*第64章~紗羅の危機~
アイザックに手をひかれ、彼の部屋に入った瞬間、紗羅は絶句した。その部屋は全面ピンク張りの部屋で、ベッドのシーツですらピンクといった具合だった。このいかにも男女が一晩を過ごすための部屋という雰囲気に紗羅は全身から汗が噴き出た。
「アイザック、分かっているよな?僕は男だぞ?」
怖くてアイザックの顔を見れない紗羅はアイザックの手を振りほどき、反対方向を向いた。だがアイザックが回り込み、結局紗羅とアイザックは向き合う形になってしまった。完全に固まった紗羅の表情を楽しむかのように、アイザックが目を細めて、紗羅の顔に触れる。
「男だとか、女だとかそんなのどっちでもいいじゃない。要は、2人の気持ちじゃないかな?」
ぶわッッッ
瞬く間に紗羅の身体に鳥肌が立った。紗羅は必死にアイザックを押しのけ、部屋の隅に逃げ込む。
「逃げられると追いかけたくなるんだよねー。男って。」
アイザックは獲物を狩るようにじりじりと紗羅に詰め寄る。そしてついに紗羅を追い詰め、腕を強引に引っ張り、ベッドに倒れ込む。紗羅に覆いかぶさる形でアイザックは紗羅を見つめる。
「サイルってさ、確かに無駄な肉はついていないんだけど、男にしてはすごく肌がきれいだよねー。そんじょそこらの女とは比べ物にならないくらい。線も細いし、顔も小さい。その恰好をしていると本当に女の子みたいだね。」
アイザックがじっくり値踏みするように紗羅をつま先から頭のてっぺんまで観察する。紗羅は逃れようとするが、がっちりと腕を掴まれてて思うように動けない。
(くそッ!こいつ意外と力が強い…。本当にまずいぞ、これは!!…て、うわっ、何するんだ?!)
突然アイザックが顔を近づけて来たので、紗羅は思わず顔をそむけた。
「あれ?残念。せっかくいい雰囲気になったかなーって思ったのに。」
そういうアイザックの声は全く残念そうではない。
(どこがだ!!本当に何を考えているんだこいつは…。くッ、仕方ない……アレク、来い!!)
紗羅は目一杯心の中で叫んだ。数秒後、部屋の外からバタバタと騒々しい足音が聞こえ、部屋の扉が勢いよく開いた。
「主、如何なさいましたか?!」
髪を振り乱しながら、アレクが必死の形相で紗羅を見る。そして、アイザックに押し倒されている光景を目にした途端、アイザックの周りに風が渦巻いて、その風がアイザックを直撃した。
「うわ、なんだこれ?!」
小さい竜巻のようなものに動きを奪われ、もがくアイザック。
「お前、死ぬ覚悟は出来ているだろうな。ましてや、その首一つでは事足りぬぞ!!」
アレクがすうッと目を細めるとアイザックを包んでいた竜巻が突如消えたが、アイザックは空中に浮かんだまま、苦しそうにもがいていた。
「い…きが…でき…な…。」
見かねた紗羅は大きく息を吸った。
「アレク!!その辺で止めるんだ!」
紗羅が大声で叫ぶと、我に返ったようにアレクは身体をビクンと震わせ、掲げていた腕を下ろした。と、同時に空中に浮いていたアイザックがその場にドサッと落ちた。
「はーッ、はーッ、びっくりしたー。死ぬかと思ったよ。…ねぇ、君たち、何者だい?」
呼吸を整えながら、アイザックが紗羅とアレクの方を見る。アレクは自分がまた墓穴を掘ってしまったことを後悔し、表情を硬くして下を向いていた。紗羅はそんなアレクを一瞥し、アイザックを見た。
「なんでもない。アレクはちょっと人より魔力が強いだけなんだ。それに僕のことが大好きだから頭に血が上って、力が暴走しただけ。悪かったな。」
「ふーん。」
紗羅のごまかしに気づいたのか気づいていないのか、アイザックは何かを考えているようなそぶりを見せて相槌を打っていたが、無理に聞き出そうとはしなかった。
「という訳で、僕はアレクと一緒にベッドで寝るから、アイザックはそこの椅子で寝てくれ。」
「え?」
アイザックが何か言うよりも早く、紗羅はアレクの手を引いて、早々にベッドにもぐりこんだ。
「なーんだ。つまんないなー。ま、お楽しみはまた今度にするか。」
背後の方で意味深な言葉が聞こえ、紗羅は悪寒がした。
(お楽しみって、なんだ?!…そんなことより、アレク!!)
紗羅が心の中で怒鳴ると、布団にくるまっていたアレクがビクンと身体を反応させた。
『あ、主…あの―――』
(お前と言うやつは…何度言えば分かるんだ!?このまえヴィンセントにばれたばかりだろう?もっと慎重になれ!)
アレクが言い訳をしているのにかぶせて、紗羅の説教が始まったので、アレクは横になったまま、土下座の姿勢になった。
『本当に申し訳ございません。主があの者に組み敷かれているのを見て、つい頭に血が上ってしまって…。でも、もとはと言えばあの者が悪いかと…。』
紗羅は自分の顔を見ようとしないアレクの顔をがっちりと掴み、無理やり自分の方に向けた。
(それでも、限度ってものがあるだろう。もっと自重しろ!!)
アレクは瞳を涙で潤ませて、紗羅を見つめる。
『…はい。』
アレクはそのまましょぼんと落ち込み、いつもより小さくなっていた。紗羅はそんなアレクを見て大きく息を吐いた後、アレクの頭を撫でた。
(…だが、あの時は助かった。ありがとう。)
アレクはその言葉を聞くと、パッと顔を上げて紗羅を見た。そしてにっこりと嬉しそうに笑った。
翌朝、紗羅とアレクは人目につかない時間に、宿を抜け出した。自分たちの宿に戻りながら、アレクが何か考え始め、ふと、紗羅に聞いた。
「主、そう言えば、何故【移動】で戻ってこなかったのですか?そうすれば、あんな状況にも陥らなかったと思うのですが。」
「いや、僕もそうしようと思ったんだが、人前であまり魔法は使えないし、アイザックの部屋に行ってから使おうと思ったらアイツがいきなりあんなことをしてきたんだ。」
その話を聞いて、アレクが再び怒り出しそうだった為、紗羅はすぐに話を逸らした。
「そう言えば、昨夜アイザックとユーリとかいう官吏、州官たちと宴会をしていたぞ?」
「え?何のためにですか?」
紗羅の誘いにまんまと乗ったアレクが振り返って紗羅に聞いた。
「さぁ。まぁ、この話はヴィンセントと一緒にしよう。」
そう言いながら2人は宿にたどり着き、ヴィンセントの待つ部屋に入った。
「ヴィンセント、起きていたのか。」
部屋の中にボーっと立っているヴィンセントに紗羅が少し驚き、声をかけた。ヴィンセントはゆっくりと紗羅に視線を合わせる。
「………ちがう、寝ていない。」
「は?」
紗羅とアレクがよく見ると、確かにヴィンセントの目は充血しており、目の下にはうっすらとくまが出来ていた。
「アレク、もしかしてお前何も言わずに来たのか?」
紗羅が聞くとアレクはこくりと頷いた。
「だって、兄上もただ私に来いとした仰らなかったです。」
アレクがビクビクしながら紗羅に言う。
「あー、そうだったな。悪かった。ヴィンセントも、心配かけてすまない。」
紗羅が頭を下げるとヴィンセントがゆっくりと頭を横に振った。
「ちょっと、思いもよらないことが起こって、気が動転してアレクを呼んでしまったんだ。別に大したことは起きていないから、心配しなくてもいい。そんなことよりも、僕は昨日のアイザックとローゼン官吏のことを話したいのだが。」
紗羅がヴィンセントに伺うと、ヴィンセントは黙って頷き、それに合わせてアレクが椅子を運んできた。
紗羅は椅子に腰かけて、昨夜の状況を詳しく話した。話を終えた後、アレクが厳しい表情をして、口を開いた。
「兄上、それはもう、そのローゼンとかいう者は完全に州官たちの手に落ちてしまっていると考えるのが筋だと思います。」
アレクの意見にヴィンセントも同意したのか、無表情のまま首を縦に振る。
「やはり、そう思うか…。」
アレク達の意見に同意しながらも、紗羅はどうにも腑に落ちないでいた。
(何かある気がするのだが…。まぁ、もう少し様子を見てみるか。)
一旦話を切り上げ、紗羅達は身支度を始めた。
アイザックさん、ただの変態でした。2日ぶりの更新になりますね…。はい、完全にオリンピック疲れです。見てるだけなのに(笑)
いやー、どこまでもアレクって、抜けてますね。あれで本当に神獣が務まるんでしょうか。そんなこんなで、暗行御史編もそろそろ終盤です。




