第3話 狂乱
頼通は横たわる隆姫の傍らに座りながら、彼女の寝顔を静かに見下ろしていた。
この身体のどこに人ひとりを死に追いやる力があったのかと思うほどに、隆姫は華奢で影が薄い。
千鶴が身代わりになったおかげで、頼通は今、こうして生きている。
ただ、隆姫が殺そうと思うほどに、自分が憎まれていたことを思うと、苦しみに身が引き裂かれそうになっていた。
全ては自分の犯した罪、姫をないがしろにした罰なのだ。
隆姫には亡き具平親王が憑いているのかもしれないと、不意に彼のことを思い出した。
『姫を決してないがしろにしますまいな』
六年前、枕もとで聞いた死霊の声を思い出し、頼通はぶるりと震えた。
きっと、その通りだったのかもしれない。
こうして生きていること自体がすでに許されない。
姫は再び私を殺そうとするのだろうか……。
隆姫はゆっくりと目を開くと、視線をさまよわせ、やがて頼通の姿を認めた。
「頼通様……?」
「気が付いたか。気分はどうだ?」
「……なぜ、あなたが生きているの? わたくしが殺したはずなのに」
夢と現つが混同しているのだろうか。
それとも、隆姫はもはや正気ではないのか。
頼通はそんなことを思いながら、隆姫を見つめていた。
「ああ、違うわ、あれは夢。そう、嫌な夢を見たわ。千鶴が死んでしまうの……。ねえ、千鶴はどこ? なぜ、わたくしのそばにいないの?」
隆姫の目はどこか虚ろで、話し方も危うげだった。
千鶴の死を見たせいなのか、先日会った時より、病がひどくなったような気がする。
美濃は心配しなくていいと言っていたが……。
「姫、気を確かに。千鶴は死んだ。もうあなたのそばにはいない」
「嘘よ。ならば、これが夢なのだわ。千鶴はずっと、わたくしが死ぬまで一緒にいると、約束したのよ。先に死ぬはずがないわ」
「しっかりしてくれ。なぜ、私がそのような嘘をつかなくてはならない?」
隆姫は瞬きすることすら忘れたように目を見開いて、しばらくの間、頼通を凝視していた。
「本当に、千鶴はもういないの……?」
頼通がはっきりと頷くと、隆姫は堰切ったように泣きわめき出した。
「嘘よ! どうして……!?」
顔を覆った手の隙間から、あふれた涙がこめかみを伝って髪の中に流れ落ちていく。
そんな隆姫の姿を見るのは辛く、頼通は彼女の額にそっと手を置いて顔を背けた。
「今はとにかく、ゆっくり休みなさい」
「いいえ、眠らないわ! 眠れない。眠ったら、いつ自分が殺されるか、わからないもの!」
隆姫は目をかっと見開き、何かに憑かれたかのように起き上がろうとする。
頼通は慌ててその身体を床に押しつけた。
「あなたは死んだりしない。私がここにいるから、安心して休んでいい」
「だめよ。あなたはあの女にたぶらかされている。わたくしが寝静まったら、二人してわたくしを殺すつもりなのでしょう!?」
頼通の腕を振り払おうと隆姫は暴れ出す。
血走った目で睨みつけるその形相は、まさに鬼そのものだった。
「誰のことを言っている!? 誰もあなたを殺そうとしたりしない」
「騙されないわ! わたくしは殺される前にあなたを殺してやる! 一人いい思いなんて、させたりしない!」
これが自分の妻なのだろうか。
殺すなどという禍言が口からすらすらと出てくるのが、物の怪の仕業だと思いたい。
「離して! ここから出ていって! わたくしに近づかないで!」
なおも暴れ続ける隆姫をこれ以上どうすることもできず、頼通は困惑した。
おそらく自分がいることは、隆姫を余計に興奮させるだけなのだろう。
頼通はそう判断して部屋を出た。




