*第69章~戻った街で~
「それはいけません、主。」
薄暗い闇の中、紗羅がアレクにしたことと同じようにヴィンセントにも魔法を使おうとした時、アレクの止められた。
「なぜだ?早くこいつを起こしてここから去らねばいけないだろう?」
(それに、肉体と魂が離れた状態というのが今後悪影響を及ぼさないとも限らないしな。)
紗羅は目を覚まさないヴィンセントの身体と、彼に似せた人形を交互に見た。
「ですが、主のやり方ではまたお体に負担がかかります。どうか、この者はあの女魔導師の元へ連れて行き、あの者が魔法を施すようにして下さい。」
「あの者とは、ジュリアのことか?」
紗羅の問いにアレクがこくりと頷く。
「だが、ジュリアの場所はすぐには分からない。そうしている間にも、こいつに何かが起きたらどうするんだ?それに僕たちがここに連れてこられてからどれくらいの時間が経ったか分からない。早く任務へ戻らねばならないから、いちいちジュリアを探している暇など、ない。」
「ですが、それでは―――」
アレクの必死の訴えを紗羅は一睨みしてその後の言葉を紡ぐのを止めさせた。
「そもそも、お前がついていながら、あんな男にお前共々むざむざ捕えられたのが悪いだろう?全く、お前はその迂闊さをどうにかしないと、僕はお前を見限るからな。」
紗羅の冷たい声に、アレクが鳴きそうになるのをグッと堪える。全くもって、紗羅の言う通りで、何も言えないアレクに、紗羅はため息をついた。
「すまない、八つ当たりだ。少し機嫌が悪いんだ。だから、お前もあまり僕にはむかうな。」
「……御意。」
アレクはしぶしぶ、引き下がった。
紗羅はアレクにした時と同じように、まず魔道書を開いた。
「我、唱える者。己が戒めを解き放て。【解放】。」
再びパチンと音が鳴るが、やはり人形にも、ヴィンセントにも反応がない。仕方なく紗羅は首筋にある黒い水晶のようなものに手を当て、魔力を注ぎ込む。先ほど1回アレクにも施しているため、そのくらいの魔力を注げばよいか、分かっていた。
すぐさま水晶のようなものはパキンとひびが入り、紅い煙が立ち上がりそのままその煙はヴィンセントの身体へ入っていった。
(どうしてアレクの時に出て来たものと違うのだろうか…。そういえば、ヴィンセントは生命の国の出身だな。何か関係あるのか?)
冷静に事と次第を見守っていた紗羅がふと疑問を頭に浮かべていると、ヴィンセントの大きな体がピクリと動いた。
「…………ここは?」
辺りを伺うようにゆっくりと見回すと、紗羅達に気づいた。
「よかった、目を覚ましたか。起きて早々すまないが、すぐここからでるぞ?」
ヴィンセントが状況を把握するよりも早く、紗羅が言い放ったため、ヴィンセントは疑問の答えを聞けないまま、身体を起こした。
紗羅はヴィンセントの腕を掴み、魔道書を開く。
「僕はヴィンセントを連れて部屋に戻るから、アレクはダラスにこのことを報告してくれ。」
「御意。」
アレクが応え、そのまま姿を消した。紗羅はアレクが去るのを見送った後、息を吸った。
「我、唱える者。かの場所へ扉よ、開け。【移動】。」
ギュインと引っ張られるような感覚ののち、紗羅とヴィンセントはロヴィスコの自分たちが泊まっている宿の部屋にいた。
「なんとか無事に戻れたな。…どれくらい時間が経ったか聞いてくるから、お前は少しここで待っていてくれるか?」
紗羅がまだボーっとしているヴィンセントを振り返る。ヴィンセントはうつろな目で紗羅の姿を捉えると、首をゆっくり横に振った。
「………俺も行く。」
一言そう言うと、のそりと動き出す。特にヴィンセントの同行を断る理由が見つからず、紗羅は仕方なくヴィンセントと共に部屋を出た。
部屋を出て、1階におりフロントの中年の女性に声をかける。女性は紗羅達の顔を見るとギョッとしていた。
「あんたたち、どっから出て来たんだい?一体今までどこに行っていたのさ!」
女性の驚き様に紗羅はそれほどの時間が経っていたということに気づいた。
「すみません、少しトラブルが起きまして…ところで今は何日でしょうか?」
「あんたたち、本当に大丈夫かい?今は13日だよ。」
紗羅は女性の返事に少し動揺した。
(僕たちがあの日姿を消してから既に7日経っている。そんなに長い間姿を消していたなんて…。アイザックたちはどうしているだろうか。もうそろそろ任務期間も終えてしまうし、確認してみるか。)
紗羅がいろいろと考えていると、言いにくそうに女性が口を開いた。
「あのさ…お前たち今この州に来ているお役人様と知り合いなのかい?」
「え?」
女性から思いもよらない言葉を聞き、思わず聞き返す紗羅。
「いや、お前たちがいなくなってから、何度かだらしない男がお前たちを訪ねて来たんだよ。聞けば、その男と、そいつと一緒にいる人がこの州の役人を取り締まるために国から派遣されたお役人様っていうんだから、あたしゃ驚いたよ?それにそんな人が何度も訪ねてくるなんて、あんたたち何モンだい?」
興味津々といった感じに身を乗り出して聞いてくる女性に紗羅は少し戸惑った。
「いえ、僕たちはただの旅芸人です。あの方たちは僕たちの芸のお客様です。きっと、依頼のために訪れたのでしょう。」
咄嗟にそう嘘をついてごまかす紗羅に女性はホッとしたような顔をした。
「そうかい、ならいいんだ。」
女性の言っている意味が分からず、紗羅は首を傾げる。その紗羅の不思議な顔を見て、女性が驚く。
「あんたたち、知らないのかい?あんたを訪ねてきたお役人様たち、すごく評判悪いんだよ?なんでも、賄賂をもらって不正を見逃してるって…。おかげで、この数日でみーんな死んだようになっているのさ。お前たちがあの役人と知り合いだったら、文句を言ってやろうと思っていたのさ。」
紗羅は咄嗟についた嘘が功を奏したと、胸をなでおろすと同時に、紗羅の背後でヴィンセントが不機嫌になっているのが分かった。
(確かに、そこまで悪い評判が広まるようなことをしているあいつらにはいい思いをしないだろうな。…だがやはり私はそこにあのユーリとかいう男の考えがある気がするんだが…。とりあえず、アイツらに会いに行くというのはよした方がいいな。だが、僕たちの存在を知らせなければいけないし。)
少し、考え込んだ後、紗羅は思い出したように踵を返して部屋に戻り、そして再び会談を駆け下りて、ヴィンセントに太鼓を渡した。
「さ、行くぞ。」
ヴィンセントも、紗羅が太鼓を差し出した意味を理解し、紗羅の後に続いて宿を出た。
紗羅達は街の中の小さい広場のようになっているところで足を止め、ヴィンセントはそこに腰を下ろした。
紗羅が背中にある竜剣を抜き、それを掲げていると、以前紗羅の剣舞を見たことがある女性たちが一斉に詰め寄ってきた。
ポン
ヴィンセントが太鼓を打つと、紗羅は軽やかに舞い始め、太鼓の音に合わせるように踊る。3分ほどたったところで辺りは集まった人で埋め尽くされていた。
剣舞が終わり、紗羅が礼をすると、盛大な拍手が響き渡り、次々とお金が投げ込まれてきた。
「あんたたち、まだこの街にいたんだねぇ。最近見ないからまた旅に出たのかと思ったよ。」
観客の1人の女性が口を開くと、周りにいた客たちも同じことを聞いてきた。
「申し訳ございません。私用がございまして…。それと僕たちは次の公演が終わったらこの街を出る予定ですので、できれば盛大に披露したいのですが…。」
「街を出る」という紗羅の言葉に観客たちが不満を口々に言い始める。そんな中で観客たちの中にいた、身なりの綺麗な女性が、おずおずと口を開く。
「あの、よろしければうちの劇場でやりませんか?」
女性がそう言うと、周りから「それがいい」と賛同の声が上がった。
「劇場って?」
紗羅が女性の顔を覗き込むように聞くと、女性は顔を真っ赤にした。
「あ、あの、うちの家大きな劇場を持ってて、げ、芸人の方たちがよくそこで芸を披露しているんですけど、そ、そこでよければ是非、公演をしていただきたいのですが…。」
まともに紗羅の顔を見れず、しどろもどろに話す女性に紗羅はふわりと笑った。
「ありがとう。是非そうさせて頂くよ。公演は明日がいいんだけど、できるかい?」
「は、はい。」
緊張して裏返った声で女性が返事をした。紗羅はそのまま、観客たちを見渡して、口を大きく開いた。
「皆様、という訳ですので、明日は是非とも僕たちの公演を見に来てください。あと、いっぱいお客さんに見てほしいので、できればこのことを知り合いの方にも話して頂き、知り合いの方も誘って、大勢でいらしてください。」
紗羅が照れたように言うと、観客たちから笑いがこぼれた。
紗羅のもくろみ通り、街中、それどころかロヴィスコ中紗羅達の公演の話でもちきりだった。もちろんその話は渦中の街の宿に泊まっている彼らの耳にも届いた。
「へぇ、あの者たち戻ってきたのか。…それにしてもそのことを報告に来ないで芸人としての噂で知らせるなんて…意外と頭がいいのかな。どう思う?」
ユーリが部屋の中にいるアイザックに聞く。
「さぁ。ま、無事ならいいんじゃないっすか?」
気のない返事にユーリはため息をつく。
「やれやれ、君もしっかり協力してくれないと困るよ…。そろそろ詰めだからね。」
そう言うと、ユーリは薄く笑った。
お盆で中々更新できませんでした。さて、いきなり任務も終盤になってしまいました。ええ、7日間分すっ飛ばしてますよ。今回久々に登場したアイザックですが、チョロッとしか出れませんでした。次回、彼は活躍するんでしょうか?!




