの車内から、アコースティックギターの音が聞こえてきた。
ハミンさん、逃げないで。
今夜はただ聞いていて。
繰り返し木を叩く音が聞こえ始めた。
愛は大きな声より、静かな息遣いのほうが美しいもの、
私はそれをあなたの前で学んだから。
ベースギターが、ギターのメロディーとカホンのリズムの下に溶け込んでいった。
ドアを閉めても大丈夫、星はもう昇っているし、
あなたはまだ私の歌の中にいるから。
ハミンさん、これは告白ではなく、
予告です。
明日も、その次も、
私は同じ場所で同じ名前を呼ぶつもりです。
川に沿ってうねうねと続く国道4号線は、とてつもなく美しかった。
ヨハンはギターを置き、涙を流しながら運転中のハミンを見つめた。
「このクソ野郎ども!裏切り者め!」
ハミンの切実な声に、ヨハンの口元が徐々に緩んでいった。
「やっぱり遊ぶのが一番いいって言うでしょ?」
ヨハンの呟きに応えるかのように、セリンの声が再び響き渡った。
トップスターらしい爽快な発声、そしてエコーがたっぷりかかった怒りを含んだ声。
なぜそんな何事もなかったような顔で、
私を通り過ぎていくの。
ヨハンとヘジンの視線が再び虚空でぶつかった。
ヘジンがピックを手に取り、弦を荒々しくかき鳴らした。
鋭い金属音が混じった強烈なベース音がバスの中を駆け巡った。
何百回もの視線も、ステージ上の告白も、
あなたの前ではすべて無音。
逃げもしない、言い訳もない。
それの方がもっと残酷だって知ってる?
いつの間にかアンプに接続していたのか、ヨハンのアコースティックギターが鋭い音を轟かせた。
手が見えない速弾き
ハミンさんがじっと立っていること、
それが最大の反則なんです。
私は明かりをつけ、あなたはカーテンを閉め、
このゲームは最初から不公平だった。
ハンギョルが本格的にノートパソコンを開き、サンプルを再生した。
一言で済むはずなのに、一瞥で終わるはずなのに、
なぜそんなに知らないふりが上手いんですか。
ウンビがハーモニーを加え、コーラスを重ねた。
正直言って、少しは期待していました。
慌てたり、動揺したりすると思っていました。
ベースギターとアコースティックギター、ハンギョルのMIDI演奏、そしてウンビのハーモニーが、車内で次第に激しく響き渡った。
でも、あなたは相変わらずそこにいますね。
何事もなかったかのように。
ハミンさん、これはラブソングじゃないんです。
警告ですよ。
何もしないことが、何の感情もないということではない、
ということを、いつかあなたは知るでしょう。
その時も私は歌うつもりです。
今より少し大きな声で。
「クソ野郎ども…」
ハミンの丸い顔が、少し青ざめた。
国道4号線は今日も平和だった。
***
20:23。大邱近くのキャンプ場。
ヨハンは焚き火の前に座り、猛烈に燃え上がる炎を見つめていた。
パチパチと木が燃える音、火の粉が空へと舞い上がり、焦げたような匂いが広がっていった。
ヨハンは顔を向け、ハンギョルを見つめた。
ハンギョルが首を横に振った。
「はあ。」
深くため息をついたヨハンは、再び焚き火に集中した。
「取り出せ。」
ハンギョルの合図を受けたヨハンは、慌ただしい手つきで焚き火の近くにある棒に手を伸ばした。
「おい、これ熱いぞ。」
ヨハンは熱いとぶつぶつ言いながら棒を引っ張り、火の中にある黒い塊を取り出した。
「これが本当に美味しいんだ。」
ハンギョルがニヤリと笑いながら包丁を持って近づき、黒い塊に包丁を突き刺すと、作業用手袋をはめた手で切れ目を広げた。
内側が銀色に輝く黒い塊の皮が剥がれ、湯気がモクモクと立ち上る茶色で艶やかな鶏が、優雅な姿を見せた。
食卓の上には、湯気をモクモクと立てながら茶色の皮と白く柔らかな身を見せ、散らばっている4羽分のホイル焼きチキン、各種の焼き野菜と正体不明の肉の塊、大きなハムの塊が、皿もなくそのまま置かれていた。
「これがあの有名なバイキング式ビュッフェなのか?」
ヨハンは呟きながら周囲を見回した。
人は8人、鶏の脚も8本。
早く食べれば2本は食べられる。
素早く計算を終えたヨハンは、手を伸ばして一番大きく見える脚をつかんだ。
まだ他の人たちは脚には興味がないようだった。
脂がポタポタと滴る分厚い太ももを、素早く口の中に放り込み、噛みしめた。
繊維質のような鶏の脚特有の食感が、口と舌を濡らした。
ふと、幼い頃、家族と一緒に行った養鶏場の光景が脳裏をよぎった。
そこで持ち帰った小さくて黄色いヒヨコ4羽。
一羽は野良猫にさらわれて消えた。
もう一羽は、ウンビという名のあの豚に踏みつぶされて消えた。
残った二羽のうち一羽は、そろそろ鶏の形を整え、鶏冠のようなものが生え始めた頃、隣の家の子犬に噛まれて死んだ。
そして残った一羽は…
たくましく育ったあの丈夫な雄鶏は…
修学旅行に行っている間に、父が食べてしまった。
ヨハンの両目から、二筋の透明な涙がこぼれ落ちた。
こういう味だったのだろうか?あの子は…
次々と滲み出てくる涙が視界を遮った。
口の中に残った大切な鶏の太ももを最後まで平らげ、涙を拭った。
ヨハンの視界に戻ると、食卓の上の光景が見えた。
脚のない鶏の胴体四つが、ひときわ煌びやかに輝いていた。
口から吸い込まれた刺激的な煙が食道を通って肺へと流れ込んだ。
満たされる感覚。
再び肺から抜け出し、口の外へ白い煙が漏れ出る。
ハンギョルは煙を見つめながら、ふと大邱でのあの日を思い出した。
あの日のあの路地と、海雲台の赤い砂浜を。
2015年12月29日。大邱。
ハンギョルはしばらく友人たちから離れ、人目につかない路地へと入った。
ポケットからタバコを取り出し、口にくわえた。
火をつけ、煙を吸い込んだ。
最初は母への反抗心から始まった逸脱だったが、ほどなくして習慣となってしまった。
天才ピアニストという肩書き。
チェリストである母は、その肩書きにあまりにも執着し、他の音楽を聴いたり演奏したりする自分を放っておかなかった。
初めてタバコを吸った日。
ゴホゴホと咳き込みながらも吸い続けたあのタバコの煙が、まだ残っていて体の中を巡っているような気がした。
「おや? これを見ろよ、何だこいつは、こんなところでタバコを吸ってるのか?」
「小僧が図々しいな。」
三人の男が路地裏へふらふらと入ってきて、ハンギョルに絡んできた。
「おじさんたち、もう行ってくれませんか?」
ハンギョルは再び煙を吸い込み、男たちに向かって吐き出した。
「このちっぽけなガキ、死ね。」
一人の男が前に歩み出て、ハンギョルの頭をポンポンと叩いた。
「あの、おじさんたち、もう行ってください。」
ハンギョルの言葉が終わるやいなや、手のひらが頬に飛んできた。
「おい、このクソガキ。大人に対して何て口を利くんだ?」
ハンギョルの頬を叩いた男が、嘲るように頬を押さえるハンギョルの胸をポンポンと叩きながら、壁の方へと押しやった。
壁に背中を押し付けられたハンギョルは拳を握りしめた。
再び男の手にハンギョルの頭をポンポンと叩かれた瞬間、路地にヘジンの声が響き渡った。
「おい、このクソガキども、誰に手を出すんだ!」
同時に、黄色いツインテールをしたヘジンが空を飛んだ。
「何だよ、この女は?」
ハンギョルの頭をポンポンと叩いていた男が、音がした方へ顔を向けた瞬間、ヘジンの飛び蹴りが男の頭を直撃した。
男がバランスを崩してよろめく間、ヘジンはハンギョルの手を掴んで走った。
「走れ、このバカ!」
自分の手を握りしめて走るヘジンの声。
ハンギョルは、瞬く間に怒りが収まっていくのを感じた。
やがて、くすぐったい感覚が肺から始まり、口の外へと溢れ出た。
その感覚は笑いだった。
肺は引き裂かれそうだし、心臓は破裂しそうだったが、ハンギョルはそう走りながらも笑った。
おそらくピアノをやめてから、こんなに笑ったのは初めてだったようだ。
くすぐるような喉から、爽やかな煙が漏れ出た。
息と混ざり合った白いタバコの煙。
キャンプ場の喫煙所の街灯は、寿命が尽きたのか、ちらつき始めた。
タバコの煙に覆われた、ちらつく明かりが赤く染まって見えた。
まるで海雲台の白い砂浜に流れた赤い血のように。
大邱で自分に絡んできた男たちが倒れたヨハンの前で、ヒヒッと笑い声を上げた。
ハミンがヨハンに駆け寄ると、驚いたヘジンはその場に固まっていた。
イウムが飛び出してヨハンの方へ向かい、男たちは黒いアンプから白砂浜へと流れ落ちる血を見て驚いたのか、そのまま逃げ出した。
ヨハンの声は、俺が壊したんだ。
ハンギョルは口にくわえていたタバコを外し、灰皿に投げ入れた。
「はあ……。」
友達がいる場所を見つめた。
騒がしくおしゃべりしながら歌う姿。
「浅はかな奴ら。いい子たちだ。」
ハンギョルは呟きながら、足を踏み出した。
暗い森の中から、明るく暖かい場所へと。




