第3話 よみがえる記憶
頼通は美濃の手を引き、東の対屋の中へと誘った。
そこは宴の喧騒から離れ、しんと薄闇に沈んでいる。
芯を短く切った燈台の光の下で向かい合い、しみじみと美濃を見つめた。
まるで六年前に戻ったようだ。
彼女はその時のままの姿で目の前に立っている。
「懐かしいな。ここであなたと初めて会った」
「そうだったな」
「覚えているのか? てっきり忘れられたとばかり」
「ずっと忘れておった。思い出したのはひと月前、宮仕えを始めて、教通に会ったせいぞ。汝たちはよう似ている」
「ならば、教通に感謝しなくてはならないな」
美濃はくすくすと笑っている。
いつも哀しげで淋しそうな瞳は、今はほんの少し穏やかに見えた。
頼通が手を伸ばすと、引きつけられるように美濃も寄り添ってくる。
再び唇を重ね合わせるまで時間はかからない。
何度も深い口付けを交わしながら、畳の上にもつれるように横たわり、互いの着物を脱がせ合った。
色白のきめ細やかな肌、豊かな胸、ほっそりとした腰。
全てがこの世のものとは思えないほどに美しく、欲情させられる。
「まるで神に造られたようだな」
頼通が思わず呟くと、美濃は驚いたように目を瞬かせ、それから吹き出して笑った。
「汝は面白いことを言う」
「褒めたのに」
「すまぬ」
美濃は笑うのをやめ、頼通の身体を引き寄せると、口付けてきた。
「頼通、誰よりも愛しい」
その甘い吐息で、頼通は自分の中の枷が外れる音を聞いたような気がした。
その姿を焼き付けるように、目を見開いて女を抱いたのは初めてだった。
目を閉じ、忘れられない少女の顔を思い描きながら、夢想の中で肌を触れ合うことが、いつのまにか当たり前になっていた。
今宵、その必要はなくなったのだ。
最初、男の肌に慣れ親しんだ身体に嫉妬を覚えた。
しかし、それも束の間のこと。
愛しているという月並みな言葉を交わすことでさえ、全身が歓喜に疼く。
吸いつくような肌の感触は、我を忘れさせる。
熱いのは自分なのか、それとも彼女の身体の中なのか、もはやわかることもできないほどに、深いところで溶け合っていた。
「もう行かなくては」
美濃はそう言って頼通の腕から逃れ、着物をかき寄せようとする。
「まだ大丈夫。夜は明けない」
逃げようとする美濃を捕まえ、身体の下に組み敷いた。
「しかし――」
抗う美濃の言葉に力はなかった。
甘んじてこの身体の熱さを受け入れてくれる。
そんな彼女がこの上なく愛しく、夜が明けるまで手放す気はなかった。
***
塗籠の中で、千鶴は二枚の呪符を膝元に並べて、じっと座り込んでいた。
焦燥の思いにかられて、胸の谷間を冷や汗が流れていく。
なぜ、戻ってこないの……?
頼通を尾行るため、千鶴は三柱の霊玉を放った。
しかし、そのうち一柱が帰ってこない。
先ほどから何度も呼びかけているというのに、その返事はない。
やはりあの女が絡んでいるとしか思えない。
闇の中で美しい顔で妖しく笑い、月下に舞うように消えた女。
大切な霊玉十柱を一瞬のうちに消し去った忌々しい女。
おかげで今、使える霊玉は三柱のみとなってしまったというのに、また一柱、消えてしまった。
改めて死霊を集め、封じ込めの儀をしなければ、もはや足りない。
いったい何者だというのか。
彼女の方は確かに千鶴を知っていた。
『死霊使いの端くれのくせに、吾を知らぬとは笑止千万』
そう言って、あの女は笑った。
――いや、何か記憶の片隅に引っかかったまま、出てこない名がある。
亡き祖父が千鶴の幼き頃、昔語りのように話してくれたことの中に、その答えの糸口が見える。
ああ、思い出せない……。
千鶴が頭を振った瞬間、はっと息が止まった。
記憶は俄かに甦っていた――。




