↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女神は月夜に降臨する ~孤独な女神の初めての恋は、世界の崩壊の始まりだったのか?~  作者: 糀野アオ@『落ち毒』発売中
七章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

52/71

第2話 なれの果て

 長い……。いったい、いつまで続くのか。


 月は西の空に沈もうとしている。


 ナオクスヒメもそろそろ内裏《だいり》に向かわなければ、また路頭に迷うことになる。


 これでは今宵、イザナキを黄泉に送るのは無理だな。


 ナオクスヒメは一日先延ばしになったことに、喜びにも似た安堵を感じていた。


 さあ、帰るとしよう。


 ナオクスヒメが内裏に向かって屋根の上を跳んでいくと、ふと近くに同じ方角に向かっている死霊――というよりは、悪霊の気配を感じた。


 横を見ると、すでに人型を留めない悪霊が飛んでいた。


「汝《なれ》は――」


 その悪霊はびくりとしたようにナオクスヒメを振り返り、ぴたりと宙に止まった。


 ナオクスヒメもちょうど足に触れた屋根の上に立ち止まる。


「お前は……!」


 それは絞り出すようなしわがれた声で、恨みがましく叫んだ。


 目はぎょろりと剥き出し、黄色く濁った白目に赤い血筋がくっきりと浮び上がっている。

 乱れてばさばさになった白髪の隙間から、その瞳だけがはっきりと覗いていた。


「なぜ、あの姫を助けた!? なぜ、私の邪魔をする!?」


 この悪霊は具平《ともひら》のなれの果て。

 生前の詩歌《しいか》を好んだ柔和な彼の顔を思い出し、ナオクスヒメはそこに憐れなものを感じた。


 咲姫《さきひめ》にずっと憑《つ》いていたのだろう。

 具平がここにいるということは、今頃咲姫は息絶えている。


「汝まで憑いていたとはな。吾はただ霊玉《ひだま》たちに殺させたくなかっただけのことぞ」


「頼通《よりみち》殿の妻はただ一人、隆姫《たかひめ》のみ。邪魔者は全て消す」


「なるほど。そして、次は女二宮《おんなにのみや》のところへ行くのか」


「邪魔をするのなら、お前も殺す!」


 いきり立つ具平に、ナオクスヒメは嘲笑を浴びせかけた。


 想いの強さが彼に多大なる霊力《ちから》を与えている――がしかし、それはナオクスヒメの比ではない。


「具平、人は人を殺めてはならぬことは知っておるだろう。それは人間の生が終わったからとて、許されることではない。汝はすでに一人殺してしまった。このままこの現世《うつしよ》に留めることはもうできぬ」


 ナオクスヒメは腕を月のもとに掲げ、神剣クラノオハバリを掴み取った。


「黄泉へ参られよ」


「まだ行けぬ……!」


 具平は焦燥混じりの叫びを上げて、ナオクスヒメの元から飛び去る。


 ナオクスヒメもまた、間髪を入れずに追った。


 ここで会ったのも宿世《すくせ》。

 具平を野放しにしておけば、イザナキを黄泉に送る時に邪魔になるかもしれない。


 ナオクスヒメはそんな思いを抱きながら、逃げ惑う具平から目を離さず、月の光を身に受けながら屋根の上を駆けた。


 強い夜風に衣が音を立ててはためく。


 棟木《むなぎ》で踏み切り、大きくクラノオハバリを振り被って、具平を一気に斬り捨てた。


「あああ……っ」


 哀しい最期の叫びが、ナオクスヒメの耳に突き刺さる。


 直後、具平の狂おしいほどに娘を愛する想いが、ナオクスヒメの胸に襲いかかってきた。


 ナオクスヒメはその痛みに、胸を押さえてうずくまった。


「隆姫をそれほどに愛しいと思うのならば、汝は静かに行く末を見つめるだけに留めておくべきだったのだ……」


 もはや具平に届くことはないと知りながらも、呟かずにはいられなかった。


 ナオクスヒメは涙のにじむ目頭をおさえ、ゆっくりと立ち上がった。


「咲姫が死んだということは、子はどうなった……?」


 無事に生まれたのか、それとも、もろともに殺されたのか――。


 ナオクスヒメは頼通のいる邸をちらりと振り返り、束の間、その家明かりを眺めてから内裏に向かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。