第5話 真実
ナオクスヒメが亥の刻過ぎに局に戻ると、頼通が来ていた。
畳の上にごろりと横になって、うたた寝をしている。
こんなところにいたとは……。
逢いたいほどに愛しく、逢わないことでその気持ちを忘れてしまいたい。
そんなどっちつかずな複雑な思いを抱えながら、ナオクスヒメは頼通の傍らに座った。
その頬にそっと触れると、頼通がぱっと目を開く。
「また風邪をひくぞ」
「ようやく逢えた」
頼通はそう言って目を細めて微笑むと、ゆっくり起き上がり、眠気を覚ますように頭を振った。
「隆姫はどうしている?」
ナオクスヒメの問いに、頼通は一気に顔を曇らせた。
「前よりひどくなってしまって……。私が近くにいると、余計な刺激を与えてしまうらしい。だから、宇治の寺で療養させることにしたんだ」
頼通はそう言って、淋しそうに目を瞬かせている。
「あなたは心配いらないと言っていたが、本当のところ、隆姫には亡き具平親王が憑いているのではないか?」
「なにゆえ、そう思う?」
「彼女が私を殺したがっている。それが本心でなく、物の怪の仕業ならば、私の心も少しは楽になるのだが……」
ナオクスヒメは頼通の心痛の深さを知り、その原因が自分にあることに胸が苦しくなった。
しかし、事実は事実として、伝えなければならない。
「残念だが、具平が大切な娘に憑りつくことはない。隆姫は心の病ぞ」
「なぜ、それを知っている?」
「先ほど、千鶴が来た。何があったのか話してくれた」
「千鶴がここへ……?」
「まさか」と、頼通は信じられないといったように、ナオクスヒメを見つめてきた。
「死霊になって、ここに飛んできた」
「黄泉へ送ったのか?」
「いや。千鶴は今も隆姫のそばにいる。彼女を怒らせるようなことをして、悪霊にするな。汝の身代わりになって死んだのだろう?」
「ああ……。あの時、千鶴が先に気付いていなければ、私は死んでいたかもしれない」
その時のことを思い出したのか、頼通はぶるりとその身を震わせた。
ナオクスヒメは彼に寄り添い、その身体をやさしく包み込んだ。
「許せ」
「なぜ、あなたが謝る?」
全てを話してしまおうか。
ナオクスヒメはふと、そんな思いにかられた。
これは賭けなのかもしれない。
話すことで頼通が離れていくようならば、イザナキを黄泉に送る決心がつけられる。
ナオクスヒメは大きく深呼吸して、頼通の前に座り直した。
「千鶴がタマヨリの血族だったことはすでに話したな」
ナオクスヒメが確認すると、頼通は神妙な顔で頷いた。
「吾は彼らのように死霊を勝手に操る輩を決して許さぬ。今まで何人も殺してきた。殺すことに何のためらいもないし、実際、相手の一番苦しむ殺し方をする」
「もしかして、千鶴を……?」
「あれはタマヨリの霊力で、咲姫を呪詛していた。あの火事は千鶴の霊玉が起こしたものだった。だから、あの後すぐに千鶴を殺しに行った」
「それは、隆姫が千鶴に頼んだと……?」
ナオクスヒメは頷き、それからその夜に起こったことをすべて話した。
頼通は聞いているのかいないのか、呆けたように格子の方を見つめていた。
「頼通?」
「自分の妻が妾を呪詛していたとは……!」
頼通は苦しげに吐き捨てると、両の手で顔を覆った。
頼通にとって呪詛の事実の方がよほど重くのしかかったのか。
ナオクスヒメはただ彼を混乱させる、意味のないことを話してしまったような気がしていた。
「それは汝にも責任がある。そこまで隆姫を追い詰めたのだから。千鶴もいなくなってしまったことだし、隆姫は耐えられぬだろう。これからはもっと支えになってやれ」
「そのようなことを聞いてまで、私は彼女を大切になどできない。だいたい彼女が千鶴を目の前で殺めるところを見ただけでも衝撃だったのに、その上、危うく咲姫まで殺すところだった……!? そのような恐ろしい人とはこれ以上、一緒に生きていくことなどできない」
頼通の吐き出す矛盾に、ナオクスヒメは込み上げる笑いを抑えられなかった。
「どうした……?」
頼通が怪訝そうに見つめてくる中、ナオクスヒメはぎゅっと自分の胸元を掴み、荒ぶる心を静めようとした。
「なにゆえ、汝は吾を怖れぬ? 吾は平気で人を殺す。今、ここで汝を殺すかもしれぬのだぞ」
「……あなたは神だから。人は誰しも神の前では無力だ。あなたが私を殺すというのなら、それを甘んじて受けることしかできない」
頼通の顔がなぜかと問い返したいくらいに穏やかで、ナオクスヒメは居たたまれなくなってしまった。
「……汝は、やはりずるい」
こんな風に言われてしまったら、殺せなくなってしまう。
こんな相手を失いたくないと思ってしまう。
最後の手段は、ヨモツに頼み込むことくらいしかない。
頼通の寿命が来るまで待ってくれと。
それを聞き入れるくらいに、ヨモツに心の広さとやさしさがあればいい。
娘のたった一つの頼みを聞いてくれないだろうか。
「人など愛するものではないな……」
「それは、どういう意味で……?」
「何でもない」
ナオクスヒメは首を横に振って微笑み、頼通の胸に額を寄せた。




