1,違和感
仕事と並行して書いているので、週末投稿になりそうです。
少しでもみてくれたら嬉しいです。
1,違和感
この世は壊れている。
それが僕、黒渕湊が齢十七歳にして判断した世界の評価だ。
僕は、生まれつき人や動物が”ズレて”見えてしまう。正確にいうと、全部が少しだけ遅れて見える。例えば……。
「そろそろ起きな――――!」
物思いに耽っていると階下で声が聞こえる、時計を見ると七時を指している。まったく、生き物じゃないなら普通に見られるんだけどな……。
「おはよう、由里おばさん」
「おはよー。昔みたいに、ねーねって呼んでくれてもいいのに」
苦笑しながら僕を迎えてくれたのは、間宮由里。僕の母、桃子の妹である。
「もう僕も子供じゃないんだから」
「え――――、あんな可愛いかった湊きゅんはどこに行っちゃたの――――。」
「うるさい。」
台所で朝食の準備をしながら、ため息をつく。あの時から何年経ってると思ってるんだか……。確かに小学生くらいまではそんな呼び方してた気もしなくないような。いや、そんな事はないなたぶん。そういう事にしよう。
「今日から、学校でしょ?転校書類とかあったっけ?」
「もう準備してあるよ、昨日僕書いてたろ?」
「そうだっけね。慣れない土地で大変だろけど、湊なら大丈夫か。」
姉さんの息子だし、と勝手に納得する由里を横目に僕はトーストをかじる。姉さんね……、あんまり今は思い出さないでおこう。
話を僕の目について戻そう。
例えば、今歩いてる通学路にいる野良猫。普通の人が見れば歩き、塀に飛び、大きく伸びをする、それだけだ。でも僕の場合は違う。
猫のほんの数センチ横に”もう一匹”視える。”もう一匹”が行動すると、遅れて本体が重なる。これが僕の日常。
捉え方によっては、”未来視”なんて大層なものに見えるかもしれない。相手の行動を先読みして対処する。そこら辺の、少し拗らせた中学生がなんとも喜びそうな力だ。
でも、そんなチャチなもんじゃあないとここで断言しておく。
まず、”もう一匹”(めんどくさいので、”余像”とする)が一匹とは限らない事だ。どうやら次の行動の候補が幾つか余像として視えるらしく、余像が見えたからと言って相手の行動が予測できるわけではない。
後単純に、鬱陶しくてしょうがない。常時余像が視えているわけではないが、自分の感情が揺れた時なんかはよく視えてしまう。これが思春期の男子高校生とは相性がすこぶる悪い。友達との話が盛り上がってたら一気にパーティになるし、気になるあの子は四人で僕を囲み出すし、とにかく友達付き合いには苦労した。
そんな経緯があるからか、いつしか僕は友達と一定の距離を置くようになってしまった。
転校手続きを職員室で済ませ、担任に案内されて教室に向かう道中。
「この時期に転校なんて珍しいわね。」
「そうですね、自分も急な話だったので。」
季節は夏に差し掛かろうとしてる。親の転勤、引っ越し、どれも今の時期には当てはまらない。当然の疑問を担任からぶつけられる。最も自分は前者でも後者でもないが。
「そうなのね。あんまり事情は聞かないけど、一ヶ月半の遅れを取り返す為に補修してもらうかもしれないけど……。」
「もちろんです。」
生憎勉強は嫌いじゃない。だって紙に向かうだけでいいのだからね。
「誰に任せようかしら……」
「……プリント学習じゃ?」
「私がやってもいいんだけどね?……ほら、早くクラスに慣れたほうがいいと思って。」
前言撤回。勉強なんて大嫌いだ。
「静岡から来ました、黒渕湊です。よろしくお願いします。」
簡単な自己紹介が終わり、席に着く。少し、緊張したからか目の前がズレ始める。最近というか、この街に来てから余像が視える回数が増えた気がする。
その時、違和感。視線の端、外の中庭に目を向ける。野良犬だろうか、中庭に生えているイチョウの木の下からこちらを見つめていた。ただの犬にしては、妙に静かだった。逃げる気配も、吠える様子もない。
その瞬間。犬の輪郭が、わずかに揺れる。
一歩遅れて。同じ形が、もう一つ重なった。
遅れて現れた”ソレ”だけが、ゆっくりと顔を上げる。
余像。けれど、それは犬の余像ではなかった。
本来の犬は、何も気付いてないように瞬きをしている。
けれど、その後ろにいる”ソレ”は明らかに違った。
口の端が、裂けるように上がる。
目が合った。
ただ、こちらを……いや、自分の中身を覗かれているような気分だった。
ぞくり、と背筋が粟立つ。こんな事は初めてだった。
目を逸らし呼吸を整える。
そして、もう一度見たときには犬の姿も余像も消えていた。
昼休み。教室で早々に弁当を食べ終えた湊は、中庭に足を運んでいた。
怖いと感じながらも、調べずにはいかなかった。
湊は、ゆっくりと周囲を見渡す。
この時間の中庭は、教室とは違う騒がしさに満ちていた。
開け放たれた窓から流れ込んでくる笑い声。
ベンチに座って弁当を広げる生徒たち。
芝生の上では、これみよがしにカップルがなんとも仲睦まじい会話をしている。
「あった。」
イチョウの木。どこにでもありそうなその木にはOBに寄贈品だろうか、プレートが掛けられていた。
木の周りを調べてみたが、やはりあの野良犬は見当たらない。
ほんのわずかな違和感すら、見つからない。
勘違いか?新しい土地で浮き足立ってたのかもしれない。
考えながら歩いてると、ふと視界の端に一人の女子が木の根元にいるのが目に入った。
青空に近い、少しだけくすんだ青色の髪。肩にかかるくらいのミディアムヘア。髪色も相まってイチョウの木漏れ日で淡く透けていた。
派手なはずの色なのに、不思議と目にうるさくない。
むしろ、視界の中に自然と馴染んでしまうような色だった。
でも、湊にとってはその自然が不自然に感じてしまった。
湊は、少しだけ近づく。
ベンチで弁当を食べる生徒。
芝生でイチャつくカップル。
不良生徒を叱る教員。
全部、わずかにズレている。
でも、彼女だけは……。
「ズレてない。」
思わず、口に出る。
「え?」
女子が振り向く。
整ってる、と思った。
髪色と同様。目立つような派手さはないのに、視線を置いたまま動かせなくなる。不思議な感覚だった。
「そのままの意味。」
もう、もう、どうにでもなってしまえ。
「他の人は、ズレてる。」
やばい、完全に何言ってるか分からんくなってきた。
一瞬、沈黙。
風の音だけが通る。
「……面白いね君。」
僕の新天地での生活は違和感と盛大な恥で幕を開けた。




