3.ズレた世界で君は笑う
3,ズレた世界で君は笑う
放課後—。ほとんどの生徒がグラウンドや教室で部活動に勤しんでいたり、カフェテリアで談笑している時間。
僕は自分のクラスである二年B組で補修プリントと格闘していた。しかも観客付きである。
「え、この問題一年でやったよ?」
「うるさい、僕の居た学校ではまだ習ってなかったんだ」
「この漢字、書き順違くない?」
「書ければいいだろ」
「書き順は書体を整えるために守らないとダメだよ」
「おかんか」
始まってから一時間弱。目の前に座っている女子、白峰しおりに絞られていた。
これでは、観客というよりセコンドである。
実際、そのサポート(?)のおかげで進みは悪くないのだが……。
そもそもなんで白峰はこの補修に付き合ってくれてるのだろうか。
担任に頼まれて承諾するまでは分かるが、僕が補修で行うのはプリント学習だ。付きっきりの監視がいるとは思えない。
「教えてもらってる立場が言える立場じゃないんだが、無理して僕に付き合ってくれなくてもいいんだぞ」
「無理してないよ?」
「部活動とか他にやりたいこととかあるんじゃないのか」
「私、部活入ってないし」
「見る限り、今できることもなさそうだしね」
まるで、後で仕事が降ってくるような言い方。さっきからこいつの話は的を射ないんだよな。
「それに黒渕君が解いてるの見るの面白いし、昼間の事まだ聞けてなかったし」
「まだ気にしてたのかよ」
なんとも執念深い。こいつはいい刑事になりそうだ。
「ねね、ズレてないってどういうこと?」
椅子をこちら側に寄せ、前のめりになって聞いてくる。
青空のように澄んだ髪の毛が揺れ、少し甘い匂いが鼻腔をくすぐってくる。
「さっきも言ったが、そのままの意味だよ」
反射的に顔を逸らしてしまう。こいつに距離感という言葉を教えてやりたい。
「信じてもらえないと思うが。僕には他人の過去、未来の行動が可能性として視える」
「それを僕は余像と呼んでいる」
「視えているものが未来と過去の区別はつくの?」
「全く。いわゆる、可能性の域を出ないってやつだな」
「じゃあ、あの子が今日昼休みに何してたかわかる?」
指を刺したのは、グラウンドで部活に励む野球部の一人。キャプテンだろうか、周りの部員に檄を飛ばしている。
「え、いまやるのか」
人のプライベートを覗くみたいで嫌なだが。
その言葉は白峰の好奇心を隠しきれないキラキラした瞳に負け、引っこんでしまう。
「一回だけだぞ」
そう念を押し、視線をグラウンドにいる坊主頭の野球部員に目を向け集中する。視たくなくても視えてしまうその目は自分が必要とされて喜ぶかのように、鮮明に野球部員の情報を映し出す。
「誰かと喋っているように視えるな。終始笑顔で目線は下方向だから、女子だな。」
「小さくて仲のいい男子かもよ?」
白峰がさらに前のめりになる。
「あれだけグラウンドで怖い顔して、部員に接してる奴が女子以外にあんな笑顔するとは思えないな。」
「多分、マネージャーが彼女だろうな。」
「そこまで分かるの?」
近いって、顔が。
「目線が下方向ってことは、少なくとも相手はここに立っていたことになる」
僕は立ち上がり胸の前を手で示し、さりげなく白峰から距離を確保する。そのまま種明かししたら、キスするんじゃないかって勢いだったからだ。流石にそれはないだろうが。
「それに、やけに周囲を警戒していた。そんな近くで会話するほど親密で、周りにバレたくないとなれば……」
「部内恋愛が禁止されているマネージャーて訳かー」
代わりに、白峰が答える。
僕は頷き、窓の外を見る。丁度練習が一区切りついたのか、野球部が水分補給をしに戻ってくる。すかさずマネージャーらしきジャージ姿の女子三人が部員にスポーツドリンクの入っているであろうボトルを渡していく。
三人の中で、真っ先にキャプテンの元に駆け寄り笑顔を見せるあの子が秘密の彼女だろう。
「あくまで、今の話は可能性に過ぎないけどな」
鵜呑みにするなよ?と、釘を刺しておく。
「で、どうなんだ?」
「なにが?」
「今の話信じるのか?」
「そうだね〜」
腕を組み考えている。自分としてはどっちでもよいのだが。
「今の話に説得力はあったし、とりあえず信じてもいいかな」
「そうかい。じゃあ、こっちも……」
「やば、もうこんな時間だ」
白峰が、時計を確認し立ち上がる。
「ごめんね!用事思い出したから、先帰るね!」
「また明日ね!」
こちらこそ手伝ってくれてありがとう、またな。
そう、言い終えるより先に白峰は教室から去って行った。さっきまでの白峰の存在がなにかに化かされてたと思うほど、一気に教室が静けさで支配される。
「くそ、あいつの方の理由聞き逃したな」
聞きたいことを聞いて帰って行った白峰と対照的に、自分一人となった教室で僕は敗北感を味わうこととなった。
「……やっと終わった……」
教卓の上に終わったプリントを提出し、僕はトボトボ帰路についていた。スマホで時刻を確認する。
白峰と喋っていたのと思いのほか解くのに苦戦した影響もあり、今の時刻は六時を回っていた。
(うげ、夕飯の買い出ししないといけないのにな)
由里おばさんは一人暮らしではあるが、家事特に料理に関しては全くしてこなかったらしく担当は僕になっている。
(今年三十になる歳だろうに、大丈夫かよ……)
多分本人に聞かれてたら、きつい一発を喰らいそうな心配を抱きながら最寄りのスーパーへと脚を運ぶ。
僕が通っているスーパーエンドウ。このスーパーは実に素晴らしい。個人的に百点あげちゃってもいい。
まず、店で扱っている生鮮食品の鮮度が高い。
これは、作る料理のパフォーマンスに大きく影響する。
野菜はサラダを作ればレタスはシャキシャキ、玉ねぎは新玉のように辛味が少ない。
肉や魚に関しても同様で、国産はもちろん、使う部位や種類によって様々なニーズに応えられるようになっている。
惣菜も手作りに拘っていて。厨房も売り場のすぐ裏にあり、タイミングが合えば作りたてを買うことができるため、人気な惣菜は売り場に並んだ瞬間売り切れなんてこともザラにある。
のだが……。
そのスーパーエンドウに着いてもおかしくないが、一向にそれらしき建物は見えてこない。
(道を間違えた?)
こないだ越してきたばかりとはいえ、もう何回か通っているスーパーだ。道を間違えるなんてあり得ないはずだが……。
周りを見渡してみるが、誰もいない。暗い道に街灯だけが点滅しながらも存在感を示していた。
普段は人混みをなるべく避ける僕だが、今ばかりは人に会いたくなってきた。
そんなことを考えてると、僕の後方に四足歩行の何かが歩いてくるのが見えた。
四足歩行の動物ではない、四足歩行の何かだ。
僕は駆け出した、そして思い出す。
あれは昼間視た犬のようなものだ。なぜかは知らないが、僕にゾッコンらしい。
角を曲がる時に後ろを確認すると何かはしっかりと着いてきていた。頭は犬だが、手足の爪が犬のそれではない。体も犬とはかけ離れた大きさだ。下手をすれば、ライオンくらいあるんじゃないか。
「なんなんだよ全く!」
運動はからきし、というまででもないが得意ではないことは事実だ。とてもライオンのようなものから逃げ切れるとは思えない。じきに息は切れ、追いつかれてしまうだろう。
(なら!)
僕は側溝に落ちていた鉄パイプを掴むと急いで角を曲がり、ゴミ箱の中に姿を隠した。
隠れてやり過ごすのは得策じゃない。多分臭いでバレてしまうだろう。ならばどうするか。
奴がここを通った瞬間、奇襲して脚を折る。可哀想だが、脚の骨一本でも折ってしまえばこちらを追跡することは叶わないだろう。
そう信じ、奴が通るのを待った。
数十秒後—。低い唸り声と共に、奴が角を曲がってきた。全力を出した甲斐もあり、完全に見失っているようだ。辺りをキョロキョロ見渡し、鼻をひくつかせている。
(やるなら臭いに集中している今!)
僕は勢いよくゴミ箱から出ると、鉄パイプを奴の脚に向けてフルスイングした。
攻撃は当たり、甲高い音が鳴ったが—。奴は微動だにしない、どころかこちらの鉄パイプが凹んでしまっている。
「こんな事ってあるかよ!」
僕は奴から離れまた駆け出す、ことは出来なかった。奴が大きな爪で勢いよく僕を押さえつけていた。
「グハッ」
すごい力だ。現代の日本においてこんな力のある動物が住宅街にいるはずがない、こいつは明らかにこの世の生物でない、そう実感した。
(こんなところで訳のわからない怪物に殺されるのかよ)
そう思いかけたその時。
小さな爆発音と共に、青白い何かが奴を吹き飛ばした。
「間に合った」
後ろから見知った声が聞こえる。振り返るとそこには、白峰が立っていた。
「お前、どうしてここに……?」
「そっちこそ、ここで襲われているってことは……」
「妖怪、もしかして見えてたりする?」
そう言って白峰は僕の前に立った。
「妖怪?あの犬みたいな奴が?」
「そう、あれは妖怪。この日本で古くから物語として伝わる異形」
白峰の手に青白い炎が出現する。やがてそれは、一振りの刀へと姿を変える。
「それじゃお前は、何者なんだよ」
「私はその物語を終わらせる存在」
「……ま、いっか。難しい話は後にしよ」
そう笑い、白峰は鞘から刀を引き抜いた。




