*第70章~接触~
その日は雲一つない青空が広がっていた。活気あふれる街のとある場所に人々がこぞって集まる。人々が向かう先には大きく、頑丈なテントが張ってあり、人々は吸い込まれるようにそのテントの中に入っていった。
「さぁ、こちらへどうぞ。」
テントの前に立っていた2人の男に、ネズミのような男が、甲高い声で誘導した。2人はその男に誘われるまま、テントの中へ入っていく。
既にテントの中は大勢の人で埋め尽くされ、満席どころか、通路にまで人が溢れていた。ネズミのような男は2人をステージの真正面の席に案内した。
「いやぁ、大変でしたよ。何せ急きょ決まった公演なのに、客たちは昨日から大行列を成していましたからね。それもこれも、あなた方のためと思えば、何ともないのですがね。」
恩着せがましくネズミのような男が言う。2人の男のうち1人がネズミのような男に小袋を放り投げた。
「とっておけ。労い金だ。」
ネズミのような男は袋の中にずっしりと入った金貨を見ると、満足げな顔をして、その場を去った。
「さて、何をしかけてくるのやら…。」
「…。」
楽しそうに笑う男の横で、もう1人の男は興味なさそうにそっぽを向いた。
ドドンッ
地響きのような太鼓の音が鳴った。音に反応し、観客が一斉に舞台の上に視線を注ぐ。
ひらりと桜の花びらが舞台の上に舞い落ちる。そして花びらと共に、天井から淡い黄緑色のやわらかい衣装を身に纏った男か、女か分からない人間が降りてきた。まるで、その人間自身が桜の花びらを舞わせている風のように、ひらひらと舞う。
その幻想的な光景に皆が釘付けになっていると、突然ピタリと舞を止め、その場に座り込んだ。そのまま動かない様子を見て、観客たちがざわつく。
リンッ
透き通るような鈴の音が聞こえると、座り込んでいた人間がスッと立ち上がる。そして伏せていた顔を上げた。
そこに立っていたのは、確かに紗羅だった。だが、これまでの剣舞の際の男装や、芸妓のふりをしていた時よりも格段に美しかった。その化粧自体も中性的で、この世のものではないとまで思わせるものだった。
舞台の真ん前に座っていた2人の男もその姿に目を奪われ、恍惚とした顔を浮かべている。
紗羅は懐から水色の扇子を取り出し、それを優雅に舞わせる。すると床に散っていた花びらが扇子に吸い寄せられるように、再び舞い始めた。皆、息を飲み、食い入るようにその光景を見つめる。おそらく魔法の一種、誰もがそう思ったが、紗羅は詠唱をしていなかった。魔法陣も見当たらない。魔法を使うのに必要なことを一切行わず、だが魔法としか考えられないようなことをしている紗羅に人々は“奇跡”を感じた。
ある程度待ったところで、紗羅がクルリと一回転し、扇を閉じると、花びらは紗羅を包み、紗羅の姿を隠した。
ゴオーッッッ
突然突風が舞台に向かって吹いた。紗羅を包んでいた花びらは四方八方に飛び散る。次の瞬間、誰もが目を疑った。花びらがなくなったその場に、紗羅の姿がなかったからだ。紗羅の姿を探して、皆がキョロキョロと視線を動かす。
舞台上には紗羅はいない、そう確信を皆がしたとき、桜の花びらが再び動き始め、人型のような形を創った。
リンッ
鈴の音が鳴り、それと同時に人型を成していた桜の花びらが竜のようにテントの中を一周して、テントの外へ飛び出した。そして、その人型の花びらがいた場所には紗羅が現れた。
紗羅が芸を締めくくる礼をすると、一間をおいて盛大な拍手がわき上がった。鳴り止まない歓声と拍手の中で、観客たちが次々に紗羅に花束やプレゼントを持ってくる。さすがに持ちきれなくなり、紗羅はヴィンセントを呼んで、持ってもらった。
紗羅にプレゼントを渡したくて並んでいる女性たちの中に、男性が数人混ざっていた。その中の1人と紗羅は目があった。
順番が回ってきて、男が紗羅の前に立ち、深紅の薔薇の花束を手渡す。紗羅と男は互いに見つめあったまま、一言も言葉を交わさない。男は黙ったまま、その場を去った。
観客たちの声に尾を引かれながらも、紗羅は舞台から去り用意してもらった楽屋へ帰った。椅子へ座り、大きく息を吐く紗羅。追って、たくさんの荷物を抱えたヴィンセントも入ってきた。
「すごい量だな…。どうするこれ?」
紗羅が呆れてみていると、ヴィンセントがボンッと荷物を床に置き、ズカズカと紗羅の前に歩いてくる。そして、紗羅の前に置かれた、深紅の薔薇の花束を乱暴に掴み取る。
「…………これは、燃やす。」
ヴィンセントがそのまま楽屋を出ようとしたので、紗羅は慌てて止めた。
「待てよ。これはアイツらからのメッセージだぞ?早まるな。」
紗羅が花束を取り返し、再び椅子に座る。そして花束の中に手を突っ込み、何かを探る。
「うーーん…、お?あった。」
花束の中から手を引っこ抜くと、紗羅はカードを掴んでいた。そのカードを捲り、中に目を通す紗羅。そしてカードを畳み、ポイッと放り投げた。
「やはりな。僕の思っていた通りだ。」
満足げな顔を浮かべる紗羅に首を傾げるヴィンセント。その理由が知りたくて、カードを拾い上げて、中を見る。
〈 やぁ、貧乏人君。君にしてはよく考えて行動をしているようだね。だが、そろそろ期限が狭まっているからと言って、焦って私たちの邪魔はしないでおくれよ。僕は明日、やっと想い人と一夜を共にするチャンスを掴んだのだから。君はせいぜい、僕のために薔薇の花でも摘んでいてくれよ。〉
カードを閉じて、ヴィンセントが首を傾げる。
「分からないか?この時期、薔薇の花なんて、咲くわけないだろう?でも実際、あのユーリとかいう官吏はこれだけの見事な薔薇の花束を持って来た。…あるんだよ、薔薇の咲くところが。」
紗羅がニヤリと笑うと、ヴィンセントも理解した。
「それじゃあ、明日に向けて、今日の公演で得た情報の整理と、味方を作りに行こうか。」
深夜、人気のいなくなった街道で、ユーリとアイザックが並んで歩いている。
「さて、アレは気づくかな?」
ユーリが視線をアイザックに移す。アイザックはあくびをしながら答えた。
「ふわぁー、さぁ、気づくんじゃないですかー?」
「だといいが。やっと明日で質素な生活から離れられる。今から待ち遠しいよ。」
ユーリはそう言うと、足を速めた。
紗羅達が宿に帰ったのは既に日を跨いだ後だった。今まで落とす暇がなかった化粧を落とす。
(それにしても、こちらの世界にはあまりいいクレンジングがないんだな…。化粧を落とすのも一苦労だ。いっそ、自分で作ろうかな。)
顔を拭きながら、そんなことを考えていると、たくさんのプレゼントの山から一際目立つ高そうな箱が見えた。
「なんだ、これ。」
紗羅は少し興味がわき、箱を開ける。中身を見て、紗羅とヴィンセントは絶句した。
その中には、すべて黄金と、宝石でできた紗羅の顔の像があったのだ。
「一体何なんだ、これは。差出人は…。」
紗羅は箱についていたメッセージカードを見て、驚いたような顔をした後、ニヤリと笑った。
「ヴィンセント、喜べ。僕たちには運がついている。」
紗羅が手に持っていたカードをヴィンセントに投げ渡し、それを見たヴィンセントも、心なしかうれしそうな顔をしていた。
「さて、明日の決行時刻に間に合うよう、今日はもう寝て、明日の朝から行動を開始するぞ。」
紗羅はそう言うと、蝋燭の火を消した。
その晩、紗羅が眠りにつこうとした頃、窓も開いていないのに、風が吹いた。
「…アレク、来たか。」
紗羅がゆっくりと身体を起こすと、アレクが平伏していた。
「遅くなりまして、申し訳ございませんでした。」
「いい、気にするな。それで、ダラスはどうだった?」
紗羅が尋ねると、アレクは言いにくそうにしていた。
「どうした?口止めでもされているのか?」
紗羅がアレクの顔を覗き込むと、アレクは顔をひきつらせていた。
「黙っていたら分からないだろう。アレク、間違えるなよ?お前の主は僕だ。ダラスではない。例えそれが一国どころか世界を揺るがすことでも、お前は僕が望めばすべてを話さなければならない。」
紗羅が静かに、だか声に深みを乗せて話すと、アレクは重い口をゆっくりと開いた。
「た、確かに、主が仰せのとおり今まで神の器とされる赤子は全て、魂を封じられた状態で神をその身に封じさせています。そして、今の神の器は、光の国の現国王、ダラス・ライツの弟、サフィール・ライツに間違いないです。」
「そんなことは分かっている。それで、お前は勿論赤子に施される魔法のことも、何もかも知っていたんだよな?…何故黙っていた?」
紗羅の声色がより一層低くなる。アレクの顔は、吹き出した汗が止まらず、紗羅を凝視している。
「そ、それは…。」
「まさか、僕のためとか言わないよな?僕のためを思うのなら、話すべきだったと思わないか?現に今、僕はお前たちに対して不信感を抱いている。人に責任ある仕事をやらせるときに、汚いことは隠しておくというのは、おかしな話だろう?」
「……。」
アレクは何も言えず、紗羅の目から視線をそらすことも出来ず、ただ、顔を上げたまま固まっている。
「お前たちには少しがっかりした。それほどまでに僕を信用していなかったということか。」
「違いますッ!!」
アレクが必死に紗羅に訴える。
「主に黙っていたのは、主が今やるべきことを妨げないためでございます。それに、このことを知れば、主は王にはなって頂けないかと思い、言うに言えませんでした。」
アレクがギュッと目をつぶった。紗羅はアレクの顔を優しく持ち上げ、視線を合わせる。
「それを、信用していないというんじゃないのか?確かに気に喰わないやり方だ。だが、人の幸せというのは所詮、誰かの不幸の上に成り立つもの。仕方のないことだってある。けど、その誰かの不幸を知っていて、誰かを幸せにする者は、それなりの責任を持って、それをやり遂げる。お前たちは僕を無責任な王にするつもりか?」
「っ……。」
アレクは言葉を飲み込んだ。いや、放つ言葉が見つからなかった。
「僕は、無知で無責任な王にはならない。汚れ仕事なら進んでやる。それぐらいの覚悟は王になると決めたときから持っていたんだ。お前たちはそんな僕を裏切ったんだ。」
紗羅はアレクの顔から手を離し、再びベッドにもぐりこんだ。
「…あ、あるじ。」
「もう寝る。明日は早いから話しかけるな。」
紗羅の拒絶の言葉に、アレクは悲痛な表情を浮かべ、その場から去った。
アレクさんとうとう紗羅に見放されてしまいましたねー。さてさて、暗行御史編も大詰めです。アイザックの働きを乞うご期待!!…しないほうがいいですね。




