サイドストーリー。定められた運命。
2025年7月8日。ジャズバー「ブルーノート」。
ステージ上のスポットライトに照らされた場所に、一人の女性がいた。
白い中折れ帽。一般的な中折れ帽よりもつばが長く、ラインは柔らかかった。
帽子の下からちらりと見えるシャープな顎のライン。肩に流れ落ちる黒く長い髪。
金色のシャツに紫色のネクタイ。袖口を三つ折りにし、白い腕がそのまま露わになっていた。
シャツの上には、白い地にベージュ色の細い縦縞模様が入ったスーツのベスト。体にぴったりとフィットし、曲線がそのまま浮かび上がっていた。
ズボンはベストと同じ色、同じ柄の、少しゆったりとしたシルエットのもの。その下から金色のハイヒールがわずかに覗いていた。
H.
彼女は手に握った、黄色にパールが混ざり、光を受けて金色に輝くベースギターを見つめた。
10年以上も共に過ごしてきた大切な相棒。
ベースギターを持ち上げた。
左手がゆっくりと動いた。
指板の上をなぞることはなかった。
正確な位置で指が指板を押さえた。
その直後、指が重なるように覆った。
右手の動きはさらにゆっくりだった。
白い指先が弦を引っ張り、そして放した。
ベースギターのネックを見つめていた視線が上へ移った。
ステージ前の観客たちをゆっくりと見渡した。
すべての視線が自分に向けられていた。
馴染みのある視線。
好むわけでも、避けるわけでもなかった。
椅子から立ち上がり、前に一歩踏み出した。
手は、指は休まなかった。
観客たちの表情が目に飛び込んできた。
音もなく歓声を上げる姿。
よく見かける顔が多かった。
ある観客と目が合うと、Hは軽く頭を下げて挨拶をした。
Hは左手で指板を押さえながら、同時に弦を弾いた。
右手はベースのボディから離れ、口にくわえたピックへと向かった。
音は途切れることがなかった。
さらに一歩前に進んだ。
足を肩幅に広げ、ピックを握った手を激しく動かした。
鮮明に、さらに鮮明に音が弾け飛んだ。
一音一音、はっきりと。
音の波が押し寄せていった。
観客たちの驚いた表情が見えた。
ベースギターを立てて、ヘッドが空を向くように持ち上げた。
腕に縦に抱えたベースを掴み、一番下の弦から一番高い弦まで一つ一つ弾き出した。
左手が上下に激しく動いた。
弦の摩擦音の上に、高い音と低い音が目まぐるしく飛び出した。
観客の歓声が沸き起こった。
演奏を終え、汗だくになったHが控室へ向かった。
通りかかった次の演奏者が目礼をした。Hも軽く会釈をして通り過ぎた。
控室にはセジンが待っていた。
仕事を終えてすぐ来たのか、グレーのスーツに白いシャツを着ていた。
「H、来たの?」
セジンが笑った。
愛情を込めた眼差しが追いかけてきた。
「セジンが来たの?」
Hが笑った。
「メイクの腕がずいぶん上達したね?」
セジンがHの顔をクレンジングシートで拭きながら言った。
「全部お前のおかげだよ。」
いつの間にかメイクが落ちたヘジンが、明るく笑って言った。
「メイク、やり直そう。」
セジンの言葉に、ヘジンの目が丸くなった。
「なんでまた?」
「久しぶりに、こうやってデートしようよ。」
ヘジンがうなずいて笑った。
「え?まだ着替えてないの?」
ヘジンとセジンが控室から出てくると、バーでグラスを拭いていたバーテンダーが声をかけてきた。
「今日はこのままで行くつもりです。」
まだメイクを落としておらず、ステージ衣装のままのヘジンが笑って言った。
「もう?もう少しいてから行かないの?」
「おじさん。ごめんなさい。二人で久しぶりにデートしようと思って。」
「あらあら、このおじさん、雰囲気もわかんないのね。」
ヘジンの叔父が笑った。
「おじさん、私たち行きますね。今日お会いできて良かったです。」
セジンがヘジンの叔父に笑いながら挨拶した。
セジンはヘジンの腕に腕を組んで、暗い夜の街を歩いた。
暑くて蒸し暑い天気だったが、それでも構わなかった。
一緒に道を歩いていると、ふとヘジンの顔を見つめた。
まっすぐに伸びた鼻筋、細い顎のライン。
自分が初めて恋に落ちたあの頃の顔だった。
2014年10月。チョンウォン高校。
空は高く、馬は太る季節。
その名声にふさわしく、青い空、そして高く浮かぶ白い雲。
チョンウォン高校は、妙なときめきと興奮に包まれていた。
文化祭。
高校生活の中でたった3回しかできない行事。
合法的に授業を受けなくてもいい日。
様々な特技披露や景品が配られる日。
セジンは疲れていた。
自分の両腕を縛り、引きずって行く友人たち。
目の前の運動場には、自分の足が引いた二本の線が長く続いていた。
「おい!これ、離せ!」
セジンが怒鳴ったが、友人たちは聞いているふりすらせず、笑いながら歩き続けた。
しっかりと縛られた両腕は動かなかった。
「セジン、セジン。こんな日は一緒に遊んでよ、ヒン。いつも勉強ばかりして、遊んでくれないし。」
右腕をがっちりと掴んだ友達がセジンに言った。
「そうだよ、セジン。どうせ勉強しなくても全校一等なんだから。」
左腕を掴んだ友達が言った。
「違うよ、勉強してないって、ただ座ってファッション雑誌を見てただけなのに、なんで!」
セジンの切実な声が、運動場の上で虚しく散っていった。
講堂の中には多くの生徒がいた。
仮設のようなステージの前に置かれた数十脚の椅子はとっくに満席で、その周りには騒ぐ子供たちで溢れていた。
人混みが居心地悪いセジンは、青ざめた顔で友達を見つめ、懇願した。
「ここ、嫌だ。頭が痛い。」
セジンの言葉に、友達たちは聞いているふりすらせず、笑いながら言った。
「おいおい、これ、ジョンウォン高校史上最高のバンドだよ。絶対に見なきゃ。」
「ジョンウォン高校の歴史上、バンドってあいつら以外いなかったんじゃない?」
セジンの本心など知らず、友達たちはキャッキャと笑った。
講堂の明かりが暗くなり、ステージ上の照明が点灯した。
子供たちのざわめきが収まった。
少年3人と少女1人が登場した。
「え?あの子は誰?」
「ハンギョルとヨハン、ハミンは分かるけど、あの子は初めて見るけど?」
周囲からささやき声が聞こえてきた。
セジンの視線が少女に釘付けになった。
黄金色のベースギターを手にした金髪の少女。
頭痛も、イライラも一瞬で消え去った。
何の音も聞こえなかった。
照明の下で、黄金色のベースギターを演奏する一人の少女だけが目に映った。
1年後、2015年10月。チョンウォン高校。
1年間会っていなかった少女。
どこにいるのか、名前が何なのかも知らなかった。
セジンの目の前に、ベースを弾いている少女が見えた。
どんな曲なのか、どんな演奏なのかは聞こえなかった。
ただ、少女だけが目に飛び込んできただけだった。
演奏が終わり、バンドがステージを降りた。
セジンは混雑した講堂をかき分けて外へ出た。
楽器ケースを手に、肩を組んで歩いている4人の子供たちが見えた。
セジンは走った。
「おい、ちょっと待って、そこに立って!」
周囲の視線がセジンに一瞬向けられたが、すぐに散っていった。
4人の子供たちは、自分たちに向かって走ってくるセジンを驚いた目で見つめた。
「捕…捕まえた。」
セジンが少女の袖をつかんだ。
「ちょっと話がある。」
セジンは息を切らしながら言った。
ヨハン、ハミン、ハンギョルの三人の友人は、意味深な笑みを浮かべて背を向け、その場を去った。
本館の裏手。
黒く長いストレートヘアの少女と金髪の少女が向かい合っていた。
膝の高さほどの迷路庭園。
草むらの間に、赤や白の花が点々と咲いていた。
「私はセジン。あなたは?」
セジンが少女に笑いながら声をかけた。
「……」
少女は黙っていた。
セジンは一瞬戸惑ったが、すぐにまた笑って話しかけた。
「ちょっと気まずいかも知れないけど。うーん…」
「私、あなたのことが好きみたい。」
少女の目が大きく見開かれた。
2025年7月8日。
久しぶりに涼しい風がセジンの頬を撫でた。
ヘジンを見つめて言った。
「ヘジン。10年前のこと、覚えてる?迷路庭園で。」
ヘジンが笑った。
「うん、昨日のことみたいに鮮明だよ。」
「私、あの時変じゃなかった? 女の子に告白する女の子なんて。」
「まあ、女装して歩いている男がそんなことするとは思えないけど?」
ヘジンの言葉にセジンは笑った。
「私たちはただ、決まっていた運命だったみたい。」
「私、その『決まっていた』の後に続く言葉、すごく嫌いなんだけど、今回は良かった。」
ヘジンがセジンの髪をくしゃくしゃにした。
セジンが笑いながらヘジンの肩を叩いた。
「拳の握り方、教えたよね?」
「このバカが?」
セジンが拳を振り下ろした。
きちんと握られた拳だった。
ハンギョルとハミンが道を歩いていた。
「あー、もう行っちゃったのか。せっかく遊びに来たのに。」
ハミンがぶつぶつ文句を言った。
「お前がよ、バスを駐車するって時間を引き延ばしたせいで遅れたんだろ!」
ハンギョルがハミンを小言を言った。
「いや、だって俺の大切なヒルデをどこにでも停められるわけないだろ。」
ハミンが反論した。
「ただタクシーで来ればいいって言っただろ。」
ハンギョルは少し態度を和らげた。
「おい、ちょっと待て。見てみろよ。あそこにセジンさんじゃない?」
ハミンが突然前を見て言った。
「セジンさん? それ誰だ?」
ハンギョルは不思議そうな表情を浮かべた。
「ヘジンの彼女。」
「あ!」
ハンギョルは気まずそうな表情を浮かべ、すぐに呟いた。
「僕だけ彼女いない…」
「え? え?」
ハミンが突然慌てた表情を浮かべ、前方を指差した。
指が指し示す方向を見たハンギョルの視界に、互いに抱き合いキスをしている二人の姿が見えた。
セジンと、顔が隠れて見えない一人の女性だった。
白いパンツと長い髪が目に留まった。
「え?」
ハンギョルも戸惑った。
蒸し暑い夏の夜だった。
***
兄貴たち、俺がジャズバーに行った話を語るよ。
今日、彼女とジャズバーに行ってきたんだ。
生まれて初めて行くジャズバーだったから少し緊張してたんだけど、弘大あたりでバンドが演奏してるバーと何ら変わらなかったよ。
とりあえず入場料(お酒)を払えば観覧できて、俺と彼女は軽くおつまみを一つ頼んでお酒と一緒に食べた。
みんなもこれはマナーだから、忘れないで必ず!
あ、これは本題じゃなくて、今日そのジャズバーですごい発見をしたんだ。
前に投稿した記事あるよね?まだ見てない人は、僕のプロフィールをクリックしてその記事を見てきて。
そこで触れたバンドあるよね?そのバンドのベーシストが、なんとここでソロ演奏をしてたんだよ?
ベースのソロ演奏、見たことある?
コントラバスみたいなクラシックベースじゃなくて、エレクトリックベースのことだよ。
僕は初めて見た。ベースがソロ演奏になるなんて想像もできなかった。
あ、ごめん。今、興奮しすぎてて…。
とにかく、ジャズバーに入って彼女と酒を飲んでいたら、演奏していたバンドが降りて、白いスーツを着たお姉さんが上がってきたんだ。
勘の良い兄貴たちはもう気づいたかな?
そう、あのバンドのベーシストだよ。
今日は白い中折れ帽に金色のシャツ、紫のネクタイ、そして白いスーツのズボンにベストを着て登場したんだけど。
あ、彼女によるとただの白じゃないらしい。横で監督してるよ(笑)
白い地にベージュのストライプ柄だって教えてくれた。20年代のシカゴスタイル?まあそうらしいけど、それについてはよく分からない。とにかく、そのオーラが半端ない。
シャツの袖をパッと捲り上げて登場し、その黄金色に煌めくベースを演奏するんだけど、照明の光に合わせて影の部分が真っ黒になったり、光が当たる部分がキラキラしたりして。ネクタイもシルク素材なのか、すごくキラキラしてて本当にカッコよかった。
そして何より演奏が圧巻なんだけど、何て言えばいいかな?
うーん…リズムが、兵士たちの行進みたいな感じ?あれみたいにきっちり合ってるんだけど、その合間に妙に乱れたリズムがスルッと動いていくんだ。
僕はジャズに詳しくないから、どう表現すればいいか分からない(泣)
とにかく場所はN.O.S.G.の前にあるジャズバーだよ。なんか店名を書いてるとクビになりそうな気がして店名は書かないけど、検索してみたらその辺のジャズバーはそこ一軒だけだから、自分で検索して行ってね。
じゃあ、私はこれで。次回、公式第4弾でまた会おう。
バイバイ~




