第7話 終焉
八章、最終話となります。
ナオクスヒメが承香殿に戻った時、辺りは闇に還っていた。
先ほどまで燃え上がっていた殿舎は燃え尽きたのか、それともオオマガツヒの霊力が消えたことで、炎を維持できなくなったのか。
はたまた、イザナキが消したのか。
「顔色が悪いな」
ナオクスヒメの顔を見るなり、イザナキは無表情のまま一言そう言った。
ナオクスヒメは未だ治らない気分の悪さに膝をつき、イザナキを見上げた。
「母上の……ヨモツの霊力を全て奪ってしまった……」
「そのようだな」
なぜこの男は驚きもしないのか。
一度は愛した女が消滅したにもかかわらず、なぜこのように涼しい顔をしていられるのか。
ナオクスヒメには理解ができなかった。
彼にはもうイザナミに対して、光の粒ほどの愛情のかけらも残っていないということなのか。
「汝命はこうなることを予測して、吾を送ったのか……?」
「これが汝の選んだ道ぞ」
その通りだった。
最初から知っていたら、ヨモツを殺さなかっただろうか。
いや、そうではないと、心のどこかで知っていた。
やはり同じように、自分の生のために母親を犠牲にしていただろう。
そして今や、その事実は変えられないものとなった。
だから、母親を思って泣く資格はない。
「これ以上、汝の顔を見ている気はない。疾く片付けようぞ」
イザナキの伸ばした手にアメノオハバリが握られ、その刀身が月明かりにきらりと白く閃いた。
「片付ける……?」
その言葉の意味は――。
ナオクスヒメは俄かに身の危険を感じたが、身動きができなかった。
固唾を呑んで、イザナキが近づいてくるのを見つめていることしかできない。
殺される。
そう思うと、全ての辻褄が合うのだ。
「吾を騙したのか……?」
黄泉に行けないイザナキの代わりに、ナオクスヒメがヨモツを消す。
そして、彼女の霊力を一手に引きうけたナオクスヒメが中つ国に帰ってきた時に殺せば、この世を滅ぼす鍵となる者は一掃されるのだ。
最初からそれが目的でイザナキはナオクスヒメを唆した。
「卑怯者……!」
ナオクスヒメは騙された悔しさと自分の情けなさに涙を浮かべ、イザナキを睨みつけた。
そして、クラノオハバリを掴み取ると、棟木の端まで跳び下がった。
神々の復活のためにかなりの霊力を消耗したのか、イザナキの霊力はナオクスヒメが最初に感じた時ほど大きくはない。
霊力は互角――。
どちらも動かずに剣を構えたまま、睨み合いは永遠に続くかと思うほど、長く感じられた。
一瞬、緊張が途切れる。
その隙をついて、ナオクスヒメは剣を振り被り、イザナキの上に舞った。
二つの相反する霊力を持つ剣は、悲鳴を上げてぶつかり合う。
ナオクスヒメは奥歯が折れそうなほどに食いしばり、懇親の力をこめて剣を押しつけた。
「おとなしくせぬか!」
イザナキが初めて苛立たしげに声を荒げて叫んだ。
「誰が!」
ナオクスヒメも負けじと大声を上げた。
その時、アメノオハバリに押される力が、ほんのわずか増した。
そして、次の瞬間、勝負は決まっていた――。
はじかれて、月の光に黒く煌きながら飛んだ剣はクラノオハバリだった。
直後、ナオクスヒメは腹を貫かれる奇妙な感覚を味わった。
「二度と会うこともあるまい。すべては終わる――」
イザナキの冷たい眼差しを間近に見ながら、ナオクスヒメは瞬きすることすら忘れていた。
身体中の血が、霊力が、刺さった剣を通して流れ出ていく。
恐る恐る手をやった腹からは、ぬめりのある温かい血が雨だれのように、ぽたぽたと音を立てて落ちていた。
「そんな、嘘……」
ナオクスヒメは胃の腑が突き上げられるような吐き気に襲われ、大きく咳き込んだ。
口の中いっぱいに血の味が広がる。
辺りが霞んで見えなくなっていくのは涙のせいか、それとも死が迫ってきているからなのか。
「どうか、助けを……! せめて、この子だけは……!」
ナオクスヒメは次第に気が遠くなる中、最後の瞬間まで血を吐きながら、誰彼かまわず懇願していた。
次話より終章が始まります。
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