*第67章~闇の力~
部屋の外から聞こえる雨音は、紗羅の動揺を表すかのように大きな音を立てていた。たった5秒。その間にいるべき者たちが忽然と姿を消した。
(完全に油断していたな。アレクも、ヴィンセントも…私も。)
誰もいない部屋に入り、ベッドに腰をおろし頭を抱える。動揺する心を落ち着け、頭を整理し始めた。
(これだけの力を持つ者があんな男の言いなりになっていたってのはおかしいな。きっと、ジョン・スパードもただ利用されていただけなのだろう。だから不要になって殺された。ミーシャ…イーグルは違う誰かに仕えているはず。最初はスパードと取引していた州官の内の誰かだと思っていたが…。それではアレク達を連れ去る理由がない。それも僕がいなくなった途端に消えるなんて…。初めから知ってて近づいた?)
1つの答えを導き出し、紗羅は自己嫌悪に陥った。
(ははッ、私ともあろうものがたかが少女の姿をしていただけで信用してしまうなんて…。いや、違うな。あの子が重なったんだ…。)
〈――――お父さんッッ!!いっちゃやだぁぁぁ!!!………っし!!人殺しッ!!お父さんを返せッ!!!〉
紗羅の頭の中で少女の叫び声が反芻する。
(せっかく忘れかけてたのに…全く余計なことしてくれたよな…イーグル?)
ビリッと空気が震える。風たちが自分に脅えているのが紗羅には分かった。紗羅は昂ぶった感情を抑え、深呼吸をした。もう一度頭を整理して、アレク達がどこへ行ったのかを考える。
(…そうだ、風はどこにでもあるというのなら、何があったのか、風たちに聞けばいいのか。でも私が風の声を聞いたのは聖域と神域でだけだ。でも、アレクはどこでも風の声を聞けていた。あいつにできるなら…。)
紗羅は瞼を閉じ、そして大きく見開いた。
「風たちよ。そなたたちを司る神獣の主が聞く。ここにいた者たちの行方を教えてはくれないか?」
透き通るような声を空気に染み渡らせていった。少し間をおいて、紗羅の耳元を風が通り抜ける。
すると、どこからともなく声が降り注いできた。
『陛下、私たちで知っていることであれば何でもお話します。』
ここでの紗羅の唯一の味方ともいえる声に紗羅は安堵した。
「ありがとう。ではまず、あの5秒の間に何が起きたのか、教えてもらえるだろうか。」
風たちの話によると、紗羅が部屋を出た瞬間、ミーシャと呼ばれていた少女が起き上がり、何らかの呪文を唱えると、部屋の中一面、黒い靄に包まれ、一瞬にして3人の姿が消えていたのだという。
「その靄って、どこから出て来たか分かるか?」
紗羅が聞くと、ふわりと風が舞い、1枚の紙を紗羅の手のひらに落とした。その紙を見ると魔法陣が描かれていた。
(見たことないが、この魔法陣の構成からすると、移動魔法の一種だろう。ジュリアに聞きたいところだが、今はそんな時間もないな。移動魔法なら、【逆探知】で転送先を調べられるはず…この魔法陣を残していったこと自体、誘いとしか思えないが、今は乗るしかないな。)
紗羅は魔道書を捲り魔法陣が描かれた紙を右手に持った。
「我、唱える者。この魔法を使いし者を追跡せよ。【逆探知】。」
紗羅の捲ったページに描かれた魔法陣と右手に持った紙の上に描かれた魔法陣が同時に光だし、紗羅は右手の髪の魔法陣の中に吸い込まれていった。移動は思ったよりも長く、そして最初に【移動】を使った時と同じような体のねじれる感覚に襲われた。
数分後、紗羅は真っ暗な闇の中にいた。とりあえず状況を把握するために、紗羅は魔道書を捲った。たとえ目が見えなくても、紗羅は何ページにどの魔法が描かれているか覚えていたので、目的のページにすぐたどり着くことが出来た。
「我、唱える者。光を照らせ。【照明】。」
辺りがみるみる白い光で照らされ、紗羅は彼らを見た。檻に入れられ、座り込むアレクとヴィンセントを。
「アレク!!」
紗羅が叫ぶが、何故か2人はこちらに気づかず、下を向いている。紗羅は思わず、檻の方へ駆け寄る。そして気づいた。
(こ…れは、なんだ?人形か?でも、アレクの気配を確かに感じるのだが…。)
コツッ
紗羅が戸惑っていると、後ろの方で足音が聞こえ、紗羅は反射的に振り向いた。
「こんにちは、お兄さん。」
そこに立っていたのは1人の少女。
「ミーシャ…いや、イーグルと言った方が正しいか?」
少女の姿をした男はニイッと笑みを浮かべた。
「あの鷲の魔物に聞いたの?まさかこんなに早くたどり着くなんて思ってもみなかったよ。まぁ、きっと聖域に行ったんだと思ったから、すぐに手を打ったんだけどね。」
何もかもすべて知っているというそぶりを見せながらイーグルはゆっくりと紗羅に歩み寄った。紗羅は背中から竜剣を引き抜き、構える。
「そんなに警戒しないでよぉ。こーんなか弱い少女に向かって剣を向けるなんて、王様になろうって人がそんなんでいいの?」
「少女になら向けないが、それがただの女装癖のある男にならいくらでも向けるよ。」
茶化すように笑うイーグルに紗羅は平常心で応える。
「さぁ、2人をどこへやった?…違うな、2人の身体をどこへやったんだ?」
紗羅の質問にイーグルの足がピタリと止まった。
「よく分かったね。この人形に魂が封じ込められているって。」
イーグルは興味深そうに紗羅を見た。紗羅はイーグルの答えを聞いて、ニヤリと笑った。
「やっぱり封じ込められていたんだな。」
紗羅の笑みの意図を理解したイーグルは不機嫌な顔になった。
「お兄さん、かまをかけたね?」
「まあね。50%しか自信はなかったんだが、今ので確信を得ることを出来たよ。だが、これは自信をもって言えるぞ。お前、ゼダや黒フードの男の仲間だな。」
紗羅の言葉に、イーグルが驚いた。
「…なんでわかったの?」
「お前に最初にあったときに気づくべきだったんだが、お前たち匂いが同じなんだよ。それとあの魔法陣。闇属性の魔法を使う人間で僕たちを付け狙うのはあいつ等しか今のところ心当たりがないからな。さて、そろそろ2人を返してもらおうか。」
紗羅が竜剣の柄を強く握り締める。そして思いっきり剣を振った。剣の刃からは水の刃が飛び出し、イーグルに向かって一直線に進む。イーグルはそれを避けて体制を立て直そうとする。だが、紗羅が一瞬のうちにイーグルの懐に入り込み、刃をイーグルの首筋に当てた。
「さぁ、今すぐ答えないとお前の首が飛ぶぞ?」
紗羅の瞳が鈍く光る。イーグルは一瞬焦ったような顔をしたが、突然ニヤリと笑った。紗羅がその笑みの意味に気づいた時は既に遅かった。
紗羅がバッと後ろを振り返ると、黒いフードの男がいつのまにか真後ろに立っており、紗羅の腕を掴んだ。
「くッ…放せ!!」
カランッと音を立てて紗羅の手から竜剣が落ちた。紗羅は掴まれた腕からみるみる力が抜けていき、やがて意識が薄れていく。最期に紗羅が見たのはフードの中の男の顔。誰かの面影を残した男の顔に紗羅は唾を吐いてやがて意識がなくなった。
ピチョン
何か水滴が落ちる音が聞こえ、紗羅は目を覚ました。身体を動かそうと思ったが、何故か身動きが取れない。やがて慣れてきた目で自分の手足を見ると、黒い蔦で拘束されていた。
「な…んだ?これは…。僕は一体……そうだ、イーグル!!」
紗羅はバッと顔を上げて、目的の人間を探した。だが、紗羅の目に入ったのは階段の上にある黒と銀の椅子に座った男だった。紗羅はその男を睨みつけた。
「おい、お前!!僕を捕えてどうするつもりだ!!アレクとヴィンセントをどこへやった?!」
2人の人形が入った檻もなくなっていることに気づき、紗羅が聞いた。男は不気味な笑みを浮かべて紗羅の元へ歩み寄った。
「やっと2人きりで話せるな。俺はずっとお前に会いたかったんだ。」
低く、心の中に入ってくるような声に、紗羅は鳥肌が立った。
「僕はお前なんかに会いたくないし、話すこともない。早く僕たちを解放しろ!!」
紗羅の拒絶に男は楽しそうに笑った。
「解放したら、お前は光の国へ戻るんだろう?俺の兄の元へ。」
“兄”という言葉に紗羅は目を見開いた。
(そうだ、こいつはジュダスやダラスに雰囲気が似ているんだ。まさか…。)
「そのまさかだよ。」
自分の考えが読まれたかのような発言に紗羅はギョッとした。一筋の汗が紗羅の頬を伝う。
「そんなに脅えるな。俺の名はサフィール。光の国の王、ダラス・ライツの弟にして現影の王国の王…神の器だ。」
「…っ。」
紗羅は言葉が出なかった。薄々この男が影の王国に関わるものであることは分かっていたが、それ以上に、ダラスが弟を生贄として差し出していたことに、それを紗羅に言わなかったことに、紗羅は自分でも驚くほど傷ついていた。
(結局、あいつらも私を信用しきれていなかったということか。あの時カイルが口をつぐんだのもこれを隠すためか…。私としたことが、思っていた以上にあいつらを信用していたんだな。)
紗羅は自虐的な笑みを浮かべ、やがてサフィールを見た。
「それで、その影の王国の王様とやらが僕に何の用だ?」
紗羅の強気の態度にサフィールはコツコツと紗羅に近づき、そしてそっと顔に手を触れた。
「お前はこれから影の王国で暮らすんだ。お前は俺のモノだ。」
「なッ??!」
サフィールの言葉に反発しようとしたが、紗羅はそのサフィールの瞳の奥の闇に悪寒が走り、何も言うことが出来なかった。
結構早く敵の正体が分かってしまいましたねー。元々早めに正体をばらそうと考えていましたが…。それにしてもアレクさん、何回捕まればいいんですかね。彼らに。
さてさて、紗羅さん大ピンチに陥っていますが、今後の展開をお楽しみにッ!




