9,妖怪という名の物語
9,妖怪という名の物語
京平と別れ、白峰の家に向かう。
あの後、京平から事情はあらかた聞いたものの、しっくりくる答えは見つからなかった。
(神崎麗奈の思い違いか?)
人間は、正確さよりも素早く、都合よく判断することを優先する場合がある。
だから、無意識のうちに“いい感じ”に解釈を歪める事がある。本人のプライドが高ければ尚更だ。
『いいか、湊。人は“信じたいもの”しか見ないんだよ』
『だから、お前がやることは簡単だ。“信じたい形”をしてやればいい』
『そうすりゃ、勝手に相手は信じていく。人間なんてそういうもんだ』
「ちっ……」
自己嫌悪で舌打ちを漏らしてしまう。
ただ状況を整理していただけのはずだった。
だが気づけば、“あいつ”のやり方で考えていた。
「僕の頭に入ってくるな。……クソ野郎」
虫を払うように頭を左右に振り、吐き捨てるように呟いた。
白峰宅に到着し、引き戸を開ける。
「……」
軽く息を吐き、さっきまでの気持ちを切り替える。
玄関に入ると、奥の方からガラガラと何かを運ぶ音がする。
「……ども」
「お、きたきた」
「おそいよー、湊君」
居間に上がると、白峰と凪がホワイトボードを準備していた。
「悪い、喧嘩の仲裁なんて慣れないことするもんじゃないな。」
「あれ、仲裁だったの?神崎さんブチギレて帰っちゃったけど」
「口論だけで済めば十分だろ」
「……む」
白峰は納得いかない顔で見つめてくる。
言わんとすることは、分からんでもない。
確かに。言葉選びは少々無粋であったと思うが、あの場面で落ち着いた会話はできないと感じ、あえて自分に怒りの矛先を向けさせた。
それを白峰は自己犠牲とでも言いたいのだろう。
「生憎、憎まれ口には慣れてるもので」
くだらない正義感ほど、話を拗らせる厄介なものもない。
それは自分が一番理解しているつもりだ。
「なんか、そういうのイヤ」
白峰がそっぽを向いて呟く。
「ドMみたいな言い方含めて」
「……以後気をつけるから、ドM認定はやめてくれ」
「あのー、イチャついてるとこ悪いけど、始めていい?」
少し気まずそうに凪が呟く。
すぐさま反論しようと何か言いかけるが諦めて口を閉じ、頷く。
これからの話に体力を残しておくことにする。
「じゃあ、まず妖怪の定義からね」
凪が器用に予め低く設置されたホワイトボードに“妖怪”と大きく書く。
「湊、妖怪ってなんだと思う?」
「うーん、昔から日本にいる想像上の生物って感じ?」
「20点」
「人が説明できない不可思議な現象、存在とか?」
「30点」
「加点のポイントが分からんのだが」
両手を上げ、降参の意を示す。
「いいかい。妖怪はひとつの“物語”だ」
「物語?」
「誰かが語って、誰かが信じた時点で、それはもうただの話じゃない」
「やがてその話がひとつの物語となり、形をもって現実に出てくる。それが、妖怪だ」
「じゃあ、昨日のヤツもその“物語”の一端って訳か?」
昨日の襲われた記憶を思い出す。
変幻自在の鋭い爪に、不可思議な能力。明らかに浮世離れしていた。
「そうなるね」
「あの妖怪は“送り犬”といって、夜道で後ろをついてくる妖怪だよ」
「本来は帰路を守る存在なんだけど……一度転んでしまうと話は変わる」
ホワイトボードに送り犬の物語を簡単に書いていく。
「転べば襲われる……か、でも正面の攻撃が無効化されたのはなぜだ?」
“背後でなければ実体として捉えられない”そう言った白峰の言葉通り、僕や白峰の攻撃は無効化されていた。
今の話を聞いた限りでは、その能力に繋がりそうな話は見えてこない。
「“物語”には“解釈”が付き物だ。読み手によって意味は変わる」
「例えば——後ろをつけてくる、って話なら」
「後ろに“いる”んじゃなくて、後ろに“しかいられない”って解釈もできるだろ?」
「……ああ」
「だから正面からの攻撃は通らない。前にいる時点で、それはもう“送り犬”じゃない」
言ってる事は単純で、その“単純”さが現実に干渉している。
——いや。物語が、現実を上書きしている。
「その事なんだけど」
今まで黙って聞いていた白峰が口を挟む。
「昨日私が祓ったというか、湊君が取り込んだ送り犬。最初からなにかおかしかった」
「明らかに現世が持っていい妖力じゃなかった」
「うつしよ?」
「妖怪の等級。弱い順に現世、幽世、常世、神代の四種類に分けられてるの」
白峰が補足する。
「しおりとの戦闘をみるに、妖力だけでなら幽世級ってところかな」
幽世、さっきの説明でいえば下から二番目ということになる。
「やはりこの事案は見過ごせないな」
凪が朗らかな授業モードから一転、真面目な顔になる。
「なんの話だ?」
「最近、等級に見合わない妖力、妖術を持った妖怪が発生しているの」
「と、言いますと?」
「妖怪の持つエネルギーである妖力が多ければ、自ずと妖力を使った妖術も向上するって訳」
「等級は、基本的に妖力量できまるからね」
「なるほど」
地道な積み重ねの結果——なんて、綺麗な話でもないらしい。
凪が真面目な顔のまま呟く。
「つまり、“何か”が物語を歪めているってことだ」




