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脇役主人公の弁え方  作者: yui


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第二十八話よろしくお願いします。


街の中心地である城と東門とを結ぶ街の幹線の一つ、東門大通り。

その城から東門への距離にして体感で大体四半分のところにある店『鹿鳴』。


「食料、建材、日用品、嗜好品から、それらの流通を担う紙幣まで。ありとあらゆる”モノ”を異界から採集することで成立するこの街に於いて、最も重要なその採集の役割を担う者、それが探索者です」


そこは年初めの『適職診断』を受けてから、つまりは僕が成人してから、半年以上の時を過ごした場所であり、探索者の資質が無いと諦め、途方に暮れていた僕を受け入れてくれた場所でもある。


「元々は、この街が出来るよりもずっと前。異界の何処かに隠れ住むか、放浪するかしかなかった人々が安住の地を探し求めたことから”探索者”と呼ばれるようになった、ということですが、詳細は割愛します。気になるようなら後日、また暇な時に話しましょう」


そこは本来、異界から得られる”モノ”を集積し分配する役割と、街の”経営者”(きぞく)”労働者”(それいがい)とを繋ぐ場所だ。


「探索者として生きていくために必要なこと、つまりはこの街が探索者に求めている仕事は先に言った通り、異界から”モノ”を拾得してくることにあります」


だが今、その店舗の奥の方、食卓兼応接卓を挟んで僕とその向かい側に座る四人とが向かい合う構図と、僕の口から出てくる言葉は、さながら職業訓練学校の授業の一幕のようで、実質的にもそこは教室だった。


「何を採集・拾得の目標とするのか―――食べ物なのか着物なのか建具なのか?それを得るための標的は何にするのか?それが居る、あるいは得られる場所はどこか?見つけたとしてそれを得る方法は?」


教科は探索基礎一。

後ろにある持ち運び式の”黒板”に僕はささっと板書していく。

その両腕長の一枚板”黒板”は職業訓練学校に備え付けられているものと同じ、南門の先の異界『玄涅大森林』に広く分布する『黒檀』を原料とするモノであり、経営統合計画を正式に立ち上げた際、アルフォンス=セルク様に投資してもらった資金で仕入れた『鹿鳴』のちゃんとした備品だ。


「考えなければならないことはいくらでもあります。例えば方法一つとっても、採る、取る、捕る、獲る―――と、無数にあります。あらゆる面で一番重要になってくるのは、目的に対して自分達の力量と能力に見合った行動を選択し、実行し続けるということです」


そして黒板に文字を書き連ねている白墨もまた、北門にある異界『緞藻樹海』から採取供給されている貝殻を原料としたもので職業訓練学校準拠の品である。

僕は板書に終点を打って、席に着く生徒を振り返る。


「そしてそれを為すため必要なのはそれらを”識っている”ということです」


長辺に二人ずつが腰掛ける程度の食卓、今は勉強用の長机と化しているその向かい側には『旭燕』の四人が口をポカンと開けて座っている。

両端には騎士のフランさんと癒術士アリーナさんの女性二人が、そして二人に挟まれる形で魔術士のグエンさんと―――


「チロルさん。つまりあなたが今為すべきは”学ぶ”ということです」

「はひっ!?」


名指しされて奇声と身震いを同時に上げた少女がいる。


「ロウ、そろそろお昼」


と、今まさに授業の本題に入ろうとしたところにセリスが店側から顔を出して水を差す。

今日はセリスが勘定で僕が雑務担当の日。

つまりは買い出しも僕が担当する日だった。


「あ、ごめんごめん。パッと行って買ってくるよ―――『旭燕』の皆さん分は……後で徴収しても良いですか?」


「え?えっとぉ……」


僕の問い掛けに誰も応じず、チロルさんが隣のグエンさんとアリーナさんの顔を交互に振り返る。

その様子は黄色い髪も相まって親を探す雛鳥のようだ。

なんて見ていてもしょうがないので、こちらを呆けて見ている親鳥に声を掛ける。


「フランさん?」


「えぁ!?」


「お昼『旭燕』さんの分も買ってこようかと思うのですが、代金だけ後で頂いても良いですか?」


「あ……うん!全然大丈夫!っていうか、あたしも買い出し付いてくよ!」


その日、東門大通りの素材取引所『鹿鳴』は、いつもとは少し違う日常を送っていた。



――― ――― ――― 


――― ――― 


――― 



「【道具】は九種の枠に分別されるモノを、それぞれの枠に九つまで自由に出し入れ出来るというとても便利な職能です。ただし、実生活の中で行使していくには結構な制限もあります」


簡単な昼食を済ませ、人数分のお茶を用意した後、六人で食卓を囲み木椀を傾けながら授業は再開された。

向かいに座る”従士”のチロルさんに雑談交じりに始めたのだけれど『旭燕』の面々がみんな黙って熱心に話を聴いてくれるものだから、そのまま座談会形式の授業になっている。

セリスは途中で小鐘に呼ばれてお店に向かった。


「ちょうどいいので、買い出しのお礼金(おつり)で説明しますか」


言いながら懐の財布を取り出し、幾枚かのお礼金をそこから出した。


「お礼金(かね)は貴重な物ですが【道具】に入れる人はいません。何故だか分かります?」


「えぇ……っとぉ…?」


僕の問いにチロルさんは例の親を探す雛鳥の動きをする。


「か、礼金(かね)は【道具】の一枠をい、一枚だけで埋めてしまう、からだ」


と、彼女の求めに応じたのはグエンさん。

僕は彼に軽く目礼をしながら説明する。


「はい、その通りです。補足すると刷り立ての新品札(ピンさつ)であれば、単価毎に一枠に九枚入れることができます。が、市井に出回っているお礼金(かね)は折れていたり、しわがよっていたり、汚れていたり、穴が開いていたり、ほとんど破れていたり……と挙げればキリがないですが、その状態は様々ですよね?そう言った損傷があると【道具】はそれを”同じ物”と判別しなくなる。だから街で出回っているお礼金を【道具】に入れて持ち運ぶ人がいないんです」


「な、なるほどです…!」

「へぇ…」


チロルさんの怪しい納得の裏で、フランさんが静かに声を漏らす。

何か言いたそうにしているアリーナさんと目が合って下を向かれてしまった。


「チ、チロル。分からないなら素直に、い言えよ」

「だ、大丈夫です…!……たぶん」


グエンさんの言葉に素直に応じるチロルさん。

同い年の筈なんだけど、何だか本当に孤児院の弟妹を思い出す。


「なんて、言葉だけで言っても理解しにくいと思うので実際にやってみましょう。チロルさん【道具】を行使して頂けますか?」


「は、はい…!―――すぅ……はぁ……【道具】」


僕の言葉にも素直に応じたチロルさんは、両手を胸の前でお椀型にしながら【道具】を展開する。

今、彼女の目には黒々とした渦が見えている筈だ―――それも本人以外、確認は出来ないけれど。


「では次にこちら―――全部で十枚あるので一枚ずつ入れてみてください」


そう言って、見た目の上では全く同じ図柄が入ったお礼金(かね)を渡す。

この”お礼金”もまた異界から得られる”念写紙”という素材で作られているものであり、その採集権も使用権も礼金に使わている意匠も、全てはアマニ家という財務貴族が所有する権益だ。


チロルさんは緊張した面持ちと返事を返しながら恐る恐る一枚、また一枚と【道具】の中にそれを入れていく。

傍から見れば、中空で紙幣が消えていくという不思議だけれど当たり前な光景だ。


「もう入らないです…!」


言いながら最後の一枚をスカスカと目の前で差し入れているチロルさん。


「はい、やっぱり九枚しか入りませんでしたね。それでは、目の前の渦に意識を集中してみてください」


「…………しゅうちゅう?」


「……その渦をじっと見つめながら、何が入ってる?って心の中で話しかけてみてください」


「はい―――あ…!すごいすごい!一、二、三……」


いま彼女の目の前には三×三の升目とそこに浮かぶお礼金(かね)の心象像が見えている、と思う。

だいたいの人が感覚的に理解して使えてしまっている職能だから、その使い方をわざわざ教える人もいないし、本人が知る気が無ければ不便に感じることも無い。そういうものだと思うからだ。


「九枚です!お礼金(かね)、九枚あります!」


「うん、じゃあ次、真ん中のお礼金を渦から取り出してみましょう」


「はい!―――出来ました!」


「いいですね。それでは残りは好きな順番に選んで残りの八枚も取り出してください」


彼女の心象風景を壊さないように伝えてみたが、上手くいったみたいだ。

三×三の升目というのも僕の認識の話でしかない。彼女の目には一列に並んでいるかもしれないし、それが縦でも横でも斜めでもなんらおかしいことは無い。実際僕は意識して動かすことが出来る。


以前セリスにもその変更を試して貰って出来ることは確認した。

が、一時的に上手く【道具】を出すことすら出来なくなってしまったから、あまり人の自然な認識や感覚を壊さない方が良いんだろうと思っている。


なんて考えている内に、チロルさんは無事に十枚のお礼金を手にしてキラキラした目で見つめていた。


「さて、なんで【道具】の話をしたかと言えば、この職能の便利さが、探索者が初めの職業として”従士”を選ぶ理由だからです。ではチロルさん」

「はい!」


元気が出てきた。

いい感じだ。


「探索者の仕事とは何をすることでしょうか?」


「はい!食べ物を取って来ることです!」


「いいですね。それから?」


「それから…?」


「食べられないモノもありますよね?」


「あっ!はい!魔石も!です!」


知識欲の萌芽に孤児院の頃のごっこ遊びを思い出しながら僕は説明を続ける。

理解できるまで何度でも繰り返す―――ただし飽きない様に、というのが僕が当時得た学びだった。


「正解!その他にも『旭燕』さんは以前『六輪綿花』という衣類や寝具の原材料になるモノを採って来ていました。探索者の仕事は、食べ物に限らず”街の人が必要としているものを異界から持って帰って来ること”です」


「はい!わかりました!」


日常会話の受け答えが出来るから忘れられがちだけど、この子は―――というかフランさんアリーナさん、グエンさんとレルドさんも含めて『旭燕』の面々は、職業訓練学校に通っていない。


教会と同じく代価の必要無い、孤児でさえ受けることの出来る、教育であるにも関わらず、だ。

親も、その親も、そしてその親も、きっとずっとそのことを知らずに壁際の裏通りで生きてきた。


「探索者の仕事、異界での活動は常に危険と隣り合わせなので、戦う力が重視されます。それは間違いありません、が”持って帰って来ること”までが探索者の仕事です。だから異界で得たモノを便利に運べる職能を皆が必要としています。だから企業(クラン)という単位で探索者が異界に挑む時には必ず、”従士”……の職能【道具】が必要とされているんです」


「……必要だから必要……探索者の仕事と一緒です!」


「そうですそうです。一緒なんですよ。そこに気付くとは、チロルさん賢いですね。一番大事なコトです」


「え、えへへ!」


嬉しそうにはにかむ笑顔に懐かしい気持ちになる。

髪の色が近いこともあってチロルさんのその様子はあの頃のキーラを思い出させた。

あの時は簡単な算数を教えたっけ。


「そんなチロルさんに問題です!」

「は、はい!」

「現在、『旭燕』にはチロルさんが加わりましたが、レルドさんがお休みしているので、合計四名の社員さんがいます」

「ふんふん!」


律儀にこくこくと頷きを返えしてくる。


「全員が【道具】の職能を持っていた場合、何体の”鼠”を異界から持って帰って来れるでしょうか?」


「えー?えっとぉ……」


チロルさんは渡した筆記用具で手元の紙に五人分の顔と鼠の落書きとを書き始める。

そこには親鳥を探す雛鳥はもういない。

間違いを恐れずに答え探しに夢中な子供の姿がある。


そんな彼女を『旭燕』の三人は微笑ましく見つめていた。


異界素材取引所である『鹿鳴』の店の奥で、まだ昼間の営業をしている最中、

何故僕がこんなことをして、何故セリスがそれを許しているのかと言えば、

それはレルドさんが抜け三人体制となった『旭燕』から新人の研修を有償依頼されたからであった。



――― ――― ――― 



レルドさんの救出作戦が決行されたあの夜。


何とか『旭燕』を脅迫していた暴力集団から逃げおおせた後、ボロボロのレルドさんを横抱きに抱えた僕は聖坐へ駆け込んだ。

途中合流したライルさんからは、主犯格を取り逃してしまったことを平謝りされた。


いくらライルさんが貴族お抱えの凄い人でも、その日の朝にセリスから突然依頼された仕事を何から何まで完璧にこなせる訳がないので素直に『しょうがないですよ』と返すことが出来た。

相手がそれほど脅威では無く、僕にもレルドさんにも被害が無かったことも大きい。


何より、貴族に対する貸し借りという意味で、あまりに一方的に恩を受けすぎている気がしていたから、向こう側が勝手に責任を感じてくれている、ということに安堵さえ覚えた。

そんなこと気にする意味が無い位の身分差がある、ということは関係無い。気分の話だ。


まぁともかく。


そんなこんながありながらも、夜中に聖坐に運び込まれたレルドさんは無事、一命は取り留めた。

けれどその状態は、僕の両腕骨折なんて比じゃないくらいに酷く、キャロルさん曰く外傷、内傷、栄養失調のトリプル役満(?)だということで今年いっぱいは入院が必要、という診断が下った。


その夜の内に、僕とライルさんは、また東門大通りの復路を行き、治安の悪い裏通りを進んで『旭燕』の拠点(いえ)でそのことを伝えると三人と二人の母親は、安堵の喜びと、レルドさんの容態の気掛かりと、今後の生活の不安との間を、こちらも行ったり来たりしていた。


幸か不幸か、といえば間違いなく不幸なのだけれど、そんな不幸な中でも幸いだったのは、脅迫下の探索行で彼ら三人はある程度の戦い方を構築しており、それほど数が集まって来なければ『粘土鳩』の相手も熟せるということだった。五人分の生活費を稼ぐには十分事足りる。


が、それもあくまで数が集まらなければ、という希望的観測下のことであり、実際はフランさんが受けきれず、グエンさんは処理しきれず、アリーナさんも立て直せず、という経験を二度ほど味わい、どちらも全滅を覚悟しかけたらしい。


レルドさんの命が懸かっていればこそ出来た無理も、それが無ければやる必要もない。


大人しく”鼠捕り”をする生活を送るという選択を、『旭燕』の面々と二人の母親がするのを、僕とレルドさんが見守って、ようやく一段落ついたのだった。



予定よりも大分遅くなってしまったのだけれど、セリスは『鹿鳴』の勘定台に灯りを灯して僕の帰りを待ってくれていた。

真っ暗な東門大通りからその灯りを見て僕は、ようやくその長い夜を終えたことに深い安堵を得ることが出来た。


カランカラン―――と、いつも通りの小鐘の軽い音が響く中、少し震えた『ただいま』の声を、いつも通りの平坦な『おかえり』の声が迎えてくれた。


というのが僕の、『鹿鳴』の中での、あの一件の終わりで『旭燕』の中ではもう少しだけ話は続く。



彼等は予定通り、危険を冒さず”鼠捕り”をしながら、少しずつ生活水準を元に戻す日々を送っていた。


僕やレルドさんの助言に従い、まずは日々の生活にどれくらいの費用が掛かるのか、それを維持するだけに必要な猟果はどれくらいなのか、を把握することを優先し、少ないながらも蓄えがあったことから、次の日から”鼠”しか食べられない、という事態には陥らなかった。


そんな壁際族にあるまじき計画的な探索行と自活を続けていた彼らが、或る日の『東乃原』の探索行で出くわしたのが、襤褸切れ一枚一人っきりで鼠狩りに挑む、という裏通りの探索者の象徴のようなチロルさんだった。


相手取る『甲殻鼠』と同じように四つん這いになってそれを追う彼女の姿を目にした彼らは、全員が『あの気狂いの少女とは関わらないように』という意思疎通を無言の内に交わして遠巻きに通りすがろうとした。


が、その姿を横目に入れつつもすぐ場所を移動しようと動き出した矢先、先頭をゆくフランさん目掛けて襤褸切れ四つん這い少女の猛追を振り切ろうとした『甲殻鼠』がもの凄い勢い飛び掛かってきてしまう。


突然の事態にフランさんは敢え無くショートソードで一刺しにしてしまった。

普段であれば褒められた反応速度と対応だったが、この時ばかりは違った。


面倒なことになりそうだ、と内心溜息を付きながらどうしようかと三人それぞれが考えていると―――


『すっごーい!!お姉ちゃん捕るの上手~!!』


という言葉と共に満面の笑みを浮かべたボロボロの少女がいた。


フランさんのショートソードには丸々残った『甲殻鼠』の遺骸。


だが文句を言うでもなく、物欲しそうな顔をするでもない無邪気な少女を、彼らは無視することなど出来なかった。


その出会いから十日後、昨日のお昼に、彼らはチロルさんを連れて『鹿鳴』を訪れ、今この時に至る。



――― ――― ――― 



「四十三、四十四、四十五……わかった!四十五!」

「おしい!」


『旭燕』の五人の似顔絵の横に描かれた鼠の絵を数え上げたチロルさんの勢いに合わせて返事を返す。


「えぇ!?……じゃあ四十六?」

「ぶー」


「じゃあ四十四だ!」

「うん、全然違うね」


「それじゃあ嘘じゃん!惜しくないじゃん!」

「嘘じゃないって、その三つなら四十五が一番惜しかったって、ほら描いた絵を見てみよう」

「えぇー…?」


彼女の天職が”拳闘士”であり【委嘱】してもらった職業もまた”拳闘士”だったことは、間違いなく幸いなことだったろうと思う。”拳闘士”であれば、その身一つ、碌な装備が無い状態でも『甲殻鼠』程度の相手ならば、どうということは無い。


それでも、加護慣れもせずにいきなり異界に身を投じるなんてことを当たり前のようにしているのだから、一番幸いだったのは彼女自身が、加護を扱うということに関しては才能を持っていた、ということか。


おそらく彼女と同じ境遇で放り出されれば大半の者は異界でその人生を終えることになる。

きっと”従士”である僕もそちら側だっただろう。


ちなみに今、彼女は『旭燕』の勧めに従って”従士”に転職している。


「『旭燕』は全部で五人いるけど、レルドさんは今、聖坐で怪我を直してるでしょ?」


「あ、そっかぁ。じゃあレルドさんの分は数えないから、えっと一、二、三、四……」


そして素直な性格と『旭燕』のようなお人好しと呼べる人達に出会えた幸運も持ち合わせている。


チロルさんに声を掛けようとしているフランさんを見て、僕はそっと手を挙げてそれを留めた。


全部数え直さなくてもいい、なんてまだ教えなくていいし、言葉遣いなんて猶のこと、今はどうでもいい。というか同い年だし。


「十、十一、十二……」


僕の一番古い記憶は、誰か(たぶん妹)と遊んでるトコロで、次に古い記憶は母親が動かなくなった場面で、物心ついた時には家族が皆いなくなっていた僕は、それから孤児院で暮らすことになった。


ほとんど人生の始めから、不幸のどん底にいるみたいだ、なんて思っていた僕だったけれど、相当に恵まれていたことを知った。それはもちろん孤児院の家族のお陰というのが大きいのだけれど、その一方で、僕の想像が及ばない程に、悲惨で、貧しく、ボロボロの生活を送っている者が、信じられない程にこの街にはありふれていることを知ったから。


「二十三、二十四、二十五……」


チロルさんは(彼女の時間感覚で)一年ほど前からモグリの”叙階師”の処で生活をするようになって、それから毎日のように【託宣】を―――職業訓練学校で言うところの適職診断を、受けていたらしい。


そして一月ほど前にその天職が判明するとそのまま”拳闘士”へと【委嘱】されて放り出され―――彼女的には生き方を教わり独り立ちをして、それからずっと一人であの裏通りを生きてきたのだという。


それに比べれば『旭燕』の四人ですら皆が、壁際族と呼ばれる零細未満な企業(クラン)の探索者の子供で、少なくとも全員が成人するまではフランさんとレルドさんの両親四人の企業『宵燕』の庇護の下に育ち、全員が”従士”に就職するべきだという助言を受けられる程度の環境にはいた。


さらにグエンさんとアリーナさんに関して言えば、知り合いから頼まれたから、という理由だけで『宵燕』に引き取られ育ててもらえたのだという。そんな恩人でもあり育ての親も、今はレルドさんとフランさんのお母さんしか残っていないというが…。


「三十一、三十二、三十三……」


今日の食事にすらありつけるかどうか、という状況の中で育った彼らが、職業訓練学校というモノの存在を知ったのも『鹿鳴』に通うようになってからのことだという。彼等の親や祖父母に当たる人もまた同じような環境と境遇で生きてきたことから、それが彼等の常識になっていた。


「三十四、三十五、三十六……三十六!」


正に僕と同じである。

なんて言葉、彼等にしてみれば不愉快だろう。

彼らからすれば十分すぎるくらいに恵まれている環境に育った人間に知ったような口をきかれるのは。

レルドさんの僕に対する態度も、そういった感情の発露だったのかもしれない。


「正解!」

「やったぁ!!」


ただそれでも。

閉じられた環境で生きてきたが故の偏った常識、という点に於いては彼等と僕は変わらない。

この街に於いては、貴族さえそうなのかもしれない。と僕は思う。


誰もがそれぞれの経験と環境で常識を築き上げて、その範囲内で自らの欲求と正義を満たして生きている。


「すごいじゃん、チロル!」

「よ、良く、できたな!」

「うんうん、凄いよチロル!」

「えへ、うぇへへへ…」


幸運なことに彼等は、我が子や弱者に対する慈しみを持ち続けた人達のお陰でここにいる。

そして少しずつでも、実直に誠実に自分達の目標を追ってきたからこそ、こうして今、ここにいる。


他者に対する優しさや思いやりを持てない者しか周りにいなければ、彼等は生き残ることは出来なかったろう。

そして自身の不遇や嫉みをただ他人にぶつけているだけの人間では、彼等は今ここにいることもなかっただろう。


「よし、それじゃあ本格的な勉強をはじめようか!」


「うん!……じゃなかった!はい!!」


そういえば以前、クルードさんも自身の生まれは壁際族だったと話をしていたっけ。

どんな探索者であろうとも分け隔てなく接し、不正や不実に靡かなかったのはクルードさんもまたそういった環境から這い上がってきた人だからだったのだろう。


そうした縁が繋がって『鹿鳴』に今、彼らがここにいる。


「”従士”に就職して直ぐに使える職能は【道具】の他にもう一つあります。それは【鑑定】という職能です―――」


人の縁の不思議というものを感じ入りながら僕は授業を続けた。


<つづく>

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