10,枝眼
10,枝眼
「“物語”を歪めている?」
「そうだ、意図的に何者かが妖怪の物語を歪めて妖怪自体を変質させている」
凪は淡々と答える。
「そんな事って可能なのか?」
思わず、頭に浮かんだ疑問をそのまま口に出してしまう。
「さっきの話だとさ」
言葉を選ぶようにゆっくりと続ける。
「妖怪にとって存在自体が物語なんだろ?」
「それを変質できたとしたら、ほとんど存在ごと作り替えるようなもんじゃないか」
人間で例えるなら、人生を丸ごと上書きするような所業だろう。
「じゃあ、ソイツに会えば人生大逆転ってのも夢じゃないってことか」
自嘲気味に言ってみるが、凪と白峰は表情を崩さない。
「その言葉に“絶対にあり得ない”と言い切れないのが妖怪の厄介な所だよ」
代わりに凪から面白くない冗談を浴びせられる。
「でも、そんな妖怪が今の東京にいるとは思えない」
今度は白峰が凪に食ってかかる。その声にはわずかに焦りが混じっていた。
「そこなんだよねぇ」
凪はいつも通りに軽く笑って——。
「……いや」
ふっと、声のトーンが落ちた。
「妖術だけを見れば、神代の三化生に匹敵する」
「だが——それだけは、あり得ないはずだ」
「っ……!」
“三化生”という単語を聞いた瞬間、白峰の肩がわずかに強張った。
「なんであり得ないんだ?さっきはあり得ないとは言い切れないって——」
「あり得ないんだ。」
短く、断ち切るように凪が言う。
「奴らは強大だが完全な三竦みの状態にある。」
「どれか一つが派手に動けば、他が黙っちゃいない。迂闊には動けないよ」
よほど確信があるのか、キッパリと言い切った。
「先生。それで私はどうしたらいい?」
「今まで通りに、って言いたい所なんだけどねぇ」
凪が意味ありげにこちらを見る。
「……ん?」
「君のその“可能性”を可視化できる眼、……まどろっこしいから“枝眼”と呼ぶけど」
……勝手に名付けられてしまった。だが違和感はない。
それどころか妙にしっくりきた。癪だが。
「しがん?」
「無数に枝分かれする可能性を視る眼。悪くない名前でしょ?」
小さな胸を逸らし誇るように言う。
「その枝眼をもって、しおりを手伝ってくれないか?」
「先生、正気?」
すかさず、白峰が口を挟む。
「私がやってるのは、迷子の猟犬探しとは訳が違う。常識が通用しない相手なんだよ?」
「でも、彼は己を知りたがってる。違うかい?」
凪が軽く言う。
「……答えになってない」
「しおり」
凪が、少しだけ柔らかく呼ぶ。
「私はね。焦燥感よりも好奇心で踏み込めるヤツのほうが、見えない真実に辿り着けると思ってるよ」
「そっ、れ……は」
白峰は何か言いかけたが、押し黙る。
「湊」
今度は僕の名前を呼ぶ。
「しおりは今、動けない私の代わりに仕事を請け負ってくれてるんだ」
凪は笑顔で「ほんと、頑張ってくれてるんだよー」と続ける。
その言葉に、後ろの白峰が俯く。耳が、ほんのりと赤くなっている。
「僕に何ができるんだ?」
当然の疑問だった。
妖怪の非常識さは昨日で思い知っている。戦闘経験なんてものはない自分になにができるというのか。
「さっきも言ったが、君の枝眼は“可能性”を視る目。それは妖怪も例外じゃない」
凪と視線がぶつかる。
背筋がぞわりとする。猫の目を見ていると不気味な気分になるのはなぜだろうか。
「実際に君はそのおかげで送り犬を知覚できた」
ちょっと待て。あの出来事を“おかげ”で済まさないで欲しいんだが。
「だから——」
一拍。空気が静まる。
「湊が視えたものをしおりが斬るんだ」




