第4話 猶予
オオマガツヒがナオクスヒメの局にやって来たのは、子の刻をすでに回っていた。
退屈も頂点になっていた女房たちが、なかなか手放さなかったのだろう。
「待たせたな」
オオマガツヒは入口で肩にかかった雪を払うと、遠慮もなく入ってきて座った。
「頼通がここに来る時を見計らって、また入り込んだのではあるまいな?」
ナオクスヒメが問いかけると、オオマガツヒは気分を害したように眉根を寄せた。
「二度も同じことをするか。あれは今宵来ない。生まれた子が死にかかっているからな。そちらに付きっきりだ」
「そうか……」
咲姫が命と引き換えに残した子は、育たないということなのか。
頼通にとっては初めての子だというのに、死ぬようなことになったら、その心痛は計り知れない。
しかも、頼通はこれから死にゆく者。
その事実を知った時、子を残せなかったことはさらなる悲しみをもたらすかもしれない。
ナオクスヒメは鬱屈とした気分を払うように、一息ついて顔を上げた。
「話とはイザナキのことか?」
「他にあると思うか?」
「母上から聞いたのか? イザナキが見つかったと」
「遅かったな」
オオマガツヒもまた驚くことなく、ヨモツと同じ言葉を発した。
「いつから知っておった?」
「半月ほど前か。お前があまりにあの男に執着するから調べた」
「では、母上に知らせたのは汝か。なぜ、母上に言う前に吾に言わなかった?」
「言ったところで無意味だろう。あの男と別れられないお前に言ったところで、イザナキを殺せるとは思えなかったからな」
的を射たオオマガツヒの言葉に、ナオクスヒメは何も言えなかった。
オオマガツヒは目を細めて静かに笑っている。
「お前たちもしぶといというか。結局、別れる前にお前が気付いてしまったというわけだ。よって、未だ決心できないでいる」
「……やらねばならぬのは、わかっておる」
「わかっているのなら、そろそろこの雪も止めるぞ」
もはやこの流れは止められぬのか。
ヨモツがイザナキの存在を知っている今、自分が使命を放棄すれば、別の新しい神を次々と送り込んでくるだけのことだ。
ナオクスヒメは両の手で口元を覆い、気持ちを落ちつけるために大きく息を吐いた。
「もう少し待ってくれぬか? 頼通はまだ何も知らぬ。今一度、彼に会って話す時間がほしい」
ナオクスヒメが懇願すると、オオマガツヒはしばらくの間、沈黙を保っていた。
やがて、彼はあきらめたように肩をすくめて、柱に寄りかかった。
「まあ、いいだろう。人間がこの雪に右往左往するのが、つまらないわけでもないしな」
「感謝する」
「では、猶予はお前があの男と次に会うまで。その翌日の夜、イザナキを黄泉に送る日としよう」
ナオクスヒメは頷いたが、それにしても、と疑問がふつふつとわいてくる。
「汝はなぜ、わざわざ雪を降らせてまで、猶予を与えようなどと思った?」
オオマガツヒは俯くと、束の間、肩を揺らして笑っていたが、ゆっくりと立ち上がり、戸口に歩いていった。
「最期にお前の一番美しい顔が見たかったからさ」
オオマガツヒは不可解な言葉を残し、そのまま雪が舞い込む細殿に出ていった。




