第9話 惹かれ合う宿世
五章最終話です。
ナオクスヒメは単衣に包まり、格子に寄りかかって、外を眺めていた。
昨夜から降り続いた雪は一尺ほど積もり、日が昇る頃にはやんでいた。
庭一面の銀世界が朝日を浴びて眩しい。
仕事のある頼通はすでにこの局から出かけていってしまった。
そろそろナオクスヒメも着替えて、藤壺に行かなくてはならない。
そう思っても、身体が反応しない。
「イザナキ……」
ナオクスヒメは小さく呟いて、両の手で顔を覆った。
頼通に言った通り、人には前世も後世もない。
しかし、イザナキは違う。
死霊さながらに、彼は宿る器を次々と変え、今の世に存在し続けている。
頼通の見た夢は身体に宿るイザナキの記憶に相違ない。
そして、そこに現れたのはナオクスヒメではない。
イザナキの愛したイザナミ――。
おそらく、高天原で二人が幸せに暮らしていた頃の麗しい思い出。
そして、ヨモツに襲われ、器を捨てた時の恐怖の記憶。
話が違うではないかと、ヨモツをなじりたかった。
イザナキは一番自分の血に近い者、つまり、日嗣の皇子に宿るのではなかったのか。
しかし、実際に見つけた者は、イザナキとは無関係の者――。
いや……。
ナオクスヒメは手のひらをずらして、自分の手をじっと見つめた。
アマテラスから始まってすでに数千年、日嗣の皇子は何人も代替わりしている。
しかも、政変や陰謀によって、必ずしもイザナキの血を一番色濃く引く者が帝位を継いできたわけではない。
日嗣の皇子に流れるイザナキの血は、すでに薄まっている。
一方、藤原氏族は皇族との姻戚関係で生き延びてきた。
内親王の降嫁、親王の娘との結婚。
確かに頼通にも日嗣の皇子に匹敵する血が流れていても、おかしくはない。
なぜ、そんな当たり前のことに今まで気が付かなかったのか。
もっと早く気付いていたら、イザナキは今頃、すでに黄泉に送られていた。
頼通はイザナキとは無縁の存在として、この世で生きることができた。
……いや。もしかしたら、吾がイザナキの記憶を持つ器に出会わなければ、この先も気付くことはなかったかもしれぬ。
頼通に惹かれたのは自分の中に流れるヨモツ――イザナミの血が、イザナキに引き寄せられたからなのだろうか。
少なくとも頼通は、夢に見たイザナミをナオクスヒメと思って恋焦がれていた。
嫌だ……!
ナオクスヒメはかぶりを振って、その考えを消そうとした。
頼通と出会えば、必ず惹かれ合う宿世だったなどと思いたくなかった。
自分たちの意志で恋をして、愛し合ったのだと思いたい。
「もう二度と月など昇るな……! さすれば、吾は只人。クラノオハバリも使えぬ。黄泉にも行けぬ」
ヨモツを騙せるだろうか。少なくとも頼通が死ぬまで。
まだイザナキは見つからない、と――。
そうでなければ、この手で頼通を殺さなくてはならない。
クラノオハバリで突いて、イザナキもろとも黄泉に送らなくてはならない。
「ああ、なにゆえ……」
恋をしたことを後悔する一方で、愛しくてたまらない気持ちをどうすることもできない。
他の者がイザナキだったならば、ためらうどころか、ようやく使命を果たせることに歓喜しながら殺せたというのに――。
次話より六章が始まります。
続きが気になると思っていただけたら、ぜひブックマークで。
感想、評価★★★★★などいただけるとうれしいです↓
今後の執筆の励みにさせてくださいm(__)m
カクヨムではすでに完結しております。
一気に読みたい方はこちらへ⤵⤵⤵
https://kakuyomu.jp/works/16817330650230093396




