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脇役主人公の弁え方  作者: yui


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第二十九話よろしくお願いします。

東風が渡るこの丘陵は、定期的に乾きと潤いを入れ替える。


乾季には草は白く痩せ、土はひび割れて軽い音を立て、色の薄い黄色で覆われるが、湿潤季が巡れば一転して草木に青や緑が溢れ、ぬかるむ地面に若芽が群れ立ち、噎せ返るほどの黄緑色が空気に満ちる。


短い周期の変化は魔物の動きを読みづらくし、水場も獲物の住処も定まらない。

ゆえにここでは、経験の浅い探索者たちが多く足を踏み入れる。

失敗しても、次の季節がすぐに訪れ、すべてを塗り替えてしまうからだ。


だが、移ろいに甘えた判断は、時に命を置き去りにする。

風だけが、その過ちを静かに知っている。


『東乃原』著・花時雨のリース



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 



異界素材取引所『鹿鳴』の十日に一度の定休日は、既にその体裁を成してはいなかった。


ドン―――


机や椅子でも投げ飛ばしたかのような音と共に、目の前に硬い土壁がせり上がる。

背後に感じる術者の視線を感じながら、左右のどちらも選ばずに僕の背の倍以上にそそり立ったその壁を駆け上がる。


ここは周遊道の北辺にある労務省本部―――の地下に広がる職業訓練施設、通称『地下訓練場』。

地下とは思えない程の広大さと明るさの空間(そこ)には、街中のような職業加護の制限が存在しない。


ドンドンドン―――


土壁を乗り越えた先に待ち構えていたのは、槍の穂先のように鋭い先端を持った石筍の襲撃。

幸いにも土壁が目隠しとなって正確な狙いは付けられなかったから良かったものの、避け様の無い空中で襲われたらひとたまりもなかっただろう。


「ニールセンさん容赦無いなぁ…」


思わず苦笑いと軽口が出る。


ニールセンさんの職業は”地操士”で、その名を表す職能【地操】は非常に汎用性が高い。

石礫を飛ばして攻撃することも、土壁を建てて防御することも、或いは石柱を伸ばして足場とすることも、目の前に広がる石筍の林を作り出すことも出来る。


ドンドン、ドンドンドン―――


ここのところ一方的に僕の方から攻め立てる展開ばかりで、職能を使わせないような立ち回りをしていたから大分鬱憤が溜まっていたのだろうと思う。今日は立ち合いの位置を随分と開けてから始めることになった。


そんなことを考えている間にも次々に地面から生えてくる殺意の高い石筍を、危なそうなものは避けながら、遠く当たりそうもないところのものは数えながら、その時を待つ。


「あっ、ぶな…!」


絶え間なく、無造作に、野放図に、生じる石筍は、その穂先を互いにぶつけあったり、その根元で喰い合ったりと、温厚なニールセンさんからは想像もつかないほど荒々しく凶暴だ。

狙いも何もあったものじゃないから余計にコワい。


ドン、ドン、ドン―――


しかしやがて、石筍の本数が五十を超えた辺りから、その発生頻度が明確に落ちる。


今。


期を見逃さないように、僕は石筍の林を一気に駆け抜けて土壁を回り込んだ。


ドン―――


そして、そんなこちらの姿を確認した瞬間に足下から生えてきた石筍―――を飛び越えて、僕は殺る気満々にこちらを睨むニールセンさんを補足する。


ドンドンドン―――


宙に飛び出した僕をそのまま串刺しにしようと襲ってくる幾本もの石筍。


どうやら僕を誘い出すために精神披露を演出、職能の発生を遅くしてくれていたみたいだ。

まんまと嵌ってしまった。

先日の模擬戦闘の時よりも確実に職能を行使出来る時間、質、量も、伸びている。


自身の成長度合いすらを囮にして勝ちに来たニールセンさんの、これは詰んだな―――という確信の表情を見ながら思う。


まだまだ。


【道具】と念じて前方から迫る二本の石筍の前に黒い渦を二つ生じさせる。


職能の使い込みにより、その幅が増えたのはニールセンさんだけじゃない。

まぁこんなの二つ出せたところで『鹿鳴』の業務上使い道はほとんど無いんだけど…。


思いながら、二つの渦のそれぞれに左右の手を入れて、壁の向こう側で拾い上げておいた岩塊を取り出し、石筍の先端にぶつける。


ガコォ―――


そして砕け合う石塊の衝撃をたよりに、前転の要領でその襲撃を切り抜けた。


良かった……追撃あったら負けてた。


という思いを置き去りにするように前へと駆け出す。

目の前には驚愕の表情を浮かべたニールセンさんが『杖棍』を支えにして立っている。


「まいった」


その首筋にクルードさんから譲り受けた『ダガー』を突き付ける前に、ニールセンさんは諦めの溜息と共にその言葉を口にした。


「ありがとうございました」


僕は『ダガー』を手早く【道具】に収めた後、頭を下げて彼の言葉に応じた。


――― ――― ――― 


――― ――― 


――― 


「個人的には石弾にして飛ばされた方が嫌ですね。結局は距離を詰めないことにはこちらの勝ち筋は無いので」


「なるほど…」


広大な地下空間に並ぶ巨大な石柱の下で、先程の模擬戦闘の振り返りを行う。

僕は頭に装備した『てつのはちがね』を外して汗を拭いながら、対するニールセンさんはその顔に疲れは浮かべているものの汗一つかいていない。この様子だけ見ればその結果は真逆に映るかもしれない。


けれど実際には勝敗の結果も、その内容に於ける消耗もニールセンさんは僕に一歩譲った形になった。

その証となる彼の職能の乱発によって散々に荒れ果てた地面は、少し離れたここからでも良く見える。


その整地については利用時間後、ここの管理職員の業務になるので名も知らない職員に頭を下げながら僕等は場所を移した。まだ出会ったことは無いけれど、ニールセンさんと同じ”地操士”の筈だ。

でなければ、この広大な地下空間に何本も立ち並ぶ巨大な石柱に、説明が付けようもない。


考え込むニールセンさんをチラリと見た”狩猟士”のツウォリさんが難しそうな表情で僕に言う。


「……そうは言うがロウ。前回はそれも全て【道具】で防いでみせたろう?」


それは以前ツウォリさんとの模擬戦闘をきっかけにして何とか編み出した僕の苦肉の策だった。

”狩猟士”の【投擲】対策として地下訓練場(ここ)で身に付けたそれは、不本意ながら先日の『旭燕』の一件でも役にたった。


そう、役に立ってしまった。


それまでクルードさんの穴埋めとして義理で顔を出していた側面が大きかったのに、あの一件以降は自衛手段の確立のために地下訓練場(ここ)に来ることを余儀なくされてしまった。定休日制度が体を成さなくなってしまった所以である。


「えぇ、ですがそれも、いつまで凌ぎ切れるか分かりませんから。遠距離からこちらが致命的な間違いを犯すまで持久戦で待つ、というのも一つの方法かと思います。まぁ魔物相手の探索で通用するのかと問われれば甚だ疑問ではありますが…」


一方でそんな僕の訓練相手になっている彼らの本業は、相変わらず魔物相手の探索業である。


「そうか……いや、あれは何度見ても感心する……戦いで利用するという発想自体が面白い」


「はは……いとも簡単に収めてくれるしね……あれは、やられている側の心も削る良い防御手段だと思うよ……はぁ…」


ここのところ、どっちがどっちの義理で付き合いを続けているのか、曖昧になってきている気もする。


いや、僕は別に来たくて来ている訳じゃない―――


「いや簡単では無いですし、確実にニールセンさんの【地操】の精度も発動数も上がってますから。今日もバテの芝居を入れてきたり凄かったです」


―――と言い切れなくなっている自分も感じている。


まるで職業訓練学校時代を思い出すような彼等との切磋琢磨は楽しいし、ニールセンさん、ツウォリさんの成長も喜ばしい。それに何より僕が自分自身の成長を実感できるということが嬉しかった。


「はは……そんなことしても意味なかったけどね……見抜かれてるし…」


ニールセンさんの呟きにギクリとする。


それは”探索者ではない僕”がいつも囁く言葉だったから。


所詮、どうせ、結局、どのみち。

色んな前置きを置いて僕のことを腐してくるその自我は、どれだけ『鹿鳴』で上手くいくことがあっても消えることはない。むしろ上手くいくほどに”お前にはこちらがお似合いだ”なんて嫌味を言ってくる。



お前は僕を……僕は僕を……僕は、一体どうなりたいんだろうか…。



「ロウ、職能の使い込みはその職業に就いていないと経験にならないか?」



呆けていた僕にツウォリさんが声を掛けてきた。

言葉は耳に入ったけれど、理解が追い付いていない。


「え?すみません、少しぼーっとしてしまって……もう一度お願いできますか?」


「お前の【道具】を見ていてな。俺もどうせ【道具】を引き継いでいるんだから、お前の様に使いこなせればと思ってな。今のままでも使い込んでいれば、お前の様に扱えるようになるだろうか?」


その問いをよくよく咀嚼してから返事を返す。


「……すみません、分からないです。適当なことを言うわけにもいかないので。転職もしたことないですし…」


「む、そうか。いや、すまんな」


『引継ぎ』というのは文字通り、ある職業から別の職業へと転職した際に前職の職能を一つだけ引き継ぐことが出来る、というもので”従士”の場合その職能は【道具】となる。

どんな天職の持ち主でも、とりあえず最初に”従士”に就くことが勧められる所以だ。


「いえ……参考までに、ですが。同時に二つの物品を出し入れするような使い方は”従士”になって一月ほどで出来るようになりました。意識して使い込んでいた訳でも無かったので、実はもうツウォリさんも出来るかもしれません」


「いや、さっきお前等が戦っている途中でな。試してみたんだが出来なかった」


そして”使い込み”というのも文字通り、その職能を何度も行使することを意味する。

これは”加護慣れ”のようなものではあるが、明確に異なるのは『職能の効果が上がる』ことにある。


そう考えるとツウォリさんの質問も『引継ぎ』した職能はいくら他の職業で使い込んでも意味が無い、という答えになる気がしている。


『使い込み』はその回数や条件に関して個人差があるようで明文化された資料を見たことはないが、明確に存在する。


加護の強さの増大や、新しい職能の習得と同様の現象だ。

ただそれらは『使い込み』とは異なり、専ら異界で魔物を倒すことによってのみ果される。


そういった職能の使い込みや加護の成長に関しては、現在も貴族に使える啓徒によって研究がなされている傍ら、ある程度は一般的に知れ渡っていることでもあった。

地下訓練場(ここ)に人が集まらない理由は根本にこれがある。あくまでここは”慣れる”場所なのだ。


僕は未だに『道具』と『鑑定』以外の職能は使うことが出来ない。


「あ、そうなんですか。そうなると『引継ぎ』された職能はその性能が劣化する、それか、そもそも”従士”でないと出来ないか…」


「ふむ。渦の口が大きくなるようなこともないし……やはり実用性からは程遠い、か……いや、すまんな」


「いえいえ。もし一芸というか見世物として練習するのなら付き合いますよ」


「はっ。軽口を聞けるようになったのなら、次は俺とやるぞ」


「わかりました、よろしくお願いします」


一つ、ツウォリさんが知らないことがあった。


それは僕が見世物と卑下した【道具】の防御利用のことで、これはどれだけ使い込もうがあくまで【道具】という職能の範囲を逸脱するような職能には成り得ないということだ。

平たく言えば防御手段としては致命的な欠陥がある。


それは【道具】はあくまでも物品を出し入れする職能に過ぎないということに尽きる。


ニールセンさんが放つ石弾やツウォリさんが投げつけてくる”ダガー”は収めることが出来ても、グエンさん等”魔術士”が放つ攻撃は【道具】に収められるモノとして判別されないのだ。

その可否は”従士”が最初から扱える職能という観点で考えれば【鑑定】出来るもの、という相補関係にあると予想される。


僕はこれをとやかく人に教える訳にはいかない。

たとえ街中で敵意を持った誰かに職能を行使される、なんて状況は起こり得ないのだとしても。

自分自身やセリスを護るための手段だからだ。



そしてもう一つ、ツウォリさんが勘違いしていることがあった。


それは『渦の口が大きくなるようなことはない』ということ。


日々、何百という単位で行使している僕の【道具】は現在、四つの渦を展開することが出来るし、その分だけそれらを繋げるようにすることで渦の大きさを変えることが出来るようになっている。


同じ”従士”で同じ時期に『鹿鳴』で働き始めたセリスが現在、二つ分で同様のことが出来るという事実から、僕の天職”従士”としての優位性が確認された事実でもあった。


大きく繋げた渦は扱える枠の数はその分だけ減じるし、そこに収納できるモノの数は最大で九つまでと変わりが無い。

だが、収納することの出来るモノの容積が増えたということは非常に大きい意味を持つ。

これまで異界で解体するしかなかった大物の獲物を丸ごと持ち帰るようなことが出来るからだ。


仮に僕が何処かの企業(クラン)の代表をやっていたのなら、道具袋として誰かに背負わせてでも異界へ連れていくと思う。


僕はこれをとやかく誰かに言いふらす訳にはいかない。

たとえそれが友好関係にある者であったとしても。


結局、僕は従民であって探索者ではないのだから。

どのみち、守るべきは自分達であって彼等ではないのだから。


そんなことを考えながら、僕はツウォリさんとの模擬戦闘を終えた。

そしてツウォリさんとニールセンさんの模擬戦闘を見学終え、

お互いの感想戦も終えて、

今日という一日を終える。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 



カランカラン―――


「ただいま」

「おかえり」


『鹿鳴』に帰った僕はセリスが用意してくれた夕飯を食べながら、クルードさんの容態や今日あった出来事を話し、それからセリスの話を聞いた。


定休明けの明日の店のこと。

『旭燕』の新人研修依頼のこと。

経営統合で集まる企業(クラン)とのこと。


いつの間にか僕の周りにはたくさんの探索者達がいた。

その誰もが僕のことを必要としてくれている。

それはとても光栄なことで喜ばしいことの筈なのに、それを素直に受け入れられない僕がいる。


あの日。


今よりもずっと何も知らなかった、まだ何者でもなかった自分。


憧れて、諦めて、挑戦して、失敗して、成長して。


従民であることを、悪くないと『鹿鳴』で働くことを誇りに思えた自分。


そして


もっと多くの人に頼られるような存在になりたいと願うようになった自分。


僕は変わっていく僕を受け入れられるのだろうか、果たしてそれは良いことなのだろうか。


『変わらない』と『いつも通り』を繰り返していた筈の日々は、少しずつの小さな変化と共にその姿を大きく変えていく。





そしてその小さな変化は翌朝、またも訪れる。


カランカラン―――


いつも通りの軽やかな小鐘の音を鳴らして。


<つづく>

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