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*第68章~神の器~



 薄暗い闇の中で紗羅とサフィールは2人きりでいた。互いに見つめあったまま、幾分かの時が過ぎた。 沙紀に沈黙を破ったのはサフィールだった。サフィールは愉快そうに笑みを浮かべる。

「そうあまり怖い顔をするな。お前がこの国で過ごすのはお前にとってもいいことだと思うんだが。」

 サフィールの言っている意味が分からず、紗羅は怪訝な顔をする。

「どういう意味だ?」

「あのままお前が風の国の王になってもお前自身幸せにはなれないという意味だ。それにいずれ我が影の国の闇の勢力が各国に侵入する。そうなれば王など、意味のないものになる。」

「…お前たちが侵入するのに僕の存在は邪魔になる、とも聞こえるが?」

 紗羅の言葉に、サフィールがくつくつと笑う。

「確かに、お前が王になれば、結界が盤石のものとなるだろう。だが、既に我らの勢力は風の国だけでなく、他国も脅かしている。今更、お前が王になろうとならまいと、関係などない。」

 紗羅はサフィールの目を見つめたまま、一呼吸おいて、口を開いた。

「お前の目的はなんだ?何故歴代の神の器達が誰もやらなかったことをする?」

 紗羅の質問に、サフィールの顔から笑みが消えた。

「…お前、何も知らなかったんだな。」

 意味深な発言をするサフィールに紗羅が不快な顔をする。

「何も、とはなんだ?」

 サフィールは再び笑みを浮かべた。だが、先ほどの笑みとは異なり、目が一切笑っておらず、瞳の奥に深い闇の色をともしていた。

「俺たち神の器にどのようにして神を封印されるか、知っているか?」

「?確か赤子の時に封印してそのまま影の国へ送られるのではないのか。」

「そうだ。だが、その赤子が成長した時、神を宿した者たちははいずれ脅威になる。そう、今の俺のように…。そう考えた初代の王たちは赤子に神を封印するとともに、もう1つ魔法を施した。」

 紗羅は心の底が冷えていくのが分かった。サフィールの顔から視線を外すことが出来なかった。

「まさか…。」

「そのまさかだ。赤子の魂を魔法で封じるんだ。一生…いや、死んでも魂は封印されたまま、転生することもない。」

 紗羅は衝撃のあまり、頭が真っ白になった。サフィールは紗羅の反応に満足しながらも紗羅に話を続ける。

「魂を封じられた赤子はその身が神を抑えきれなくなるまでこの影の国へ閉じ込められ、自分がいかにひどい仕打ちを受けているかも知ることのないまま次の器との交代の時が来ると、使い捨てのように埋められる。まだ息があってもだ。」

 紗羅の頬を汗が伝う。まだ信じることが出来ず、大きく目を見開いている。

「だ、だけどお前はちゃんと意志があるではないか!!」

 精一杯の声を張り上げて、紗羅が言う。サフィールは両手を大きく広げた。

「それは俺の魔力があまりにも大きく、俺の魂を封じた魔導師全員の力を持ってしても完全に俺の魂を封じることが出来なかったからだ。だが、それでもここまで自由になるのに10年かかった。」

「…ッ。」

 紗羅の言葉は声にならなかった。それだけ、サフィールの言葉は紗羅に深い衝撃を与えたのだ。

(これは、アレクも知っていることなのか…。いや、もちろん知っているだろうな。何故黙っていた?せめて、アイツらの口から聞きたかったな…。)

 紗羅はさみしさと憤りを感じ、苦い顔をした。

「これでも、お前はあの世界の、国の王になるというのか?」

 サフィールが紗羅に詰め寄る。紗羅はしばらく俯いた。そして、顔を上げ、まっすぐサフィールを見る。

「それでも、僕は王になるよ。たとえれが偽りの幸せの上に成り立っているとしても。」

「な…んだとッ?!」

 紗羅の決意の表情にサフィールが初めて動揺を現した。だが、すぐに平静を取り戻す。

「フッ、それほどまでに王になる理由があるのか。……あのシーラという子供か。」

 紗羅の瞳が揺れる。サフィールは確信をもったように歪んだ笑みを浮かべた。

「そうか。ではあの子供を連れて来ればお前はここにとどまるか?それとも心残りの存在を消そうか―――」


 ブチブチブチッッッッ!!!!


 紗羅の右手が蔦を引きちぎるとともに音が鳴った。

「シーラに手を出したら………殺すよ?」

 空気がビリッと揺れる。紗羅は瞳の奥に、怒りを通り越した底知れぬ闇を移していた。

「フフフフフッハーッハハハハハッ!!」

 サフィールが声を上げて笑い出す。

「やはり、お前には闇がふさわしい。お前は誰よりも醜く、汚く、それでいて、驚くほど美しいな。」

「黙れ。」

 紗羅が静かに怒る。サフィールは愉しそうに続ける。

「お前が元いた世界でのことは知っているぞ?以前【幻影ファントム】で除いたからな。お前が犯した罪もな。」

「やめろ…。」

 紗羅の声が震える。

「お前は暁羅とかいう男の代わりにたくさんの人間を破滅に追い込んだり、酷いときは命も奪っていたな。」

「…やめろ!」

 紗羅の顔からみるみる血の気が引いていく。

「暁羅とかいう男に扮している時に命を狙われた時の返り討ちならまだしも、お前は1度だけ、罪のない人間を殺したな。」

「黙れ、やめるんだ!!」

 脂汗がしたたり落ちる。

「お前は、ただ護衛をしていた男を殺したんだ!それもその男の娘の前で!!」

「やめろーーーーーーーッ!!!!!」


 カッッッ!!


 紗羅の叫びと共に緑色の閃光が闇の空間を満たした。紗羅を捕えていた蔦は一瞬の間に灰となり、紗羅の身体からは煙が上がっている。

「よくもこれだけ僕に不快な思いをさせてくれたな…。お前、覚悟は出来ているだろうな。」

 静かに、だが怒気を含んだ声で紗羅がサフィールに言う。サフィールはその光景を見て、恍惚の表情になる。

「素晴らしい。これほど美しいものは見たことがない。」

 満足げなサフィールを紗羅が睨みつける。

「その余裕、一瞬にして崩してやるよ。…こい!」

 紗羅が手を伸ばすと、竜剣が飛んできて、紗羅手に収まった。鈍い光をまとわせながら、紗羅が顔の前に竜剣をかざす。次の瞬間、目にもとまらぬ速さでサフィールの背後に立ち、剣を振り下ろす。サフィールはどこから取り出したのか、いつの間にか黒剣wお右手に持ち、紗羅の竜剣を受け止める。ガキンッと小気味良い音を鳴らし、激しく打ち合う2人。

「なかなかやるな…。だが、これはどうかな?」

 紗羅が一歩後ろに下がり、竜剣を構えると、紗羅の周りを風が包んだ。更に竜剣にも水流を纏わせ、思いっきり竜剣を振り下ろす。すると複数の水の渦が竜剣から飛び出し、更に紗羅の身を包んでいた風が刃となり、四方八方からサフィールに襲い掛かる。


 ドガンッッガラガラッドシャーンッッッ!!!


 激しい音と共にサフィールのいたところが崩れた。そこに穴が開き、サフィールの姿が消えている。

「ちッ!逃げられたか…。」

 手ごたえがなく、確信する紗羅。

『さすがは俺が見込んだ女だ。お前を手に入れるのはまた次の機会にする。次は絶対に逃さないからな。』

 どこからともなく辺りにサフィールの声が響く。紗羅は不快感を顔に表しながら、竜剣を鞘に納めた。そして何かの気配を感じ、紗羅があけた穴の中を覗く。

「!!?アレク、ヴィンセント!!!…の身体か?」

 穴の底には折り重なるようにアレクとヴィンセントの身体が寝かせてあった。紗羅は穴の中へ飛び降り、アレク達に近寄り揺さぶるが、やはり反応がない。

「魂はまだ抜けたままか。風たちよ!!アレク達の魂の入った人形を探してくれないか!」

 紗羅は空間に向かって叫んだ。

『かしこまりました。今しばらくお待ちくださいませ。』

 透き通るような声が返ってきて、紗羅を風が通り抜けて行った。紗羅はアレクを抱きしめ、昂ぶった感情を抑える。

(大丈夫、大丈夫、大丈夫。私はまだ守れるものがある。怒りに、闇に囚われたりしない…。)

 手が震えていたが、紗羅は目をつぶって見ないようにした。


 しばらくして暖かい風が紗羅をくるんだ。

『サラ様、見つけました。わたくし達の中でも力持ちの風が今、連れて参ります。』

 紗羅はその声にハッと気づき、その風邪が吹いてきた方向を見た。ゴオーッと音を立てて、大きな風の塊が、2つの人形を運んでくる。

「ありがとう、みんな。」

 紗羅はホッと胸をなでおろし、その人形を受け取った。2体の人形のうち、アレクの姿をかたどった人形の額と自分の額を合わせて、強く念じる。

(アレク、聞こえるか?アレク!!)

『………るじ?』

 かすかに、アレクが反応したのが分かった。

(確かにアレクの魂はこの中にある…。だがこの魔法はジュリアにも聞いたことがない…。一体どうすれば……?)

 紗羅が思案していると、アレクの人形の首のところに変な感触があるのに気付いた。くるりと裏返すと、以前アレクを閉じ込めていた黒い水晶のようなものが埋め込まれている。ヴィンセントの人形も確認すると同じところに黒い水晶のようなものがあった。

(…もしかしたら、これがアレク達の魂を封じ込める役割をしているのかもしれない。…一か八かだが、やってみるか。)

 紗羅は魔道書を取り出し、ページを捲る。そして2つの人形を背を上にして並べ、黒い水晶のようなものの上に手をかざす。


「我、唱える者。己が戒めを解き放て。【解放レリーズ】。」

 パチンッと音がはじける。紗羅は2人の本体の方に視線を移すが、2人は目を覚まさない。

(どういうことだ?この魔法じゃだめなのか?手ごたえはあったはずだが…。仕方ない。)

 紗羅はアレクの方の水晶のようなものに手を当て、力を込めた。身体の中にある魔力をその水晶のようなものへ向かって注ぎ込む。程なくして、ひびが入った。そのひびの隙間から大きな風が飛び出し、アレクの本体の中へ入っていった。紗羅は額からにじみ出る汗をぬぐい、アレクに駆け寄る。

「アレク、聞こえるか?」

 紗羅がアレクの身体を揺り動かすと、アレクの瞼が薄く開いた。

「あ…るじですか?」

 紗羅は安堵を顔ににじませて、「ああ。」と頷いた。

お怒りモードの紗羅様。次話でその怒りの矛先がアレクに向かうかも?!そしてそろそろ任務再開したいところです。

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