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女神は月夜に降臨する ~孤独な女神の初めての恋は、世界の崩壊の始まりだったのか?~  作者: 糀野アオ@『落ち毒』発売中
五章

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第8話 イザナキの印

 雪降る夜は美しく明るい。


 庭の篝火が雪に反射して、局《つぼね》の中まできらきらと赤く照らし出している。

 狭い部屋の中は炭櫃《すびつ》などなくとも、人の体温で充分に温まっていた。


 ナオクスヒメは全身に絡み付く頼通《よりみち》の素肌の温かさが心地よく感じられ、自然に笑みをこぼしていた。


 このまどろみの中のたゆたうように流れる時間が、安らぎと休息を与えてくれる。

 事が果てた後の彼の胸の鼓動は、依然として早かったが。


「あなたの身体はひんやりとしていて、心地よいな……」


 頼通は少し眠そうに目を細めて囁いた。


「朝になるまで少し休め。吾《あ》はここにおるから」


「……あまり眠りたくないな。先ほど嫌な夢を見たから」


「夢を怖がるとは、幼子みたいだな」


 ナオクスヒメが思わず笑うと、頼通も口元にふうっと笑みを浮かべた。


「初めて会った時から、何度もあなたの夢を見てきた。いつもあなたは駆けていて、私が追いかけている。辺りが黄金色に染まった美しい夢だ。あれは前世が見せる夢なのかもしれない。私の前世もきっとあなたに恋をしたのだろう」


 頼通は目の前のナオクスヒメを通り越して、どこか遠くを見ているようだった。


 その幸せそうな笑みを浮かべている唇に、ナオクスヒメはついばむように軽く接吻した。


「人間は前世という言葉が好きだな。死んだら魂となって黄泉へ行くのか、現世《うつしよ》に留まるのか。いずれにせよ、生まれ変わることなどないというのに」


「なんだ……」


 頼通は明らかにつまらなそうな顔をして、目を閉じてしまった。


 死んでもまた甦って愛しい人に逢いたいというのが、人間の夢なのだろうか。


 ナオクスヒメには理解ができなかった。


「しかし、夢はその人の願望の表れともいう。それが本当ならば、汝《なれ》はそれだけ吾のことを想っているということなのだろう。それは光栄ぞ」


「そう、きっとそうだったんだ。夢の中のあなたはいつも無邪気で、幸せそうに笑っていたから」


「吾はそれほど不幸せに見えるか? 今は汝のおかげでそうでもない」


 頼通はこぼれるような笑みを浮かべたが、直後、目を開いて顔を曇らせた。


「では、先ほどの夢は、何だったんだろう……」


「どのような夢ぞ?」


 頼通は少しの間、視線をさまよわせ、小さく唸った。


「嵐の中、あなたの声が聞こえた。私のことを愛しそうに、『汝兄《なせ》の命《みこと》』と呼んでいた。なのに、殺されそうになって、ただただ怖かった……」


 頼通の言葉にナオクスヒメは、全身が凍り付いたかのように身震いした。


「まさか、そんなはず――」


 ナオクスヒメは頼通の腕から抜け出し、手のひらで口元を覆った。


「どうした?」


 ナオクスヒメは頼通を恐る恐る振り返り、ゆっくりと起き上がってくる彼の肩に両腕を伸ばした。


「背を見せよ……」


「背中を?」


 頼通は怪訝そうに眉根を寄せながらも、後ろを振り返った。


 ナオクスヒメは彼の右肩を指先でなぞり、腕の付け根でぴたりと止めた。


 雪明りの中、ナオクスヒメの指の下に、火傷痕のような星型の痣《あざ》がうっすらと浮かび上がる。


 イザナキの印――それはヨモツがイザナキを襲った時に残した霊力《ちから》の残骸。


 ナオクスヒメは真っ青になって、頼通の背中に額を押し付けた。


 なにゆえ……?


 頼通はタカミムスヒの子、アメノコヤネ(天児屋)の命《みこと》の末裔である藤原氏族。

 この二柱の神はイザナキから生まれた神ではないので、頼通にイザナキが宿るはずがない。


「何か?」


 頼通の振り返る気配にナオクスヒメは身体を起こし、慌てて微笑みを浮かべた。


「何でもない」


 ナオクスヒメはこんな顔を頼通に見せることはできず、そのまま首筋に腕を絡めて唇を押し当てた。


「明日も明後日も、永遠に月が隠れているとよいな」


 唇を離し、ナオクスヒメは小さな声で呟いた。


「私もその方がいい。月が出ていると、あなたはすぐにどこかに行ってしまう」


「そうでは――」


 ナオクスヒメの言いかけた言葉の続きは、頼通の唇で塞がれてしまっていた。

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