↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女神は月夜に降臨する ~孤独な女神の初めての恋は、世界の崩壊の始まりだったのか?~  作者: 糀野アオ@『落ち毒』発売中
終章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

67/71

第4話 永遠の愛

「そんな馬鹿な!」と、ナオクスヒメは声を上げていた。


「あの時負けたのは、確かに吾《あ》の方だった」


 訴えるナオクスヒメに対して、ツクヨミは静かにかぶりを振った。


「イザナキは吾を含め、八百万《やおよろず》の神々を黄泉から解放した。そして、最後に汝を清めた。汝の奪い取ったヨモツの霊力も含めて。その相反する霊力は相殺して、二柱の神は魂すら残さず消滅した」


『二度と会うこともあるまい』


 イザナキの最後に残した言葉は、ナオクスヒメではなく、彼自身が消えることを意味していたのか。


「ありえぬ……」


 ナオクスヒメは信じられない思いで両の手で口元を覆い、あの晩のやり取りを思い返してみた。


 イザナキがナオクスヒメに対して、殺意を持って復活したのは確かだった。


 何がイザナキの気を変えたのか――。


 ナオクスヒメは思い当たる節があって、「あれか……?」と小さく呟いた。


『汝は一番ずるい方法を取るのだな』


 死にたくないと泣き騒ぐナオクスヒメに、イザナキはそう言った。

 その方法とはナオクスヒメが生きる代わりに、イザナキ自身が消えることだったとしたら――。


「イザナキは吾のために、自らの消滅を選んだのか……?」


「汝のためかどうかはわからぬ。ただ、イザナキはイザナミをこよなく愛しておった。汝とイザナミはよく似ておる。愛しい人の死にゆく姿を二度も見るのが、忍びなかったのかもしれぬ」


「イザナキは母上を愛していたのか……? 消滅したと聞いても、顔色一つ変えなかったというのに」


「イザナキはかつて吾にこう言った。中《なか》つ国《くに》に留まるのは、いつもイザナミを感じられるからだと。永遠に愛しい存在だったのだ」


「永遠に愛しい存在……」


「イザナキがイザナミと共に消滅するという形を取ったのは、イザナミと再び一つの魂に還り、永遠の時を手に入れるためだったのかもしれぬ」


 ナオクスヒメは初めてイザナキの想いを知り、涙があふれてくるのを感じた。


 数千年という長い時を越え、逢うことの許されなかった二人は、ようやく一つの魂に戻り、その愛を永遠のものとすることができたのだ。


 これでよかったのだろうか……。


 その答えは永遠にわかることはない。

 しかし、それでよかったのだと思いたかった。


 たとえそれが、遺《のこ》された者の勝手な言い分だと言われても――。


 ナオクスヒメが頬に触れる手にふと気が付くと、流れるままにしていた涙をツクヨミが拭っていた。


「泣くのはもう終わりぞ。汝をずっと待っていた者に早く会ってやるがよい」


「吾に?」


 ナオクスヒメは誰のことか思いつかず、首を傾げた。


「高天原《たかまのはら》中に響き渡る声で叫んでいた大切なことを忘れているとは」


 ツクヨミはそう言って呆れたように笑っている。


 ナオクスヒメはようやくそのことに思い当たって顔を赤くすると、自分の腹に両手を置いた。


「子は無事なのか……?」


 恐々とツクヨミを見上げると、彼は垂れ衣の方を目配せした。


 ナオクスヒメも目をやると、垂れ衣の隙間から先ほどの幼女が顔を覗かせる。


 大きな瞳を輝かせて、ナオクスヒメの傍らに駆けてくると、「母上」と言ってそこに座った。


「生まれていたのか……!?」


 ナオクスヒメは驚きに震える手を伸ばし、娘の頬に初めて触れてみた。


 幼いながらも聡明な顔立ち。

 そして、頼通によく似たやさしげな目元。

 自分が初めて生んだ子に愛しさが込み上げてくる。


「新月の夜に生まれた」


 ツクヨミが言った。


「神として生まれたのか」


 今宵は望月。

 半月ほどで人間の子供がここまで成長することはありえない。

 ナオクスヒメからしても、それは疑いようのない事実だった。


「早く名を与えてやるがよい。名がなければ、神としての霊力を持つことはできぬ」


 ツクヨミにそう言われたが、ナオクスヒメは突然のことに困惑した。


「名といっても……」


「神はその存在意味なくして、生まれることはない。この娘もまた役割を持っておる。ヨモツの消滅した今、黄泉《よみ》戸《ど》は機能しておらぬ。死人《しびと》は黄泉に入れず、黄泉戸の前にあふれ返っておる。彼らの道しるべとなる神が必要ぞ」


「人間との間に生まれたこの娘が、その役目を果たすと……」


 ナオクスヒメは娘をじっと見つめ、ふさわしい名を思い巡らせた。


「ミタマトヒメ(御珠戸比売)はどうだろう――?」


「ありがとうございます、母上」


 初めて名を持った娘は、愛らしい笑みを見せてくれる。


「これでようやく神になれました。あるべき場所に参ります」


 そう言って、ミタマトヒメはナオクスヒメが引き止める間もなく、その姿を消した。


「吾が片時も離れず、共に生きていこうと思っておったのに……」


「ミタマトヒメは黄泉《よみの》国《くに》と中《なか》つ国《くに》の間におる。会おうと思えば、汝はいつでも会える」


 ツクヨミの言葉にナオクスヒメは少しだけ慰められ、微笑みを返した。


「ならば、これでよいのか」


 あの無邪気な笑顔を決して孤独に染めまい。


 ナオクスヒメはミタマトヒメのいた場所を束の間見つめ、改めて胸に誓った。


「ナオクスヒメ、汝もまたすぐにでも中つ国に戻ってもらわねばならぬ」


「え?」


「イザナキが黄泉戸を開いた時、かつて汝が黄泉へ誘《いざな》った悪霊たちが再び中つ国に出てきてしまった。早急に戻してもらわねば困る」


「そんな……」


 自分の生きてきた千年は何だったのかと、なじりたい気分だった。


 しかし、そうも言っていられない。


 ナオクスヒメは息をつくと、ゆっくり立ち上がり、ツクヨミを見下ろした。


「それが吾の神としての役目、存在の意味ならば仕方がない」


 そして、ナオクスヒメはクラノオハバリを呼んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。