*第87章~ナインとエイト
翌朝、まだ陽が昇りきる前、紗羅はパチリと目を覚ました。
(・・・何者かの気配がするな。アイザック・・ではなさそうだし。)
カチャリとベッドのそばにあった剣に手を伸ばす。薄暗い部屋の中で目を凝らしていると、部屋の奥のソファーに座る2つの影が見えた。
「何者だ?」
至極冷静に、声を出す。すると2つの影の片方が紗羅に向かって歩き出した。だんだんとその輪郭がはっきりしてくると、紗羅はその影が何者かに気づき、思わず剣を引き抜く。
「おっと、怖いなぁ。そんな物騒なものはしまってよ。僕たちは君を攻撃するつもりは毛頭ないんだよ?」
まだ幼く、無邪気に笑うその人物は、数日前アイザックと共に見かけた少年だった。
「・・何が目的だ?何のために来た!」
紗羅の顔がより一層厳しくなる。
「だーかーらー、挨拶に来ただけだって。この前は急いでいたし、他の人間もいたから声を掛けずに帰っちゃったし。キミはいずれ僕ら側の人間になるんだもの。仲良くしておきたいでしょ?」
「お前の言っている意味が全く分からないな。僕はそちら側の人間になるつもりもないし、仲良くする気は毛頭ないよ。」
タラリと紗羅の頬を汗が伝う。
「んもうっ。ガードが堅いなー。エイトからもなんか言ってよ。」
「・・・・。」
少年がチラリと後方の人影を見るが、反応がない。
「まただんまりか。あーもう、エイトこそ何しに来たんだろう。」
少年は頬を膨らませ、拗ねている。
「用がないのであればお引き取り願おうか。」
紗羅が素早く剣を収め、【収納】の呪文で魔道書を取り出す。
「わわっ!ちょっと待って、本当に話がしたいだけなんだって!」
少年が慌てて、紗羅の詠唱を制止しようとする。
「こちらには話すことなんて何もない。」
きっぱりと拒絶し、詠唱を始めようとした時、少年がニヤリと笑った。その笑みを見た紗羅は背筋がゾクリと寒くなり、少年を凝視する。
静寂が部屋中を包んだ――――――瞬間、少年の背後から影のような手が無数に生えだし、紗羅の手から魔道書を払いのけた。
紗羅はすぐに魔道書を取りに行ったが、床からも影のような手が生えて紗羅の足を捕え、身動きが出来なくなった。
「何のつもりだ?」
怒りを抑えて少年に問うと、少年は再び無邪気な顔を紗羅に向ける。
「だから、さっきから言っているでしょ?話をしたいだけって。話を聞かずに怖いことをしようとするから、ちょっとだけイヂワルしたんだよ。」
紗羅に顔を近づけ、ニコッと笑い、くるりと背を向け、ソファーに向かって歩き出す。紗羅を捕えた影は少年を追うように移動する。少年はソファーに座ると、肘掛けに腕を置き、手で頭を支えながら、話し始めた。
「僕の名前はナイン。こっちの無愛想な子はエイト。“サイレンス・グレイヴ”の一員だよ。」
「・・・・。」
紹介されたエイトは相変わらず一言も喋らない。
「僕はねぇ、サフィール様がご執心のキミにずっと前から興味があったんだ。そして、この前実際にキミをこの目で見て、思わず身震いしたよ。」
ナインは恍惚とした表情で話す。
「こんなにも美しく光り輝いていながら、こんなにも深い闇を持っている人間がいたのかってね。サフィール様があんなにご執心なのもよく分かる。」
「・・そうか?僕なんてただの矛盾を抱えた人間だぞ?そんなに高く評価されちゃあ、困るんだが。」
動かない身体をもどかしく思いながらも、紗羅はなんとか余裕の表情をつくる。
「その矛盾がキミを美しくさせているんじゃないか。そのうち、その矛盾が膨らみすぎて、壊れそうなくらい危ういけどね。さ、今日はこのくらいにしておこうかな。あんまりちょっかい出すと、サフィール様に怒られるしね。」
そう言うと、ナインとエイトは立ち上がり、紗羅の目の前に立った。
「最後に1つだけ、質問に答えてあげるよ。」
ニコッと微笑むナイン。
「・・・お前たちは一体何がしたいんだ?」
紗羅の質問にナインがキョトンとする。
「何って、それくらいは分かっているんじゃないの?人間たちの身勝手でひどい仕打ちを受けたことの復讐。そしてそんな醜い人間たちを滅ぼすのが、僕たちの望み。」
「ならば。なぜ、あんなまどろっこしいことをする?僕が王位についていない今が、攻めるのに絶好のチャンスなはず。一気に攻めればあっという間に世界は闇で満たされるだろうに。」
紗羅の問いにナインとエイトが目配せした。
「やっぱりキミは最高だよ。絶対に僕たちが手に入れて見せるから。」
「・・・まだ、今は準備段階。でもいずれ、お前は自ら我らの元へ来る。」
エイトがここにきて、初めて言葉を発した。
「なんだ?それは答えになっていないじゃないか。」
「質問は1つだったはずだよ?僕たちの目的はさっき言ったじゃないか。それじゃ、またね♪」
「まてッ!」
紗羅が声を上げて呼び止めたが、ナインは手を振り、エイトと共に姿を消した。と、同時に紗羅を拘束していた影も消え、紗羅の部屋に朝日が差し込んだ。
解放された紗羅はその場に座り込み、目を閉じた。そして、再び目を開けると徐に立ち上がり、支度をはじめ、部屋を出て行った。
紗羅のいなくなった後、部屋の中にもぞりと動く影がいたが、紗羅はそのことには気づかなかった。




