*第72章~舞台裏と後始末
シューベル・ハウゼン邸襲撃から遡ること約9時間前、紗羅達はロヴィスコ州を牛耳る大貴族、ロヴィスコ家の邸で、彼らと会った。
「よぉ、久しぶりだな、サイルにヴィンセント。そんで、このおチビさんはサイルの弟のアレクつったっけ?元気だったか?」
邸の扉の向こうから、ルイが手を振って出てくる。その後ろをイアンが不機嫌そうな顔つきでついてきた。
「あぁ、久しぶりだな。あんな趣味の悪いプレゼントの差出人を見て驚いたよ。お前たちの方の任務はもう終わったのか?」
紗羅が尋ねると、イアンがフンッと鼻で笑った。
「当たり前だ。こいつはともかく僕は優秀なんだ。あんな任務すぐに片が付いたさ。それで国王陛下から、もたついているお前たちの手助けをして来いと言われたからここまで来てやったんだ。」
紗羅はふとルイ達の様子が少しおかしいことに気づいた。
「…王都をたったのはいつだ?」
「それは昨日だけど…。あ。」
紗羅の唐突な質問にルイが咄嗟に応えると、イアンがルイを睨みつけた。
「昨日発ったばかりなのに、よく僕たちがあそこにいるって気づいたな。」
紗羅が詰め寄るとルイがフイッと目をそらす。
「…お前たち、他にも何か言われてきたのではないのか?それも僕に気づかれないようにとか…。」
ギクッと漫画のような反応をするルイを見て、紗羅は確信し、イアンはため息をついた。
「ふーん。やっぱりな。タイミングが良すぎると思ったんだ。それとついでだから聞くが…ヴィンセント。」
紗羅が突如ヴィンセントの方に振り向いた。
「………?」
「お前も、ここに来る前今回の任務とは別に何か言われているんじゃないか?たとえば、何があっても必ず僕のそばで僕を見ていることとか…。そして、僕の言うことには従うこととか。」
ヴィンセントの無表情な顔がピクリと反応した。
「思った通りか。それでルイ達は僕の様子を見てくるようにとでも言われているんだろうな。自暴自棄になっていないかとでも言われたか?」
イアンとルイが言葉に詰まった。
「なるほどな。ダラス国王陛下の考えそうなことだな。それにしてもこの僕を見張るなんて…。よっぽど気になるのか、それともあの事実はそれほど隠したかったものなのか。どうだろうな、アレク。」
アレクは固まったまま動かない。紗羅はわざとらしくため息をついた。
「そろいもそろって、いくら国王陛下の命だからと言って、仲間を見張るだなんて…ひどいな。」
紗羅は顔を俯かせたまま、ちらりと上目づかいで皆の顔を見る。皆気まづそうな顔をしていた。面白いものを見る目で紗羅が皆の顔をこっそり見ていると、アレクと目が合い、アレクはハッと気づいたそぶりをした。
「…主、まさかまた我らをからかっているのですか?」
めずらしく勘の冴えているアレクに紗羅は悪びれもせず堂々と顔を上げて笑った。
「やぁーっと気づいたのか。皆そろいもそろって阿呆だな。僕はたかだかそのくらいでは傷ついたりなどしない。そもそもヴィンセントに至っては初めから薄々分かっていてそのままにしておいたのだからな。そして、おそらくアイザックにも出されているであろう任務についても僕は分かっている。」
紗羅の小芝居に各々リアクションをしながらも、紗羅の最後の話に喰いついた。
「なんだそれは?なんか重要な任務なのか?」
皆を代表してルイが紗羅に聞いた。
「少しは自分たちで考えれば良いのに。ちょっと考えれば分かることだ。」
「…分からないから聞いているんだろう!」
紗羅がじらすとイアンがイラついた。紗羅は同じく分からないという顔をしている皆を見て、ため息交じりに応えた。
「ヴィンセントが僕の見張りなら、ユーリ・ローゼン官吏にべったりくっついているアイザックの行動の意味はなんだ?!」
紗羅の言葉にようやく皆ハッとした。
「アイザはユーリ・ローゼンの見張りか?」
イアンの答えに紗羅は頷く。
「それともう1つ。おそらく見張りと共にユーリ・ローゼンの評価をしているのだろう。だから何も言わず、ただあの男につき従っている。あの男が今回の件をどのように処理するか見張っているということだ。それでもアイザックの人間性を考えると気に喰わない任務であれば放棄をすると思うが、あいつはずっとその任務を続けている。何故か分かるか?」
紗羅が聞くと皆頭を抱えた。ただ1人、イアンだけが何かに気づいたように紗羅の顔を見る。
「…アイザはユーリ・ローゼンをかなり高評価していて、そのやり方に賛同しているのか?それほどそのユーリ・ローゼンと言う男はかなりのやり手ということか。」
紗羅が正解を表すように指をパチンと鳴らした。
「ということで、そのやり手男、ユーリ・ローゼンの指示通り、僕らは今夜あの男の手助けをしに行こうと思う。その手助けにここの主人の力を借りれればベストなんだが…お前たちここの主人の知り合いだったのか?」
紗羅が聞くと、ルイとヴィンセントが気まずそうに顔を見合わせる。2人の意図が分からず、紗羅が首を傾げていると、玄関で話し込んでいた紗羅達の奥にある廊下からバタバタと騒がしい足音が聞こえてきた。
「サイルさまぁぁぁぁぁああああッッッ!!!!」
甲高い女性の声がその足音と共に聞こえて紗羅が目を細めて奥の廊下からやってくる人物を見た。
(あれ?よく公演にくる女の子だ。)
いつも紗羅の剣舞を熱い視線で見ている女の子はただ単に紗羅が記憶力がいいというだけでなく、印象に残りやすい、奇抜な格好とそれに似あわない可憐な美少女だったため、紗羅もよく覚えていた。
その美少女が紗羅と正面から向き合うと、突然フラッと倒れ込んできた。紗羅は美少女をしっかりと受け止めて、状況を説明しろというまなざしでルイ達を見た。
「あの…な、実は俺たちがお前の公演を見ていた時、こいつに会っちまって、ちょうどお前に贈り物をするって言ってたから便乗させてもらったんだ。それにこいつの家のことは知っていたし、お前の熱狂的なファンみたいだから協力してくれると思ってな。」
ルイが苦笑いをしながら答える。
「こいつって、もともと知り合いなのか?というか、この状況を何とかしてくれないか?」
紗羅に言われてヴィンセントが紗羅から美少女を引き剥がそうとする…が、美少女は紗羅の服をがっちりつかんで離さない。
「……もういい、そのままで。」
紗羅がため息をつく。
「すまんな…ちょっとこいつ頭がおかしいんだ。こいつのことはヴィンスも知っていると思うんだが。こいつと俺らは私塾で知り合ったんだ。」
ルイに言われ、紗羅がなるほどと相槌をうつ。
「私塾は本来官吏になりたいやつらが来るんだが、中には上流階級の子息や子女たちも来るからな。なかでもこいつはかなり特殊で、こいつ程の身分だったら家庭教師で済むはずなんだが…こいつの親が少しは常識を学べって言って、私塾に放り込んだんだ。ま、結局こいつの性格はどうにもならなかったが。」
紗羅はそう言うルイを見て、くるりとイアンたちの顔を見渡した。
(というか、こいつらの中にいたのなら余計に悪化したのでは?)
紗羅が失礼なことを考えているのを察知したのか、イアンが物言いたげな視線で紗羅を見つめる。紗羅はコホンと咳払いをして、美少女を揺さぶり起こした。
「ん………はッ!!サ、サイル様が目の前にッ!!!って、わたくし、今サイル様の腕の中にいるの?!あぁッ!!もう死んでもいいわッ。」
うっとりと紗羅を見つめ頬を染める美少女に紗羅はニコリと微笑みかける。
「御嬢さん、よければ僕のお手伝いをして頂けるかな?」
「はい、喜んで…。」
紗羅の笑顔に二つ返事で答える美少女。こうして紗羅はこの土地の権力者のご令嬢という味方を手に入れた。
そして、決行の時、紗羅の指示通りの時間にルイ達はロヴィスコ家当主、ダージ・ロヴィスコをひきつれて、シューベル・ハウゼン捕縛に貢献した。
捕縛後、混乱の収拾のために時間を割いて、終わったころには明け方になっていた。紗羅達はダージ・ロヴィスコに礼を言い、見送った後、ユーリ達が宿泊している宿へ戻った。
「よくあの方を味方にできたな。」
ユーリが紅茶を飲みながら紗羅に聞く。
「思わぬコネがあったので。それより僕はあなたの名演技に驚きましたよ。」
紗羅がわざとらしく言うと、ユーリは鼻で笑った。
「官吏たる者、人を欺くこともできないといけないのでな。私の行動の裏を読み取ったことは褒めよう。庶民にしてはよくやった。」
相変わらず厚顔不遜な態度にアレクが背後でユーリに対して呪いのまなざしを送っているのが感じ取れる。
「さて、私はもう少し後片付けをしてから戻るが、君たちは先に戻るよう、国王陛下からの御達しが来ている。明日にはもうここを発ちなさい。」
「ですが、後処理には人手がいるはずです。あなた1人を残すわけには…。」
(今回の件で、捕縛されたのはシューベル・ハウゼンだけでなく、かなりの役人たちが捕まったはずだ。役所も機能していないはず…。)
紗羅が反論すると、ユーリが紗羅の顔の前に手を挙げて、制止する。
「私は戻るように言っている。君たちはあくまで仮の官吏だ。ここからはこの赴任地をまかされた私の仕事だ。これ以上のことはきちんと正式な官吏になってからすることだ。あまりうぬぼれるでない。」
ユーリの言うとおり、紗羅達はあくまで学業の一環として手伝いをしていたに過ぎなかった。ダラス国王の命で始まったことであれば、ダラス国王が終わりと言えば終わらなければいけない。
紗羅はきゅっと唇を結んで、ユーリを真正面から見つめた。
「分かりました。明日、僕たちはここを発ちます。それでは今日はもう失礼します。」
そう言うと、紗羅はさっさと部屋を出た。慌ててアレク、ヴィンセント、ルイ、イアン、そしてアイザックも紗羅の後を追い、部屋を出る。
1人広い部屋に残されたユーリは冷めた紅茶をすすると、ふうっと息をついた。
「お前、本当に納得しているのか?」
早足で歩く紗羅にルイが声をかける。
「理解はしたさ。国王や、ローゼン官吏が明日戻れというのなら僕たちはそうするしかない。だが…。」
紗羅はピタリと足を止めた。そしてくるりとルイ達を振り返る。
「僕たちが帰るのは明日だ。そしてそれにはまだ丸1日時間がある。このまま帰るのは癪だから、もう一仕事するぞ。」
誰もが紗羅の考えに頷く。…1人を覗いて。
「えー…まだ仕事するのー?皆頑張り屋さんだねー。僕はつかれたから1日休んでおくよー。」
アイザックがそう言って真っ直ぐ紗羅達の宿を目指して歩き出したので、ルイとヴィンセントががっちりその両脇をはさんだ。
「お前は遊んでいただけだろうが。このまま俺たちを手伝ってもらうぞ。」
「……そうしてもらう。」
アイザックは観念したのか、がっくりと肩を落としていた。
翌日の朝、紗羅達が発つ日。紗羅達はユーリが利用している宿を訪ねたが、既にそこにユーリはいなく、紗羅が風たちにユーリの足取りを探ってもらい、役所に泊まっていることを突き止めると、役所へ向かった。
「失礼します。」
ユーリがいる部屋の扉をノックし、紗羅は扉を開けた。そこにはおそらく寝ずに仕事をしていたであろうユーリの姿があった。今まで遊んでいる姿しか見ていなかったためか、紗羅はその姿に少し驚いた。
「なんだ?わざわざ挨拶にきたのか?」
くずれた衣服を直そうともせず、ユーリは机に向かったまま、紗羅に声をかけた。
「そうです。それと、これを渡しに。」
紗羅は前に進み出て、ユーリの机の上に、冊子を置いた。
「…なんだ?これは。」
ユーリが初めて筆を止める。
「官吏たちの不正にかかわる証拠をまとめた物と、訴状です。あなたの官吏としての仕事の参考になればと思い、持って来ました。」
ユーリはパラパラとその冊子を捲って紗羅を見る。
「お前たちの仕事はもう終わりだといったはずだが?」
「えぇ。ですので。これは仕事とは関係なく、ただ僕らが勝手にやったことです。ですのでこれを使うか使わないかはあなたが決めてください。」
紗羅が言うと、ユーリはしばらくしてフッと笑みをこぼした。
「全く、あまり上官の言うことを聞けないのは今後官吏になったとき問題になるぞ?…だが、それを上回る仕事をするのであれば、文句を言う官吏もあまりいるまい。礼を言う。助かった。」
紗羅は頭を下げ、扉へ向かった。そして扉の前で待っていたヴィンセントたちに並ぶと、再びユーリの方を向いた。
「大変、お世話になりました。今後も是非ご指導をお願いします。」
紗羅がそう言うと、皆一斉に頭を下げて「ありがとうございました。」と声を揃えた。
紗羅達が顔を上げると、そこには満足気な顔をしたユーリがいた。
更新かなり遅れました…すみませぬ。
ようやく暗行御史編終幕です。
次回より再び王都編です。
えぇ。もちろんジュダスにいやんも出てきます。お楽しみに。




