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宰相は酒に酔った。

「ここまで嫌われているとは思いませんでした」


呟くメーヴォに、応えることのできる者はいない。どう応えたとしても、その言葉は彼を傷付けてしまうような気がしたのだ。


魔王はどうもかなりの親バカであるらしい。新しく国を統べるようになった末っ子のために、王宮を一つ楽々と誂えてしまったのだ。

事はメーヴォと臣下が旧王邸からその王宮へ移動する際に起きた。


「顔をしかめられたり悪態をつかれるまでは想定内でしたよ? しかしまさか姿を見ただけで倒れるヒトもいるとは驚きました」

実に興味深い。

こともなげに、むしろどうでもいいといった様子でメーヴォは言った。いや、実際彼にとってはどうだっていいことなのだろう。今も豪奢な玉座に不似合いな体躯でちょこんと腰かけて、退屈そうに翼――それは背中ではなく本来右腕のあるべき位置に生えており、そしてそれ以外に彼がヒトでないことを示す身体的特徴は無かった――についたゴミをわしわしとむしっている。姿を見て倒れる、という自分に対する不敬をはたらいた国民に対する処遇を決める会議であるにも関わらず、だ。

「まったく……住所、年齢、氏名。その三つだけ調べて解放。これで十分です」

「しかし陛下」

「異論は認めませんよヴァトレン、他の方々も。はい解散」

ばさ、と羽音を一つ響かせて彼は立ち上がった。飛びはしない。というより、片翼で飛べるわけもない。ただの威嚇である。

玉座を降りて、釈然としない顔でざわめく官吏達の前を通り過ぎていく。何処へお行きになるのです陛下、と声をあげてアスモが追った。

扉がぱたり、と軽い音を立てた後の玉座の間には、途方にくれた官吏達だけが残されていた。




武官達の詰所を、月明かりが照らしている。

消灯時間はとっくに過ぎたそこの廊下を、忍び足で通る男の姿があった。


宰相――サク・パイヴォ・レフティ。前王の時代からパルッキラ政府に仕える優秀な文官である。趣味は読書。近頃は昼も夜もなくメーヴォにまとわりつく某宮廷魔導師に政務補佐の仕事を奪われつつある気がしなくもないが、最終的に君主に頼られるのは自分の役目だと思って目を瞑っている。実際、某宮廷魔導師の手に余るような話は他の誰よりも先に自分に回ってくるのだ。むしろ某宮廷魔導師を間に挟むことによって仕事の絶対量が減り、楽になったとすら感じる。楽すぎて張り合いが無いとすら思うほどだ。


武官の詰所はひどく静かだった。

寮も兼ねているその施設。皆が皆きちんと定刻就寝のできる良い子というわけではないが、そこは流石に軍隊。時間になったらひとまず大人しくするように規律でしっかり縛り上げられている。

しかし――彼の進行方向に、一つだけ明かりが漏れているドアがあった。逸る心を抑えて、彼はそのドアを控えめに叩く。

「サクか」

応答は早かった。サクはなるべく音を立てないように気を使いながら、そっとドアを開いた。

「……やぁ、ラウリ」

そう呼ばれた彼は、執務机の前でニッと口角をあげた。


ラウリ・アルヴィ・リュオマ。宰相レフティとは幼馴染みの仲であり、パルッキラ王国軍の上級士官。酒さえ与えておけばだいたい大人しくしている酒好き。裏を返せば、ちょくちょく酒を与えないと暴れる非常に面倒くさいやつだ。


「君が欲しがってたギンジョーとかいうヒノモトの酒、手に入ったよ」大きな瓶を小脇に抱えて笑みを浮かべるサク。ラウリは頭を抱えた。

「まさか本当に見つけてくるとは……俺はお前が心底恐ろしいぞサク、職権濫用とかやってないだろうな?」

「んなことするわけあるかこの脳筋! ギンジョー燃やすぞ!」

「やめろ!」

ラウリは慌てて幼馴染みの手からギンジョー――吟醸を救出した。

遠い島国、ヒノモトからの貴重な輸入品。マニア垂涎の美酒。

どうやって手に入れたかはわからないが、馬鹿がつくほど真面目なサクが職権濫用のようなことをするとは思えない。きちんと正規ルートで購入したのだろう。

瓶を持ち上げて、蝋燭の光に翳す。透き通る液体がたぷんと揺れた。コルク抜きを出して詮を外せば、噂に聞く通りの芳香。思わずうっとりとしてしまう。

「おい、サク」

「何だい」

「呑むぞ」

「のっ……はぁ? この時間から?」

「当然だ」

時刻は既に夜半を過ぎている。良い子でなくても普通は寝ている時間だ。

「君ねぇ……」

「堅いこと言うなよ、俺とお前の仲じゃねぇか」

「その君と僕の仲だから言ってるんだよ、酒は明日にして寝ろ脳筋。これ以上阿呆になったらどうするんだ、国家の損失だ」

「そりゃどーも」

言い合いながらも、ラウリは棚からコップやつまみを出して既に酒盛りをする構えに入っている。

「それにあれだろ? お前も俺に何か用事あったんじゃねえのか?」こんな夜中に酒を届けに来ただけとは考えられねーしなぁ、と付け加える。サクの眉間にシワが寄った。

「あー……その、あれだ。陛下のこと。魔族の兵士達から何か聞いてないか?」

「何かって何だ」

「彼に関する情報をできる限り多く集めたい」

「俺に間諜の真似事しろってか?」

「言葉を選ばず言えばそうなるかな」

今度はラウリの眉間にシワが寄った。

「……お前、何を企んでやがる」

「別に? ただ、仕える主君があまりに謎の人物過ぎて気分が良くないだけさ」

「…………」

ラウリは黙って二つのコップに酒を注いだ。その片方をサクに渡し、自分はその辺の椅子に腰をおろしてもう片方の中身を舐める。「…………」

「…………」

「…………」

「……ラウリ、言えないなら言わなくても……」

「御年二十二」

「は?」

「魔王陛下の末っ子。かくれんぼ……というか気配を消すのがやたらと得意。実は結構眠たがり」

「えーと……何?」

「陛下だ。知りたいんだろう?」

話し出したラウリの目には、少し楽しそうな光が宿っていた。

「え、あ、うん知りたいけど……勝手に話したって怒られない?」

「聞いた本人が何を今更……それにあいつらが聞かれて困る話をするわけがねぇだろう、仲良くなったっつってもそこまで信頼し合えてるわけじゃねぇからな。せいぜいガキの頃の陛下が可愛かったとかその程度の話ばっかりだ」

「あ……そう」



翌日、酒に強くない宰相が二日酔いでぐったりするのはまた別の話。

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