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この世は正しいようで、怪しく壊れている  作者: 海斗


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4,背後に在るもの

4,背後に在るもの

 夜の住宅街を一人のセーラー服を着た女子が駆けていく。


 その後ろを犬の形をした”妖怪”が追従する。いや、今度は鋭い爪で白峰に襲いかかっていく。その爪は変幻自在に伸縮し不規則な軌道を生みながらも的確に急所を捉えている。


 しかし、白峰は難なく逃げながら刀で爪を左右に、まるで踊っているかのように捌いていく。

 それを見て埒が開かないと分かったのか、妖怪が一気に距離を詰め前足二本で同時に襲いかかるが—。白峰は軽く後ろにバク宙し華麗に躱す。


 「やっぱり、ただの現代(うつしよ)じゃない」

 「結局は凪先生の見立て通りって訳かー」


 溜め息まじりに呑気に呟いている。


 瞬間、雰囲気が変わる—。


 白峰の持つ刀の刀身に青白い炎が溢れ出す。その炎は、刀身を舐めるかのように覆っていく。

 白峰はその刀を軽く、左手だけで振る。


 相手と距離も詰めず、構えも取らず、ただその場に立ったまま、刀を横に振り抜く。

 ただそれだけ。

 踏み込みも、溜めもない、目の前の空気を払っただけのような動き。


 ——なのに。


 その軌跡から、青白い斬撃が”放たれる”。

 音もなく、一直線に。

 妖怪の眉間を正確に断ち切る軌道で。


 当たる。そう思った瞬間。


 ぐにゃり、と空間が歪む。

 妖怪の姿が、消える。


 斬撃は何もない場所を裂き、背後の壁を深く抉った。


 「……は?」


 思わず呟いてしまう。


 当たっている。どう見ても、今の斬撃は当たっていた。

 避けた動きじゃない。そもそも、”そこにいた”はずなのに——。


 視線を向けると、白峰は相変わらずその場に立ったまま。

 けれど、その目だけがわずかに細められていた。


 「……そういうこと」


 ぽつりと、呟く。


 次の瞬間。


 白峰は振り返りもせず、背後に向かって刀を振った。

 何もない空間に向けて、無造作に。


 ——斬撃が走る。


 そして。

 そこに、”いた”。


 背後から飛びかかろうとしていた妖怪が、真っ二つに裂ける。


 「っ!?」


 思考が追いつかない。

 なんで、後ろに——。


 「前じゃ当たらないの」

 白峰が僕の前に飛び降りて来て、音もなく着地する。


 「この妖怪は背後でしか”形”を持たないの」

 まるで、最初から分かっていたみたいに。


 白峰は刀を軽く振って、血もついてない刀を払い、鞘にしまう。

 鞘にしまわれた刀は役目を終えたのか、また青白い炎と共に消えていく。


 「だから、あの妖怪”送り犬”が正面で受けた攻撃は無効化されちゃうの」

 そこで初めて、白峰はほんの少しだけ振り返った。


 「それで?」

 恐ろしいほど静かな声。

 「君は、何者?」


 その言葉に、背筋が冷える。

 問われているのは、こっちのはずなのに。

 まるで見透かされているみたいで、言葉が出てこない。


 喉が、ひどく乾く。


 (……なんなんだよ、こいつ)


 さっきまで、助かったと思っていたはずなのに。

 今はもう——。

 目の前にいるこの女子の方が、先程の妖怪よりも恐ろしかった。

 

 白峰が、いつもの軽さを残したままこちらを見る。

 けれどその目だけが、確実にこちらを逃がす気がなかった。


 教室でみせた明るい雰囲気は一切ない。


 「普通の人間は妖怪なんて視えないはず。視えるのは妖怪に取り憑かれた人か妖怪と縁結(えんけつ)した陰陽師だけ」

 「でも君は取り憑かれてもいなさそうだし、縁結した気配もない」

 「じゃあなんで?」

 白峰の声のトーンが一段低くなる。


 「これって回答によってはここで白峰に切られたりするのか?」

 「私は正体不明の物体をいきなり切る真似はしないから安心してもいいよ」

 内心で安堵する。なら話し合う余地はある筈だ。


 「正直自分でも、何で視えるのか分からないんだ」

 言い終えた、その時だった。


 ぞわり、と。


 背後から、嫌な気配が這い上がる。

 振り返るよりも先に、足元の影が歪んだ。


 黒い何かが、滲み出す。さっき斬られたはずの”送り犬”だ。


 「まさか、祓い損ねた!?」


 白峰がすかさず僕と送り犬の間に割って入り、手刀で仕留めようとする。


 ——が、間に合わない。


 白峰の手刀は空を切り、アスファルトを薄く切り裂く。

 送り犬の形を保てないまま、真っ直ぐ僕の足首から絡みつく。


 「なっ——」


 逃げる間もなく、液体状に僕の全身を下半身から侵食していく。

 冷たいものが、皮膚の上じゃなく身体の中に直接流れ込んでくる。


 「ぐっ……!?」

 「黒渕君!」


 白峰が震えた声で呼びかけてくるのが聞こえるが、口も押さえられているので開くことができない。


 何かが、”混ざる”。


 異物が、自分の中に無理やり入りこんでくる感覚。

 拒絶しようとしても、遅い。それはもう止まらない。


 黒い影は、するりと溶け、完全に消えた。


 いや。消えたんじゃない。

 心臓の奥で、何かが蠢いた気がした。


 (……中に、いる)


 理解した瞬間、息遣いが荒くなる。

 自分の中に、さっきまで”敵だったもの”がいる。

 そんなはずはないのに。けれど確かに、いる。

 その一部が、自分と繋がっている。


 顔を上げると、白峰がこちらを見ていた。


 今度は、さっきまでとは違う。

 わずかに、眉が寄っている。


 「……こんな事って」

 小さく呟いたあと、すぐに言葉を続けた。


 「ちょっと待って」


 今までの余裕のある声音じゃない。ほんの少しだけ、早い。

 白峰は一歩距離を詰めてくる。


 視線が、僕の体の全てを覗き込むように向けられる。……逃げ場がない。


 「……中に入っていったよね?」

 確認するように言われて、言葉に詰まる。否定できない。


 「大丈夫、今すぐどうこうはならないと思うけど——」

 一瞬だけ考える素振りを見せてから、はっきりと言った。


 「凪先生のところ、行こう」


 「……は?」

 「こういうの、あの人の方が詳しいから」

 当たり前みたいに言う。


 けど、僕にはまだ理解が追いついてない。


 「いや、ちょっと待てよ……今のなんだよ……」

 声が震える。自分の中に何かがいる感覚が、消えない。


 「あとで、説明する」

 短く、それだけ言うと、白峰は僕の手を取った。


 「っ…………」

 反射的に視線を落とすが自分の影には何も映らない。


 なのに。確かに今、動いた。自分の中にいる”何か”が。

 白峰はそんな僕の様子を一瞥して。


 「やっぱり、急いだ方がいいね」


 そのまま、手を引かれる。

 僕らは逃げるように、夜の街を駆け出した。

 何かを、置き去りにしたまま。

 

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