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女神は月夜に降臨する ~孤独な女神の初めての恋は、世界の崩壊の始まりだったのか?~  作者: 糀野アオ@『落ち毒』発売中
三章

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第7話 信頼と愛情

 頼通《よりみち》は脇息《きょうそく》にもたれかかりながら、千鶴が来るのをまんじりともせずに待っていた。


 人には知らない方が良いことがある。


 隆姫《たかひめ》が他の女に嫉妬するのは当然のことで、それなりのことをやっている自分が責めることはできない。


 ただ、どこの誰かわからない相手に嫉妬するのは、幻影《まぼろし》を相手にしているようなもの。

 嫉妬も慰めの言葉一つで、思い過ごし、ただの思い込みで済まされることもある。


 しかし、それがどこの誰で、どういう女かということを知ってしまうと、嫉妬する対象が定まり、現実の恨みや妬みに変わる。


 半年ほど前から隆姫の嫉妬がひどくなった。


 それは咲姫が懐妊したことを知ってしまったせいではないか。


 そして、頼通もそんな彼女を相手にするのが億劫になって、輪をかけて帰らなくなった。


 美濃から霊玉《ひだま》について聞いた時、あまりに思い当たる節があって、すぐに信じたのと同時に、それが嘘ならばいいとも思った。


 やはり見張られているというのは、気分の良いものではない。


 隆姫に対する今までの信頼が失せてしまう。

 同様に隆姫も夫に対する信頼を失っていたのだろう。


 確かに隆姫をただ一人の妻として大切にしてきたつもりだったし、降嫁の話など出なければ、一生彼女だけだと思っていた。


 それが愛情かと言われると、少し違うような気がし始めたのは、夢に見てきた少女に再び会ってしまった時からだった。


 今、本当に愛しいと思うのは美濃だけだ。


 最初はただ幸せな笑顔を見たいと思っていた。

 なのに今では、その淋しげな目にすら惹きつけられてしまう。

 一筋に逢いたく思い、逢えない時間の一刻一刻が過ぎるのを遅く感じさせる。


 彼女のことを考えると、この気鬱も消え果て、胸が温かくなるような気さえした。


「頼通様、千鶴でございます」


 御簾《みす》の向こうから声が聞こえ、頼通は瞬時に現《うつ》つに戻ると、千鶴を中に招いた。


「姫の様子は?」


「お疲れになったようで、お休みになられました」


「そうか」


 千鶴は手をついたまま、萎縮したようにその身を縮こまらせている。


「話は手短に済ませよう。姫はお前を使って、何かしようとはしていないか?」


「どういうことでしょうか……?」


 千鶴が俯いたままぴくりと身体を震わせたのを、頼通は見逃さなかった。


「知らぬふりをしなくても良い。今までずっと私を尾行《つけ》させていたのだろう? 霊玉とやらを使って」


 千鶴の初めて上げた顔は真っ青で、唇は震えてすらいた。


「どうして、それを……?」


「ある人が教えてくれた。おそらく、お前のしてきたことは姫のためになっていない。今までも、そして、これからもだ。だから、私を追い回すようなことはもうするな」


「……わたしは姫様の望みを叶えるだけでございます。申し訳ございませんが、頼通様がいかに仰せになっても、姫様に逆らうことはできません。今までも、そして、これからも」


 千鶴の言葉に迷いは全くなかった。


 彼女は落ち着きを取り戻し、凛とした眼差しで、正面から頼通を見据えてくる。


 隆姫と千鶴の関係はそう簡単に崩れるものではない。

 親子、兄弟関係が希薄なこの世の中で、乳兄弟《ちきょうだい》とは遥かに長い時を共に過ごし、生涯信頼を失うことのないものだ。


 頼通はこれ以上、何を言っても無駄だと判断し、諦めて息をついた。


「頼通様はあの方とお知り合いなのですか?」


 千鶴の言葉に、頼通は少なからず驚いた。


「なぜ、わかった?」


「わたしがタマヨリであることを知っているのは、姫様の他はただ一人。いつぞや、わたしが曲者と申し上げた方ですわ」


 千鶴は目を細めて儚《はかな》げに笑った。


「確かにそうだが」


「もしもその方に会うことがございましたら、お伝えください。全てはもう遅かった、と」


「どういう意味だ? お前は彼女が何者か、知っているというのか?」


 頼通の心《しん》の臓《ぞう》が激しく鳴り始める。


 千鶴は美濃の正体を知っている。

 そして、今、はっきりとわかりそうなところまできているのだ。


「タマヨリの天敵ですわ」


「それでは答えになっていない」


「その方にお聞きになられたらよろしいでしょう。頼通様は彼女にお心を寄せておられるのですね。姫様にまた酷《むご》い仕打ちをなさること」


 千鶴はそれだけ言うと、もう一度頭を下げて、部屋を出て行った。


 頼通は確かに美濃に『何者でもいい』と言った。

 直接問うこともなかったが、気にならなかったわけではない。


 ただ、知ることでこの関係が終わってしまうのが怖かった。


 美濃から聞く話はいつも断片的でなかなか繋がらない。


 いつか全てを知る時が来るのだろうか。

 そして、その先に待っているものは何なのか――。

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