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サイドストーリー。静かな絆。

2025年7月13日。午前。ミニバス「ヒルデガルド」にて


薄明かりの中、日が昇り始める夜明け。

明るくなりつつある道路を、一台のミニバスが走っていた。


「ア・ウォーキン・イン・ザ・レイン~ ユー・ウォーキン・イン・ザ・ヘル!」


運転席のハミンが、スピーカーから流れる歌に合わせて歌った。

助手席に座ったセリンは、そんなハミンを蜜が滴るような眼差しで見つめていた。

助手席の後ろにある一人用ソファは広げられ、ハンギルが横たわっていた。うるさかったのか、ヘッドセットを耳に付けたまま顔をしかめていた。


後方のL字型シート。

右側ではヘジンとセジンが真剣な表情で静かに会話をしていた。

ウンビは後方の椅子に横たわり、眠りにつこうとしていた。時折歯ぎしりをしながら、「ヨハン、このブタ野郎、俺のチキンはどこだ」と呟いた。

左側にはヨハンがイウムの膝の上に頭を乗せたまま眠っていた。イウムはヨハンの髪を撫でながら、ふと昔の出来事を思い出した。


10年前、2015年12月31日にあった、海雲台での辛い記憶だった。


冬の夜の白砂の浜。小さなステージの上にヨハンが倒れていた。

横にある大きな黒いアンプに付着した血が流れ落ち、真っ白な砂浜を赤く染めていた。


ハミンが倒れたヨハンの元へ駆け寄った。

驚いたハンギョルが、DJ用の機材が置かれた机を倒して走り出した。

ヘジンはその場に固まったように動かなかった。


ざわめく観客の中から、少女の悲鳴のような声が飛び出した。

「ヨハン!」

一人の少女が人混みを掻き分けて飛び出し、ヨハンに向かって走った。



「イウム。ヨハンはどうしたの?」

ハミンは声を詰まらせながら、ヨハンの首のあたりを押さえている少女、イウムに尋ねた。

「早く119に電話して。」


イウムがハミンに言った。

少女の手と顔、そして白いシャツは血に染まり、赤く濡れていた。


「もう電話したよ。次は?」

ハンギョルが震える手を握りしめて尋ねた。


「わからない。とりあえず出血を止めなきゃ。」


イウムは声を詰まらせながら、滑り落ちそうになる手でヨハンの傷口を押さえようとした。


「とりあえず、これで縛ろう。」

ヘジンがギターのストラップを外し、イウムに手渡した。


「これで首を縛ったら、息ができなくなったらどうしよう?」

イウムはストラップを受け取りながら、声を詰まらせた。


「みんな、ちょっとどいて。」

一人の男性が自分のシャツを脱ぎながら子供たちに近づいてきた。


「ちょっとだけ耐えてくれ。」

ヨハンに囁きながら、男性はヨハンの上半身を少し起こした。


「そこの大柄な少年、こっちに来て、このシャツで傷口を押さえてくれないか?」

男性がハンギョルに言った。


ハンギョルは男性のシャツを受け取り、ヨハンの首の傷口を押し当てた。

白いシャツが赤く染まっていった。

シャツが完全に赤く染まる前に、救急車のサイレンの音が聞こえた。


***


2016年1月3日。釜山、病院。


救急室の空気はいつも重かった。

忙しく動き回る白衣の人々の間に、力なく座っている人々。

人の声といえば、泣き声、咳、叫び声だけという空間。


その場所で、イウムにはただ一つの音だけが聞こえてきた。

ピー。ピー。ピー。規則的に聞こえてくる心電図モニターの音。


イウムにはただ一つだけが見えた。

酸素マスクを付け、目を閉じて横たわっているヨハンの姿。深く眠っているかのように目を閉じたヨハンは、何の苦痛もない表情で、平穏にただそうして横たわっていた。



2016年1月5日。釜山、病院


イウムは疲れた表情でヨハンの病室に入った。


広い個室には、疲れ切った表情の三人の友人とヨハンの母親が座っていた。

ヨハンのベッドの横には、横たわる息子の体を拭いているヨハンの母親がいて、その傍らにはヨハンの体を寝返りさせてあげているハミンがいた。

窓辺には、ぼんやりと座って窓の外ばかりを見つめているハンギョルがいて、隅のソファには、同じくぼんやりと天井ばかりを見つめているヘジンが座っていた。


「え?動いた!」

ハミンの声が聞こえてきた。

「ヨハン!ヨハン!」

ヨハンの母親の声が聞こえてきた。

イウムは我を忘れてヨハンのベッドに向かって走った。



目を開けたヨハンが口を開いた。

「え…え…」

「そうよ、ヨハン。ママ、ここにいるよ。」


ヨハンの母親がヨハンの手を握って言った。


「うっ…」

ヨハンは自分の手で首を押さえた。

「うっ…?」

ヨハンの目から涙がこぼれ落ちた。



ヨハンとヨハンの母親は診察室に入った。

座っていた医師がカルテをしばらくめくった後、口を開いた。

「声帯に大きな損傷があります。」


ヨハンとヨハンの母親を交互に見つめ、再び口を開いた。

「首を強く打ち付けたことで、喉頭周辺の神経が損傷したようです。喉頭軟骨に微細な損傷があり、それにより反回喉頭神経の損傷が疑われます。


医師はカルテを閉じながら付け加えた。

「当面は発声器官の損傷により、発話が困難になる可能性があります。」


しばらく言葉を止めた医師が、ヨハンとヨハンの母親を見つめた。

「今後の回復経過を見なければ分かりませんが、現在の画像を見る限り、回復は難しいでしょう。」


ヨハンの母親が慌てて尋ねた。

「回復できなければ、どうなるんですか?」


医師はヨハンの母親の目を見つめた。


「日常的な会話はリハビリである程度可能ですが、以前のような声は出せません。」


ヨハンはしばらく動けなかった。

ヨハンの母親は、そんな息子の手をぎゅっと握りしめた。

後ろに立っていたイウムはその姿を見て、何も言えなかった。



2016年1月9日。釜山、病院の駐車場。


「お母さん、私たち先に上がりますね。先に行ってしまってごめんなさい。」

ハンギョルがヨハンの母親に言った。

「いいのよ。今まで一緒にいてくれたことだけでも、どれほど感謝しているか分からないわ。」

ヨハンの母親が笑いながら言った。

疲れ切った様子がはっきりと見て取れる笑顔だった。


別れの挨拶を済ませたハンギョルとヘジンは、ハンギョルの父親の車に乗って駐車場を後にした。

「じゃあ、私たちも出発しようか。」

ヨハンの母親が、車の前に立っている子供たちに言った。



ソウルへ戻る車内は静まり返っていた。


ヨハンの母親は運転をしながら、バックミラー越しに後ろの二人の子供たちを見つめた。

ヨハンは窓の外ばかりを見つめていた。


イウムはそんなヨハンばかりを見つめていた。

助手席のハミンは、ただ自分の足ばかりを見つめていた。



2016年1月16日。ヨハンの家


青い門。

低い白い塀。

塀の上からちょこっと顔を出している緑の松の木。

門の前に白いダウンジャケットを着た少女が立っていた。


少女が門に取り付けられたベルを押した。


[どなたですか?]

幼い女の子の声。

「ウンビ、イウムお姉ちゃんだよ。」

[お姉ちゃん!]


イウムが名乗ると、嬉しそうなウンビの幼い声がスピーカーから聞こえてきた。

ピーという音と共に門が開いた。


イウムが門をくぐると、2階建ての家のドアが開き、中から幼いウンビが飛び出してきて抱きついた。

「お姉ちゃん!どうやって来たの?」

もう中学1年生になる、少し大きくなったウンビの頭を撫でながら、イウムは言った。

「ヨハンに会いに来たのよ。」

イウムの言葉に、ウンビは少し落ち込んだ表情で言った。


「ヨハンが変なの。最近、私ともしゃべらないし、毎日部屋から出てこないの。」

「お兄ちゃんが最近ちょっと体調が悪くてね。いい子のウンビなら、お兄ちゃんのことを理解してくれるよね。」


イウムはウンビの目線に合わせてしゃがみ込み、笑顔で言った。

イウムの声は震えていた。笑っていたけれど、笑っているようには見えなかった。


イウムは2階のヨハンの部屋に入った。

ヨハンは窓辺に座って松の木を見ていた。


「ヨハン、私来たよ。」

イウムは無理に笑みを浮かべてヨハンに近づいた。

イウムの手が肩に乗ったにもかかわらず、ヨハンは何の反応もなく窓の外ばかりを見つめていた。


「ヨハン……」

ヨハンの名前だけを繰り返し呼ぶイウムの声には、涙がにじんでいた。


イウムの絶え間ない呼びかけに、ヨハンが顔を向け、イウムを見つめた。

虚ろな瞳でイウムを見つめていたヨハンが、無理やり唇を上げて口を開いた。


「泣かないで……」

風が混じった、言葉にならない声だけが口から漏れた。


一瞬、戸惑ったような表情を浮かべたヨハンだったが、すぐに表情を変えると立ち上がり、イウムを胸に抱きしめた。

温かい体温を感じながら、イウムはそのままヨハンの胸の中で、ただひたすら泣き続けていた。


2016年2月12日。


卒業式の日だった。

イウムはハミンと共に、ヨハンの家の前でヨハンが出てくるのを待っていた。


少し待った後、門が開く音が聞こえ、ヨハンが青い門を開けて外に出てきた。


長い間日光を浴びていなかったせいか、白い肌

痩せ細って頬骨が突き出た顔


ヨハンの顔を見て、イウムは心配そうな表情で言った。

「大丈夫?今日は学校に行かなくてもいいのに。」


ヨハンはイウムの言葉に首を横に振ると、ニヤリと笑った。

怪我をする前、いつも見せていた茶目っ気たっぷりの笑顔。


イウムの両目に再び涙がにじんだ。


「おい、俺、見えないのか? 夜でもないのに見えないわけないだろ?」

ハミンが茶目っ気たっぷりの表情でヨハンのそばに近づき、ヨハンの脇腹を突いた。

ヨハンは驚いたような表情でハミンの指をかわすと、腕を上げてハミンの頭にヘッドロックをかけた。



「降参!降参!」

1秒も経たないうちに降参するハミンと、ハミンの頭を腕に挟んで笑うヨハン、そしてそれを見つめながら涙を浮かべているイウムだった。



2016年2月20日


診察室の中は静かだった。

木目が残っている机の上に、モニターが2台並んで置かれていた。

一方の画面には内視鏡の映像が静止しており、もう一方には電子カルテのウィンドウが開いていた。


机の向かいに座っている医師が、ヨハンとヨハンの母親、そしてイウムを見て口を開いた。


「完全に回復するかどうかは、3ヶ月から6ヶ月ほど様子を見なければならないと思います。」

ヨハンの戸惑った表情を見つめた後、ヨハンの母親の方を見た。

「今から発声リハビリテーションを始めるのが良いでしょう。」

再びヨハンを見て、話を続けた。

「発話機能を最大限に維持することが第一の目標です。」


ヨハンの母親が静かにうなずいた。

ヨハンはモニターに映る喉頭内視鏡の映像ばかりをじっと見つめていた。



2016年2月23日


音声リハビリテーション室は小さく、静かだった。

机の上には小さなノートパソコンと録音用マイク、そしてヘッドセットが整然と並べられていた。


壁の一角には長い鏡が貼られており、横の棚には水が入った透明なコップとストローがいくつか置かれ、A4用紙に印刷された発音練習の文章がクリップボードに挟まれていた。


白いガウンを着た若い男性セラピストが机に座り、向かいのヨハンを見つめながら言った。


「まずは基本的な発声検査から始めましょう。リラックスして自己紹介をしてみてください。」


ヨハンはセラピストをまっすぐ見つめた。

「私の名前は……コ・ヨハンです……」

細く、かすれた声。

「今年……高校……えっと……卒業しました。」

そこまで話したヨハンは眉をひそめ、喉をさすった。


セラピストがうなずいた。

「はい、よくできました。次は『ア~』と長く声を出してみましょう。リラックスして、力を入れないでくださいね。」


ヨハンは一度唾を飲み込むと、深く息を吸い込んだ。

「ア~」

3秒ほど経つと、声は細くなり、ひっくり返った。最後には空気が抜ける音だけが残った。


セラピストは目の前に置かれたメモ用紙に何か書き込むと、顔を上げてヨハンを見つめた。

「声が長く持続せず、息が混じった音がかなり出ています。」

しばらくカルテをめくってから、言葉を続けた。

「発音は正常です。神経が完全に断たれた状態ではありません。これからは、リラックスして声を出す方法から改めて学んでいきます。」


再びうつむいてカルテに何かを書き込んだ理学療法士が、また顔を上げてヨハンに言った。

「まずはあそこのベッドに横になってみてください。腹式呼吸のトレーニングから始めましょう。」

壁面に紙シートが敷かれた低い灰色のベッドを指さした。


ヨハンが理学療法士が指さしたベッドに上がって横になると、その横の小さなスツールに腰を下ろした理学療法士が言った。


「片手は胸の上に、もう片手はお腹の上に置いてください。」

セラピストの言葉に、ヨハンは左手を腹の上に、右手を胸の上に置いた。

ヨハンの枕元に座ったイウムが、ヨハンの髪を撫でていた。


「息を吸うときは、肩や胸ではなく、お腹が膨らむようにしてください。」


「4秒かけてゆっくり吸い込み、6秒かけて吐き出してください。」 ヨハンはセラピストの指示に従って訓練を進めた。 ヨハンの母親は、そんなヨハンの姿をそばで静かに立ちながら見守っていた。 ヨハンの手の上に重ねられた母親の手が少し震えていた。 イウムは大学生活を続けながら、時間があるたびにヨハンのところへ会いに行った。 リハビリ治療に苦しむヨハンの手を握り、一緒に美味しいものを食べに行き、ずっとそばにいてあげた。 時々、デート中に道で誰かがストリートライブをしているのを見て、ぼんやりと立ち尽くしているヨハンの手を何も言わずに握ってあげたり、時には些細なことで喧嘩をしてはまた仲直りしたり、割り込んでくるハミンを一緒に叱ったりしながら、そうして10年間、二人の関係はますます深まっていった。 2025年1月2日。 イウムは自分の携帯電話をじっと見つめた。 イウム。ごめん。 もう、終わりにしよう。 連絡先に保存された文字をタップした。 トラブルメーカー。 電話は通じなかった。 ただ、通話接続の案内だけが虚しく繰り返されていた。 連絡先に保存されたヨハンの写真の上に、水滴が落ちた。 10年が崩れ去り、今や10年間の思い出だけが残っていた。 イウムにとって、あの日はまさに奇跡のような日だった。 落ち込んでいたイウムを友人が連れて行ったのは弘大ホンデだった。そしてそこで、イウムはヨハンを見た。 弘大のストリートライブ通りで、10年前のあの仲間たちが再び集まり、演奏をしていた。そしてヨハンがマイクを握り、歌っていた。 「ヨハン。」 イウムの頬を涙が伝った。 「ヨハン。」 この10年間、手に取ることのなかったギターを握り、マイクの前に立って歌う姿。以前のような美しい声ではないにせよ、自分の感情をありのままに表す声。 イウムが好きだったヨハンの姿だった。 「おめでとう。」 ふとこぼれた涙で我に返ったイウムは、膝の上に頭を乗せて寝ているヨハンを見つめた。 のんきに、ぐっすりと眠っている姿が、あまりにも憎らしかった。 「悪い奴。」 イウムはイウムはヨハンをぽかりと叩いた


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