第3話 降り続く雪
夕刻に降り始めた雪は絶え間なく辺りを白く染め続け、都を覆い尽くしていた。
ここ数日、日が暮れたかと思うと空に重い雲が立ち込め、しきりに雪が舞う。
そして、明け方になると、嘘のように晴れる毎日。
だからといって、一晩中降り続いた雪が簡単に消えることはなく、その嵩は日々増えるばかり。
ナオクスヒメは藤壺の東廂で、他の女房たちと共に炭櫃を囲んでいた。
「それにしてもよく降るわね」
和泉が隣で庭を見ながら、憂鬱そうに呟く。
「本当に」
ナオクスヒメは相槌を打ちながら、このまま永遠に降り続けばいいとさえ思っていた。
月がない以上、イザナキを黄泉に送る霊力はナオクスヒメにはない。
こればかりはヨモツにもどうしようもない。
こうして雪が降り続く限り、ナオクスヒメがイザナキのことを考える必要はなく、心安らかに過ごせるのだ。
「なんだか意地悪で降らせているとしか思えないわ」
和泉の不満げな発言から察するに、彼女はナオクスヒメとは反対のことを思っていたらしい。
「意地悪、ですか」
その言葉で思い出すのは、オオマガツヒ。
もしも彼の仕業だとしたら、誰に禍を降らせているのかは知らないが、ナオクスヒメにとっては幸いとなる。
然らば、皮肉なものぞ。
彼に散々煮え湯を飲まされてきたことを考えると、思わず笑みがこぼれる。
「この寒さの上に、こう毎晩雪が降っては、誰も訪れないじゃないの」
「確かにそうですが」
「こんな日は皆、さっさと家に帰ってしまって、話し相手もいないし、つまらないわ」
和泉はぶつぶつと文句を言い続けている。
「天の降らせるものに、文句を言っても仕方ないでしょう?」
「……美濃、先ほどから思っていたけれど、うれしそうね。そんなにこの天気がうれしいの?」
「そ、そのようなことは……」
ナオクスヒメは愛想笑いを浮かべて立ち上がると、一言挨拶して退出した。
雪が舞い込む渡殿で、柱に寄りかかって立つオオマガツヒの姿が目に入る。
直衣に烏帽子と、今は立派な公達姿だ。
彼はナオクスヒメの姿を認めるや否や、口元にうっすらと笑みを浮かべた。
ナオクスヒメが無視して通り過ぎようとすると、その後ろを静かについてくる。
「暇ならば東廂に行ったらどうだ? 女房たちが退屈しておる」
「まったく、つれない奴だな。感謝の一言も聞きたいところだ」
ナオクスヒメはぴたりと歩みを止めて、オオマガツヒを振り返った。
「それはどういう意味ぞ?」
「心の整理はついたか? せっかく猶予を与えてやっているんだぞ」
「この雪は汝が降らせているのか」
それは質問ではなく確認。
確かに、この異常な降り方は神が動いていると思ってもおかしくはない。
ただ、その動機がわからない。
猶予――。
オオマガツヒが意図することは何なのか。
ナオクスヒメは息をひそめて、オオマガツヒの読み取りづらい表情をじっと見つめた。
「美濃」
突然の和泉の声に、ナオクスヒメはびくりと振り返った。
「あの、お呼びですか……?」
和泉はナオクスヒメとオオマガツヒを交互に見回している。
「いえ、そうではないのだけれど。お知り合いだったの?」
「今、そちらに行こうと思っていたのですよ。女房殿たちが集まっているか、聞いていたのです」
オオマガツヒは人の良い笑顔でしれっと言ってのけると、さりげなくナオクスヒメのそばを離れた。
「話がある。後で局へ行く」
すれ違い際にオオマガツヒは小声でそう言い残し、和泉の方に歩いていく。
和泉もオオマガツヒが話し相手になると聞いて戻る気になったのか、彼と一緒に藤壺へ戻っていった。
「話?」
ナオクスヒメはその内容に思いを巡らせながら、自分の局に帰った。




