*第5章~村人とシーラ~
シーラと共に森を抜けると、すぐ目の前に小さな村があった。
「ここがあたしの村だよ。」
紗羅の手をぐいっと引っ張り、シーラは紗羅を村へ案内した。
村に入る前に紗羅は、シーラに約束をさせた。
「いい?シーラ。他の人にはあの白い虎のことは内緒にしててくれる?」
「どうして?」
「あの虎はね、すぐにどっかに消えちゃったし、皆が怖がってあの虎を退治に行ったら困るだろ?」
「でもあの子は魔物なんかじゃないと思うけど…。」
「うん、魔物じゃないけど、皆が勘違いするかもしれないだろ?だから、あのことはシーラと僕だけの秘密だ。約束だよ?」
「わかった。」
ニコッと笑い、シーラは早く村へ入ろうと言った。
村の入り口付近に行くと、夜更けも近いのに村の中がざわついているのが分かる。
村に入り、あたりを伺うと、村の広場のようなところに大勢の人だかりができている。その中央にいる恰幅の良い中年の女性がシーラと紗羅に気づき、怒りの形相で近づいてくる。
「シーラ!!あんたは一体どこをほっつき歩いていたんだ!こんな時間まで!!」
おばさんにしかられ脅えるシーラ。
「ご、ごめんなさい。アンおばさん。お兄ちゃんと遊んでいたらいつのまにか日が暮れて――。」
「遊んでいたって?!可哀想なお前を親切に育ててやっているあたしらに少しは働いて恩返しをしようとは思わないのかい?!」
「ごめんなさい。」
そう言ってぎゅっと紗羅の手を握り締めるシーラを見かねて紗羅が仲裁に入る。
「あまり叱らないでください。この子は何も悪くありません。森で記憶を失っていた僕に親切にいろいろ教えてくれていたんです。」
突然声をかけた主のほうに目をやるアン。そして目を見開く。
「こりゃ驚いた。こんな綺麗な人見たことがないわ。」
まじまじと紗羅を値踏みするような視線で見る。
「あんた一体何者だい?」
(人の話を聞いていないのか、このおばさんは…)
少しイラつきながら、紗羅はもう一度アンに向かって話をした。
「気づいたら森の中にいて、それ以前の記憶がないんです。ここが一体どこなのか、自分が何者なのかも思い出せません。」
自分の状況を説明するとややこしい話になりそうだったので、シーラにも、村の人にも記憶喪失ということにしておいた。そうすれば、この世界の情報を知らなくても不信に思われることなどないだろうから。
不安そうにそう言う紗羅を見て、アンはなぜかうれしそうににっこりと笑い、紗羅に言った。
「あらあら、可哀想に。ね、よかったら今晩はうちに泊まっていきなさい。ゆっくり休むといいよ。そうすれば何か思い出すかも。」
アンがそういうと、周りで一部始終を見ていた村人たちが同じようににこにこ笑いながら、口を揃えて
「そうしたほうがいい、夜は魔物もでるし、そのほうが安全だよ。」
と言って、しきりに村に泊まることを進めてきた。
もともと村に泊めてもらおうと思ってシーラについてきたが、この不自然な村人たちの笑顔には見覚えがある。
――そう、元の世界で私が暁羅のフリをしていた時、暁羅に取り入るため私に向けられた大人たちの嘘の笑顔。
(この人たちは何かたくらんでいるようだな。)
『そのようでございますが、確かに村人たちの言うとおり、夜は危険です。ここは様子を伺いながら言うとおりにされてみてはいかがでしょうか。』
独り言のように自問自答していた自分の考えにアレクから返事が返ってきた。
(そうだな、そうするか。)
「では、お言葉に甘えさせていただくことにします。」
にっこりと笑いかけ、紗羅はアンに言った。
「そうかい、それはよかった。さあ、ついておいで、我が家はこっちだよ。」
再び不自然な笑みを浮かべながら案内をするアンに対しての不信は、表情を強張らせ、何か言いたげに見てくるシーラの顔を見て、ますます強まった。
「あの…おにちゃ――。」
「シーラ!!何をしてるんだ。あんたは早く夕飯の支度をしな!」
何かを伝えようとするシーラの言葉を急にさえぎり、ものすごい形相でアンはシーラを引っ張って行った。
アンに引っ張られながらも何かを伝えようとするシーラに紗羅は『ダイジョウブ』と口パクで応えた。
村の家はどれも移民族のテントのような家でその中でも一番大きなテントがアンの家だった。
家族はアンとシーラの他に村長と呼ばれるアンの夫のダン、二人の娘であるミラとエラの姉妹の3人。シーラは家族というより召使のような扱いを受けていた。
夕餉の支度ができ、宴会のようにたくさんの料理とお酒がふるまわれた。この世界の食べ物は元の世界と似ていて、今日のメニューはニンジンのスープのようなものと、青菜の和え物、羊の肉の燻製に、お粥、果物等。材料を見せてもらったが、やはり、元の世界のものとほぼ同じだった。
夕餉の食卓を囲みながら、紗羅はアンにシーラとはどういう関係なのか聞いた。
「この子はね、両親を魔物に食い殺されて身寄りがいなくなったから村長であるうちの人が引き取ることになったんだよ。でも体が弱くて愚図だからね。ちっとも役に立たないよ。」
アンがそういうと、クスクスとミラとエラが笑った。
この家族のシーラに対する態度に怒りが湧いてきたとき、シーラが紗羅のあいたグラスに新しい酒を注ぎにきた。
その手はなぜか震えており、時折グラスから酒をこぼしていた。
「な、何やってんだいシーラ!お客様に失礼だろう!」
アンは必要以上にシーラに怒鳴りつけた。それ以上に少し焦っているように見えた。
注がれた酒の匂いを嗅ぎ、一嘗めすると、身に覚えのある、お酒とは違う味がした。
(これは…。)
睡眠作用のある薬の味だった。この世界は食べ物だけでなく、薬草も同じなのかなどと考えていると、アレクが頭の中で喋った。
『主、それは口にしないでください。主に危険が及びます。』
(大丈夫。この程度の薬、お酒と一緒に飲んでも全く効かないから。むしろ飲まないと不自然に思われるし、何よりシーラに危害を加えるかもしれないだろう?)
『ですが…。』
(くどい。私のやることに口を出すなといっただろう!)
『申し訳ございません。』
アレクはすごすごと引き下がった。
そして紗羅は注がれたお酒をグイッと一気に飲み、薬が効いたように眠ったふりをした。
紗羅が起きないことを確認してからアンたちはひそひそと話し始めた。
「よかったよ。夕方街の使いから例のものを差し出せと言われた時はどうしようかと思ったけど、タイミングよく商品が見つかったね。しかもかなりの上物だ。変な服を着ているけど、きっと高く売れるぞ。」
「まったくだ。これでしばらく村も安泰だな。さあ、起きないうちに早く縛っておいて、明け方使いの者に引き渡そう。」
アンたちの会話に耳を傾けていた紗羅はこの村がどういう村なのかよくわかった。村にあった畑にはあまり収穫物がなっていないのに、この村がさほど飢えていない様子なのはおそらく、この村が道に迷った旅人などを商品として売っているからだと。
(多分村から商品を買うのが常習化しすぎて、商品がないときでも街の使いというものは催促に来ることがたびたびあるんだろう。そして売る商品がないときは多分自分たちの子供まで…。あまり子供を見かけなかったのは厳しい環境に耐えられなかっただけではないようだな。)
大体の状況を把握した紗羅はふと、疑問に思った。
(なんで真っ先に売られそうなシーラがのこっているんだろう。)
夜更け、紗羅が放り込まれた部屋に、侵入者が入ってきた。侵入者はナイフを手に取り、紗羅の縄を解こうとしていた。
「やめるんだ、シーラ。」
ビクッと声に反応し、恐る恐る紗羅をみる侵入者、シーラ。
「そんなことしなくていいよ。僕は大丈夫だから。」
「でもお兄ちゃん、このままにしてたらお兄ちゃんもつれていかれちゃうよ。」
「お兄ちゃんも?」
「うん。シーラ本当はお姉ちゃんがいたんだけど、2年前にしらないおじさんに連れて行かれたの。シーラには不思議なちからがあるからつれていかれないけど、お兄ちゃんは他所の人だから明日には迎えがきちゃう。」
「不思議な力って、なんのこと?」
「シーラね、お水をきれいにすることができるの。本当はここら辺の水はあの森にいた魔物たちのせいで、生き物がのんだら毒になる水なんだけど、シーラがその水に触ると、きれいな美味しい水にかわるの。」
(水は人が飲むし、家畜にも与えなければいけないし、田畑にも必要だから、この村はこの子を手放せないのか。)
どうしても紗羅を助けたいというシーラに、紗羅は言った。
「あのね、お兄ちゃんすっごく強いからある程度村を離れたら一人で逃げれるよ。だから心配しないで?」
「……わかった。」
しぶしぶ納得し、シーラが部屋を出て行った。




