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女神は月夜に降臨する ~孤独な女神の初めての恋は、世界の崩壊の始まりだったのか?~  作者: 糀野アオ@『落ち毒』発売中
四章

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第3話 タマヨリを憎む神

 千鶴は悪寒が走ってぶるりと震えると、自分の身体をぎゅっと抱きしめた。


「来る……」


 前々から六条に送り続けていた霊玉《ひだま》たちは、ついに膨大な力を以て目的を果たした。


 しかし、戻ってこない。


 こちらに向かっている途中で、忽然とその気配を消したのだ。


 ナオクスヒメが動いたとしか考えられない。

 そして、今、彼女の物の怪にも似た気配がこの身を震わせる。


 来た――。


 この塗籠《ぬりごめ》の隣の身舎《もや》にその存在が確かに感じられる。


 しかし、次の瞬間、千鶴は慌てて塗籠を飛び出していた。


 身舎には隆姫が寝ているのだ。


 案の定、ナオクスヒメは隆姫に黒光りする十拳《とつか》の剣《つるぎ》を突きつけていた。


 千鶴はその光景に目眩を起こしそうになるのを何とか押し留め、足に力を入れた。


 隆姫は青白い顔で、声もなく唇を震わせている。


「……わたしに、用があるのでしょう?」


 千鶴がためらいながらも声をかけると、ナオクスヒメは静かに振り返り、艶然と微笑んだ。


「汝《なれ》を探す手間が省けた」


「千鶴! 助けて……!」


 隆姫の悲痛な声に、千鶴は涙が出そうになった。


「姫様から離れてください! わたしは逃げたりしませんから!」


 ナオクスヒメはくつくつと喉を鳴らし、目をほんの少し細める。


「吾《あ》が何者か知ったようだな」


「ええ、思い出しました、ナオクスヒメの神」


 その気迫に負けまいと、千鶴はごくりと息を呑んで彼女を見据えた。


「ならば、話は早い。吾が何をしにここに来たのか、わかっておるのだろう?」


「わたしを殺しに来たのでしょう? それなら早く殺せばいいわ。わたしはもう覚悟できています。けれど、姫様には関係ありません。早くその剣を下ろしてください」


 ナオクスヒメは真っ赤な唇を歪め、さもおかしいといったように笑った。


「関係ない、だと? 汝はわかっておらぬ。吾はタマヨリをこの上なく憎む者ぞ。しかも、汝は吾の警告も聞かずに本気で怒らせた。だから、汝の最も苦しむ方法を選ぶ」


 ナオクスヒメは怒っているとはとても思えないほど、うっとりと見惚れる美しさで微笑む。


「それは、どういうこと……?」


 聞いてはいけないと思いながらも、千鶴の身体の全神経は張りつめ、耳は研ぎ澄まされていた。


「汝は何よりもこの姫が大切なのだろう? 死にたがっている人間を殺しても面白くない。死霊を辱めた罪は重い。汝が苦痛に顔を歪めるところを見ねば、吾の気は収まらぬ。ならば、この姫を殺すのが手っ取り早いのではないか?」


 そこまで言って、ナオクスヒメはほっそりとした指先を伸ばし、隆姫の頬に触れた。


 隆姫は「ひいっ」と、声にならない悲鳴を上げ、目を閉じて身体を硬直させている。


「姫様に触らないで!」


 ナオクスヒメはまるで千鶴の声が聞こえていないかのように続ける。


「この姫が苦しみに耐えかねず黄泉へ旅立った後、汝はその断末魔の余韻の中で器《うつわ》を失う。死霊となって永遠に目的もなく、現世《うつしよ》をさまようがいい。吾は汝を決して黄泉へは送らぬ」


 このままでは、隆姫は自分の目の前で殺されてしまう。

 助けてくれとただまともに頼んでも、この女神が聞いてくれるわけはない。


 ならば、方法を変えなくては――。


 千鶴は必死の思いで笑みを浮かべ、ナオクスヒメを睨んだ。

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