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この世は正しいようで、怪しく壊れている  作者: 海斗


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プロローグ

プロローグ

 夜、降りしきる雨の中”ソレ”はゆっくりと起き上がった。

 

 まるで生まれ出た子鹿が生存本能に従い、立ち上がるように。だがその”子鹿”と違い、近くに子を舐めて愛情表現を示す母鹿らしき”モノ”は居なかった。

 

 ”ソレ”はゆっくりと周りの状況を確認した。

 

 周りを見てみれば、よくわからない機械破片が転がっている。なんの機械の部品なのか判別することはできなかったが、機械が壊れて散らばっていることは理解することができた。

 

 何も思い出せない、とまではいかないが記憶が曖昧だ。優しい人と楽しく暮らしてた気がするし、誰かが恋しくて泣いていたような気もする。

 

 ”なんで自分には〇〇〇〇が居ないの?” ”今度の参観日、〇〇〇ちゃんは〇〇が来てくれるって言ってたもん!”

 傍らの”優しい人”にその怒りをそのままぶつけた。”優しい人”は優しく笑うと、

「ごめんね、〇〇〇。」としか言わなかった。


 ”ソレ”は徐々に思い出していく。


 回答の意味が理解できなかった。できるはずがなかった。周りとは違う、他の子は当たり前の存在が自分には居ない。

 

 普段の自分ならこんな事は言葉にしなかっただろう。仕方のない事だ、居なくても自分は大丈夫と心で決めていた。だが、 通っていた小学校の授業参観のあの日、周りの友達が自分の家族に向けた作文を発表していた。もちろん自分も家族の作文を発表するつもりだった。


 「ぼくのおかあさんはとってもりょうりがおいしいです。」

 「わたしのおとうさんはおもしろくてしごとがおわったらあそんでくれます。」

 (私だって、お母さんは居ないけどお父さんは優しいし……。仕事で遅くまで帰ってこないけど……。)

 「このまえおとうさんとおかあさんとゆうえんちにいきました、たのしかったです。」

 「おかあさんはすぐおこるけどだいすきです。」

 教室が笑いで包まれる。後ろでその子の母親らしき人が恥ずかしそうにしている。

 (大丈夫、私はお父さんさえ居てくれれば大丈夫)


 「じゃあ、次は〇〇〇さんに読んでもらおうかな。」担任の先生から自分の番を告げられる。

 正直何を喋ったか思い出したくない。

 他の子に比べれば足元にも及ばない日常。そんな事は分かりきっていた。でも自分が楽しそうに発表することで、”母親が居ない程度の事”として片付けたかった。後ろで観ている父親にもそれを伝えたかった。

 壇上に立ち、手に書いた作文を広げる。

 (大丈夫、大丈夫、書いたことを発表するだけ)

 教室全体の視線が自分に集まる。その目は例外なく期待に満ちていた。

 今度はどんな家庭なんだろう。どんな料理ができるお母さんで、なにが得意なお父さんなんだろう。

 手が震える、呼吸が荒くなる。助けを求めるように、父親を見た。いつも私に優しく接してくれた頼れる父親、その目は見たことのない暗い目をしていた。

 結果的に私は、一行として発表することができなかった。


 ”ソレ”は完全に思い出す。


 帰り道、私は泣き腫らした顔で父親の車に乗っていた。

 あの後泣いてしまった私は父親と担任と一緒に別室で授業が終わるまで待機していた。担任は父親にこんな授業をしてしまったことを謝っていた。

 父親は、こちらこそ授業の邪魔をしてしまってすみませんでした。と平謝りする担任を落ち着かせていた。その目はもう私の知っている優しい目だった。

 

 「大丈夫?落ち着いた?しおり」

 

 父親が後部座席にもたれかかっている私に聞いた。いつもなら無視するなんてありえないが、答える気にもならず自分の顔をクッションに埋めさせた。

 

 「担任の先生が謝ってたよ、不躾だったって。」

 「ごめんしおり、俺の責任だ。もうすこし一緒に居てあげれたら……」

 父親から、過去の懺悔ともとれる言葉を浴びせられる。

 (そういう言葉が聞きたいんじゃないの……)

 「……そうだ!今度有給取るから、ふたりで遊園地に行こう!」

 (なんであの時あんな目をしてたの……)

 「この前しおり行ってみたいって言ってたよな?なんだっけ……、なんとかランド!」

 「なんで……」

 「なんで私にはお母さんが居ないの?」

 父親は一瞬言葉を詰まらせた。しかし、優しく言った。

 「ごめんね、しおり。」

 

 なぜ、なぜ、なぜ、なんで?答えになってないじゃん。みんなは両親と楽しそうにしているのに自分だけ、自分だけ!おかしい、おかしい。不公平だ、理不尽だ。こんな人生……”無くなってしまえば”いいのに。


 その時、車が揺れた。一瞬の浮遊感の後、衝撃が襲った。自分でも何が起こったか理解できなかった。


 (そうだ、私はお父さんと事故に遭って……。)

 幸い、自分に大きな怪我はないようにみえる。歩く事はできそうだ。

 

 (お父さん、助けなきゃ……。)

 足を前に出し、運転席らしき破片に歩み寄る。”嫌な想像”はしない事にする。

 ドア?の破片をなんとかどかし、運転席を覗き込む。中は焦げ臭い匂いで充満していたが、雨のおかげで二次災害の危険性はないだろう。中に入り、運転席にもたれかかる父親を外に引っ張り出す。

 雨降りし切る道路に父親を寝かせ、いつか本で読んだ応急処置をうろ覚えでやってみる。助かる、絶対に助かる。そう思わないと、おかしくなりそうだった。

 しかし、何度手を動かしても父親が目を覚ます事はなかった。

 物心ついた時には母親が居なかったしおりを男手一つで育ててくれた、優しい父親。そんな父親が居なくなるなんて嫌だ。まだ、一緒に居たい。

 お願い目を覚まして、目を覚まして、目を覚まして、目を覚まして、目を覚まして、目を覚まして……


 「目をサマセ!!!!」

 

 自分でも驚くほど恐ろしい声が出ていた。まるでなにかに乗っ取られてるようだった。

 でも父親が助かるのならば、なんでもよかった。ただ、父親にまた会いたい。私に笑いかけて欲しい。頭を撫でて欲しい。だから助けてくれたら私が私じゃなくなっても、いい。

 

 「……間に合った。」

 

 男が立っていた。古い装束、まるで昔話みたいな格好。雨が降ってるというのに体が濡れていない。

 そんな事は今はどうでもいい、誰でもいいから助けて欲しい。

 

 「お父さんを助けて、お願い……」

 「残念だが、君のパパはもう亡くなっている。すまない。」

 「私は君を助けに来たんだ。」

 「私は大丈夫だから、お父さんを助けてよ!」

 「……このままでは君が危ない。」

 

 話の分らない男だ。我は大丈夫なハズなのに。

 

 「まずい想像以上に同化が進んでいる、もう猶予はないか。」

 

 目の前の男がブツブツ何かを唱えている。

 (何してるの?それって応急処置の一種?)

 男が吹き飛ぶ。言葉にしたつもりだったが、出てきたのは言葉にならない衝撃波と。

 

 「疾く失せよ、晴明の子」

 

 意味不明な言葉だった。自分の体のはずなのに言うことが聞かない。

 

 「今から君の力を封印する。完全封印とまではいかないが……この程度なら自分を保てるだろう。」

 

 先ほどの”音”に吹き飛ばされていた男が息も絶え絶えに”私”に語りかける。

 

 「でもいつかこの力と向き合う日が来る、その時までに……」

 ……プツン。 そこで私の意識が途切れた。

 

 「やっぱりこの世は壊れているよ。」

 

 一人取り残された男はまるで誰かに愚痴をこぼすかのように呟いた。

 

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