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SS 4 不呪詛のリアナ

初めて上げる分です。

慣れない三人称ですので温かい目で読んでいただけると嬉しいです。

 「これはこれは誉れ高い王宮魔術師団様、ようこそお越しくださいました」


 そう言って平伏するのはこの街の市長だ。

「月の王」と「海の女神」の二人による全国に響き渡った最近は「天啓」と呼ばれるようになった宣言の日以来、国の魔術と魔術師の立場が天と地ほどに入れ替わった。


 今や誰もが魔術に目覚める可能性を秘めており、そして現実にそういう人たちが現れるようになったのだから、明日は我が身、声高に悪く言う人はあまりいない。そしてもともと魔術や魔力には潜在的に憧れもある。そんな状況の中で高い魔力を誇る王宮の魔術師団は尊敬の対象としてだけではなく、慣れない魔術への対処の教えを乞う先、そして魔術によるトラブル解決の心強い助っ人としても注目をされ始めたのである。



 今回も魔術が疑われる困った案件ということで魔術師団から二人が派遣されてきたのだった。


「顔を上げてください。早速お話をお伺いします。報告によると、領主が魔術で操られているという話でしたが」

 魔術師団の黒いローブのヒゲの男が言った。


「はい。今まで領主はどの街に対しても公平で穏やかな方だったのですが、急に最近気性も荒くなり、そして特定の街だけ優遇して他を冷遇するようになりまして、大変困っております。もう奥方や側近の話も聞かない様子で。街同士のバランスも崩れ小競り合いが多発しております。このままでは治安も悪くなりそのうち大きな争いになると、この領の町長市長で相談してお国にご報告した次第でございます」


 最近はこういう話が増えていた。魔術に目覚めるのはなにも善良な人とは限らない。新たな手段を得た人間がその力を己のために有効活用しようとすることは珍しくないのだ。


「なるほどわかりました。私達で調査をしましょう。今回はこの『不呪詛のリアナ』も同行しております。それほど時間はかからないかと思いますよ」


「ありがとうございます。ご滞在の間はこの館を自由にお使いください」

 市長は安堵の表情で礼を述べ、そして二人の魔術師に深々と頭を垂れた。


 二人は早速話にあった領主のもとへ馬車で向かう。それほど遠くはなかった。


「それではリアナ、まずは領主に会って、対応はいつもどおりに。判定石と録音石は持っているな?」

「はい、ここに。お任せください」

「本当にお前は便利なやつだな。なぜお前には呪詛が効かないのだろう?」


 ヒゲの魔術師がもう何度目かわからない首をひねった。この男は呪い関係の魔術では魔術師団で最高レベルの魔術師だった。だからこそ、呪いの効かないリアナが不思議でたまらないのだろう。

 リアナは苦笑する。彼女は知っている。なぜなのか。

 だがその理由は公表していないのだ。全ては魔術師団長の判断だ。リアナはそれに従っているまで。だが団長の指示などなくても事実を知っている者はだれもが口をつぐんでいただろう。話したいものなど誰もいなかった。


 リアナたちは堂々と領主に面会を申し込んだ。王宮直属の魔術師団の魔術師では、領主に断る権限などない。それほど待たされずに件の領主が現れた。


 リアナがにこやかな笑顔で領主の前に進み出て、握手をしながら指輪に仕込んだ判定石の光を見る。


 黒。


 判定石が白から黒へ、鮮やかに色を変えた。この領主には呪いがかかっている。

 リアナは少し離れたところに立っていたヒゲの魔術師に目で合図を送った。


 それを受けてヒゲの魔術師が解呪の詠唱を始める。

 魔術の詠唱を聞いて領主が突然叫んでヒゲの魔術師に襲いかかろうとした。新たに魔術をかけられる恐怖か、それとも解呪される恐怖か。後ろで領主を操っている人物はこの状況を察知しているようだ。反応が早い。とにかく阻止しようとした領主を、その場で武術にも通じているリアナが慣れた手付きで抑え込んだ。


 いつしか詠唱が終わり、ヒゲの魔術師が持っていた魔道具が領主の額に当てられて解呪が完了した。判定石の色も白に戻る。

 それまで必死の抵抗をしていた領主が急に力が抜けておとなしくなった。


「これは……?」

 呆然とする領主。


「私達は王宮魔術師団です。証明書がこちら。あなたには呪いがかけられていました。呪いをかけた者の心当たりはありますか? 今後同じことにならないように、この腕輪をおつけください。魔術返しの魔術が込められています。これは王宮からの貸与で、領主を引退した暁には王宮へ返還の必要があります」


 ヒゲの魔術師が流れるように今後の指示と対応を伝えている横で、リアナは静かにほっと一息ついた。リアナには呪いは効かない。だけど、呪いの魔術によっては解呪に抵抗するためにリアナに襲いかかってくる魔術もあった。そのような魔術には非常に不快なものや、衝撃や痛みを伴うものもある。そういうものは防げない。今回は穏便に済んでよかったとリアナは思ったのだった。


「今回も早かったな。犯人にも心当たりがあるそうだから、きっと解決も早いだろう。呪詛に巻き込まれてミイラ取りがミイラになるのが一番やっかいだが、その点君にその心配は無いから一緒に組めて助かってるよ」


 帰りの馬車の中で。ヒゲの魔術師は複雑な表情でリアナを見ていた。魔術師団でもトップクラスの自分の魔術も弾かれる状況は、彼としては少々面白くないらしい。それは暗に彼よりも強い魔力の持ち主の存在を示しているのだから。



 仕事が終わってリアナがあてがわれた部屋で一人になってほっと一息ついていると、突然目の前に銀の光がキラキラと光が舞った。


 驚いて見ていると、銀の光の中に静かに一人の女性が現れる。

 銀の髪、銀の瞳。


『海の女神』

 この国で銀の髪を持つ者は二人だけ。それが女性であれば今や国中が崇拝している『海の女神』以外にはいない。


 驚くリアナに『海の女神』がにっこりとしながら言った。


「こんにちは。リアナさん? 私を覚えていらっしゃる?」


 リアナは彼女が自分を覚えていることに驚愕した。そして同時に危機感が湧き上がる。


「お、覚えています……。あの時は私も、どうかしていて、大変ご、ご迷惑、を、お、おかけして……」


 動揺のあまりどもってしまう。


「あ、いいんですよ、気にしないでくださいね。人間だれしも仕方のないことはありますから。今日はあの時に私がかけた呪い返しの魔術を解くのを忘れていたので、その後始末……あ、いえコホン、元に戻しに来たのです」


『海の女神』がにっこりして言った。ちょっと言い間違えたらしいが。


「あの時」というのが、彼女がまだ「月の王と結婚したらしい『セシルの再来』」として王宮で魔術師団に勧誘された時のことを言っているのは明白だった。リアナと彼女の接点はそこでしか無いのだから。彼女に向けられた催眠の薬に影響されて、醜態を演じてしまった過去の自分の記憶が蘇った。


 そして「海の女神」の言葉に、リアナの血の気が引いた。「海の女神」は親切心で言っているのだろうが、リアナにとっては今や大事な仕事の武器だ。『不呪詛のリアナ』として名を馳せてしまった今、やっぱり呪いにかかりますとは言えない状況になっている。


 リアナは必死で『海の女神』に訴えた。仕事で必要になっていること、たくさんの人がそれで助かっていること、すっかり自分がその事で有名になってしまっていること、等々。


 困った顔で聞いていた『海の女神』が「ちょっとごめんなさいね?」と言って、そして銀の瞳が光り始めた。

 リアナが疑問に思う間もなく唐突に、リアナの頭の中を最近の仕事の様子の記憶が駆け巡っていく。『海の女神』が視ているのに違いなかった。


「ああ、本当ですね……。お仕事お疲れ様です。どうしましょう……今更魔術を解いたら、困ります?」


「困ります! 今、魔術師団は忙しくて、人が足りない状況なんです! 強力な呪いに抵抗して近づけるのは私だけなんです! あとはシュターフの自警団の一部にもいるという噂ですが、宰相がそちらの人は貸してはくれないんです!」


 リアナの必死の訴えに『海の女神』が「ん?」という顔をした後、突然動揺を見せた。


「あっ……あの聖女キャンペーンの時のか! しまった忘れてた……おっさんこれ幸いと隠してたな? ゆるすまじ」


 とかなんとかブツブツ言っている。

 突然威厳の無くなった伝説の人を前に、それでも優秀な王宮魔術師であるリアナはチャンスとばかりに食いついた。


「お願いします! この魔術を解かれると同じ仕事をするのにももっとたくさんの人が必要になります。でも今魔術師団にそんな余裕は無いんです。解かないでください! 見逃してください!」


 必死のあまりになにやら怪しい人のようになっているけれど、それでもリアナはそれほど必死だったのだ。


「ああ、まあ、そういうことなら……そもそもこの状況は私達のせいだし……しょうがない? かな? でも覚えていてください。その魔術は一代限りです。そして解けるのは私か『月の王』だけだと思います。解きたくなった時には私達にコンタクトをとるしか方法はありません。良いですか?」


「はい! はい、わかっております。ありがとうございます。あの! この前魔術師団長から聞いたのですが、改めてご協力いただけませんか! 私のような者が他にもいれば、仕事がすごく捗るんです! 人でなくても魔道具でもいいんです! もう本当に忙しくて、みんな全然休みも取れていなくて!」


 嬉しさも手伝って、リアナがこのチャンスを逃してなるものかと勢いづいてまくしたてた。それは魔術師団員の全員の願いだ。強力な魔力が味方ならばどれだけ仕事がやりやすくなるだろう。


 だけど『海の女神』が目を泳がせた。

「う……それはわかっているんだけど……人にかけると不公平になるし、魔道具だと盗用や悪用の心配もあって……ルールもまだ出来ていないから難しいのよ……。うっかり作った水晶玉一つで前も大騒ぎになっちゃったし、実は今もややこしくなっているというか。そんな騒ぎがもっと増えるとか勘弁……。ごめんねえ、ちょっと宰相のおっさんに早くルールを決めるようにせっつくから、もうちょっと待ってください……本当に申し訳ない……」


 だんだん声が小さくなっていって、そしてごめんねポーズをとったまま『海の女神』がすうっと消えていった。消える時のキラキラの光を散らすのは忘れたらしい。


 リアナはしばし呆然としていたが、しばらくして我に返った後、自分にかけられた魔術が無事だったことに心から安堵した。よかった、これで今までどおり仕事が続けられる。そこまで思って、果たしてそれが良かったのか悪かったのか、今後の過密スケジュールを思い出して、リアナはちょっとわからなくなったのだった。

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