*第71章~決行~
小鳥の囀りを目覚まし代わりに紗羅が目を覚ますと、紗羅が眠っていたベッドの周りをアレクが行ったり来たりしていた。昨晩、紗羅に突き放されたことが相当こたえたようで、終始不安な顔をしながら、紗羅をチラチラ見ている。
(…しようのないやつだ。)
「コホンっ。…いつまでそうしている気だ?」
突然ベッドから声が聞こえ、アレクは驚き、思わず飛び跳ねてしまった。紗羅は大きく息を吐いて、身を起こす。
「そんなに驚かなくてもいいだろう。そんなにウロウロされると目障りだ。」
紗羅がきっぱりと突き放すと、元々曇っていたアレクの表情がますます落ち込み、不幸のどん底にいる様な顔をした。隣でタヌキ寝入りをしているヴィンセントが心なしか、動揺しているのが分かる。
「あ、あの、主…。」
「いつまでもそんな辛気臭い顔を見せるな。不愉快だ。」
紗羅の言葉の攻撃にアレクは何も言えず、ただただ落ち込むばかりだ。気をもんだのか、ヴィンセントがむくりと起き上がり、紗羅に物言いたげな顔をする。
「なんだ、ヴィンセント。何か言いたいことでもあるのか?」
「………少し言い過ぎでは…。」
ボソッと一言だけ言い、また黙り込むヴィンセント。紗羅はヴィンセントを見下ろした後、アレクにチラリを視線を向ける。
「よかったなぁ、アレク。ヴィンセントが味方をしてくれるそうだ。いっそ、こんな信用のない主より、たくましく頼りがいのあるヴィンセントに主になってもらい、王を目指せばいいのではないか?」
紗羅の言葉に、アレクだけでなく、ヴィンセントもギョッとした。
「そ、そんな…主、見捨てないでくださいーッ!!」
「………そんなこと、できるわけないだろう。」
絶望に打ちひしがれたような顔をするアレクと、珍しく動揺を面に出すヴィンセントを交互に確認する紗羅。
「フッッ。」
思わず笑ってしまった紗羅を2人が呆けた様子で見る。
「あ、主…まさかまた…。」
アレクが信じられない者を見る目で紗羅に問いかける。紗羅は、厳しい表情から一転、ニヤリと口の端を上げた。
「こうも簡単に引っかかるとは思わなかったな。そもそも僕は途中で仕事を放棄するのは好きではない。無論、王様という仕事もだ。ま、怒っていたのは事実だが、お前があまりにも情けない顔をするんで、つい遊んでしまった。」
悪びれもせず淡々という紗羅に、アレクは俯いて震えていた。アレクの足元の床にはポタポタと雫が落ちている。
「……った…。」
「え?」
よく聞き取れず、紗羅はアレクの顔を覗き込む。途端、アレクが紗羅に飛びついてきた。
「うわーんッ!よかったーッッ!!本当に主に見捨てられるかと、思いましたーッ!!」
ぐしゃぐしゃに顔をゆがめながらアレクが紗羅にすり寄る。
「そんなに泣かなくても…。」
紗羅は呆れ顔でアレクを見た後、息を吐き、アレクの頭をポンポンと撫でた。ヴィンセントがその光景を胸をなでおろしてみていた。
「さて、一通り余興も終わったし、そろそろ動くか。」
紗羅は軽装をして、竜剣を背負い、部屋を出た。アレクとヴィンセントもそれに続く。
「主、どこへ行かれるのですか?」
歩きながら、紗羅に問う。
「心強い味方の所だよ。」
「??」
アレクはますます首を傾げたが、紗羅達に置いて行かれそうになったため、慌てて駆けた。
紗羅達は街の西の外れにある、大豪邸の前に着いた。
「ここだな。」
紗羅の言葉にヴィンセントも頷く。ただ1人、アレクだけが分からないと困惑していた。
紗羅は豪邸の門を開け中に入っていく。
「主、許可もなく勝手に入ってもよろしいのですか?」
アレクが心配して声をかける。
「僕は王なのだろう?ならばそんな許可なんていらないだろう。」
紗羅がからかうような口調で答えると、アレクは更に困惑した。
「それはそうですが、今はまだ王ではございませんし、ここは光の国です。何より今は主の正体をばらすわけにはいかないではないですか。」
まじめに答えるアレクに紗羅はフンッと鼻で笑った。
「なんだ、お前もちゃんとそのこと考えていたのか。いつもいつも自分で墓穴を掘って僕の正体をばらすものだから、てっきりオープンにすべきなのかと思ったよ。」
アレクは紗羅の言葉を聞き、さーッと顔が青ざめていった。
「う……それは…。」
アレクが思わず立ち止まってしまっている内に、紗羅とヴィンセントは豪邸の扉の前についていた。
ドンドンッッ
ヴィンセント戸を思いっきり叩く。その容赦ない音にアレクがギョッとしてヴィンセントを止めにかかる。
「何をしているのだ。これでは無礼と言われてもしょうがないぞ。」
慌てるアレクを余所にヴィンセントは無表情で、紗羅はすました顔をしている。間もなく、扉がギイッと音を立てて開いた。
「……え?なぜ…。」
その扉の奥に立っていた人物を見て、アレクは驚いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その晩、紗羅とアレク、ヴィンセントは丘の上の邸の前に立っていた。屋敷の庭には一面の深紅の薔薇が咲いている。
「そろそろ事が起きると思うんだが、風たちよ、様子を伺ってきてくれるか?」
『わかりました。少しお待ちください。』
ふわっと風が紗羅を包んだかと思うと、そのまま邸の方へスウッと抜けていった。
「さすがは主。いつのまに風たちと交流する術を身に着けたのですか?」
瞳を爛々と輝かせてアレクが聞いてくる。
「…お前たちがまんまと敵の手に落ちたとき。」
紗羅の答えにアレクがその場で固まってしまった。ヴィンセントも表情を曇らせている。
「最近思うのだが、アレク、お前本当に神獣なのか?あまりにも弱すぎると思うが。」
(というか、神獣なんて神の力を分け与えられた存在なのだから、もっと無敵に近いのではないだろうか。)
紗羅はじーっとアレクの顔を見つめる。アレクは焦ったように、手をばたつかせている。
「ち、違うのです主。以前も申しあげたと思いますが、ここは光の国。私の力は半減するのです。」
「だが、以前捕まったときは風の国だったと思うが?」
「うッ…。そ、それは…1つは風の国がまだ魔に汚染されていることが関係するのですが、それ以上に…。」
「それ以上に?」
うしろめたそうにしているアレクに紗羅が詰め寄る。
「私、時折油断というものをしまして、そこにまんまとつけこまれて…。」
情けない理由に紗羅はがっくりと肩を落とした。
(この性格を直さなければ、いつまでも私はこいつを助けに行かなければいけないんではないだろうか。)
「そ、そんなことはッ!!」
紗羅がわざとアレクにも聞こえるように心の中で話すと、アレクが咄嗟に口に出して答えた。紗羅は深いため息をつき、首を振った。
「お前、本当にその迂闊な性格どうにかしろよ。ヴィンセントは事情を知っているからいいが、事情を知らないやつの前で僕の心の声に口に出して反応すると、不審に思われるだろう?」
紗羅に言われ、アレクはしょぼんと肩を落とした。
『陛下。』
数分おいて、風の声がした。
『邸の中では宴が催されているようです。それと…』
「兵がいるのだろう?」
『ご存知でしたか。おそらくあの邸の兵の他に、違う兵たちが息をひそめて邸を囲んでいます。 』
風の情報に紗羅は頷く。
「いよいよ、決行の時だな。さぁ、僕たちも行くぞ。」
アレクとヴィンセントが頷く。そして、兵の服装に身を包む。そのまま邸に忍び込み、待機している邸の兵に気づかれないように紛れ込む。
兵の中の1人が紗羅達に気づき、振り向いたが、特に咎める様子もなく再び前を向く。
(噂には聞いていたが、とんだ抜けた兵たちだな。きちんと管理していればあきらかに私たちが不審者だってことくらい分かると思うが…。ま、好都合か。)
紗羅達の集めた情報によると、ここの守りは腕の立つものをあちこちから集めてあるため、毎日兵の数や、人間たちが変わり、1人や2人紛れ込んでも分からないという。
紗羅は無事、潜入することが出来たことに胸を撫でおろち、中の様子を伺う。
風から聞いた通り、中ではユーリとアイザックをもてなす宴が開かれており、邸の主人であろう男が上機嫌でユーリに絡んでいた。
(何度見ても、あいつは好きになれそうにないな。)
邸の主人、能面のような顔をした男に紗羅は2度ほど見覚えがあった。1度目はアイザックとユーリが宿から出てくるときに一緒に出て来た時、そして2度目はアイザックによって出た宴で紗羅に執拗に迫ってきたあの男。
(シューベル・ハウゼン。このロヴィスコ州の州官長。本当にろくでもない男だな。)
紗羅が汚いものを見る目でその光景を見ていると、紗羅達のいる反対側が急に騒がしくなった。と、同時くらいに宴が行われている部屋に突然大勢の兵たちが突入してきた。
「おい、どういうことだ?反対側はやられたのか?!」
「分からない。とりあえず、俺たちも行くぞ。」
その光景に兵たちに動揺が広がったが、すぐに自分の獲物を持ち、窓から中へ入った。
「これはどういうことですか?ローゼン様、ベルン様!」
シューベル・ハウゼンが能面のような顔をしかめてアイザックたちに詰め寄る。
「触らないで頂きたいな。罪人、シューベル・ハウゼン。」
ユーリがシューベルの手を払いのけると、シューベルは理解できないという視線でユーリを見る。
「いやぁ、なかなか尻尾を出してくれなくて、思いのほか時間がかかりましたねぇ。ですが、その分、十二分に証拠を揃えて来たので、もう言い逃れは出来ませんよ。さぁ、アイザック君、罪状を読み上げなさい。」
ユーリが促すと、アイザックは面倒くさそうに紙を開いた。
「えーっと、まず税の横領でしょー、そんで勝手に税を増やした罪でしょー、そんで賄賂を受け取ったり渡したりしてることでしょー、あ、これは僕たちに渡してたから証拠も何も、現行犯だよねー。そんでなんと、殺人、拷問、等々…キリがありませんでしたー。」
間の抜けた声にその場にいた者が皆ズルッとこけそうになった。
「ま、まぁ、そんなところだ。さぁ、この罪人を捕えよ。」
ユーリの掛け声とともに兵たちがシューベルに向かって突撃してくる。
「や、やめろ、お前たち、早くワシを守れ!」
シューベルは慌てて紗羅達が紛れ込んでいる兵たちがいるほうへ向かってきた。その兵たちはシューベルを守る形でユーリの兵たちに向き合う。
「おやおや、無駄な悪あがきとはこういうことを言うんだねぇ。早く捕まった方が身のためだと思うけど。」
ユーリが呆れた様子で話す。
「うるさいッ!!この場さえ逃れることが出来れば、お前たちにはワシを捕まえることなどできん。ワシはこの州で1、2を争う権力者だぞ?!」
兵の群れの中から、シューベルの反論の声が聞こえる。
「そうですか。ではこの場できっちりと捕えさせて頂きましょうか。」
ユーリの合図と共に兵たちが飛び掛かる。ユーリの兵も、シューベルの兵も、双方腕の立つ集団で、なかなか決着がつかない。
そうこうしている内に、こそこそとシューベルが逃げようとする。が、そこへ紗羅とアレク、ヴィンセントが立ちふさがった。
「な、なんだお前たち?!何をしている?!そこをどかんか!!」
味方であるはずの兵が行く手を阻み、動揺するシューベル。
「そうはいきません、旦那様。何故なら我らは…。」
紗羅の言葉と共に3人とも甲冑を脱ぎ、顔をあげ、紗羅がシューベルの目の前に馬牌を現した。
「彼らと同じ、暗行御史です。」
シューベルの顔からドッと脂汗が噴き出てた。
「お前たち、こんなことをして、ただで済むと思っているのか!!」
シューベルが紗羅に噛みつくように吠える。
「思っていますよ。…ホラ、あちらをご覧ください。」
紗羅がにーっこりと笑い、指をさす。シューベルが紗羅に言われるままその指が指し示す方向を見ると、兵の大群が押し寄せてきていた。
「な、なぜだ?!あれは州軍ではないか…ワシ以外に動かせるものなど…まさかッ!!?そんな、アレは…ッ!!」
シューベルは兵たちの前を歩く人物に気づき驚愕していた。
「ロヴィスコ州での最大の権力者、ロヴィスコ家の当主、ダージ・ロヴィスコだとッ?!何故あの方が!!?」
紗羅はシューベルが視線を向ける人物の両隣にいる男たちに手を振った。
「ご苦労様。イアン、ルイ。」
見慣れた2人の姿に紗羅同様、ヴィンセントもその無表情な顔を和らげた。
ちょーっとだけ、いつもより長めですね。そして思いのほかアイザックが活躍しませんでした。そんでもって、久々登場!!ルイとイアン(ちょっとだけ)。あまりキャラを覚えていません!!ブレたらすみませんー。




