*第56章~国境の州ロヴィスコ~
花も散り、少し蒸し暑くなった深緑のころ。まだほのかに薄暗く、人々も活動を開始していない時間、光の国の王都、ライツの大門の前に彼らは立っていた。
「それでは各々に事目を渡す。目を通した後、速やかに償却するように。」
昨夜、ジュダスの邸に訪れていた官吏のうち、1人が1人1人に書状を渡した。皆それをその場で開封することなく、懐にしたため、大門を出て行った。
「では、分かれるとするか。私の補助はイアン・グレイとルイ・アングレイスか。ついてきなさい。」
長い金髪を後ろで結んだ、細い眼鏡をかけた官吏がそう言って歩き出した。ルイとイアンは慌ててその後をついていく。
「では、残った君たちが私の補助だね?えーっと、名前はヴィンセント・コールと、アイザック・ベルン、そしてサイル・フォードか。コールとベルンの2人は親族に官吏がいるね。そして、有名な貴族の出だ。フォードと言う名前は聞いたことがないけど…。」
そう言った藍色の髪を横髪だけ頭上で結って、後は下ろした状態の男は紗羅の方をチラリと見た。
「あぁ、僕は使用人の出なので、身分は低いです。」
紗羅の口から「使用人」と言う言葉が出ると、その男はあからさまに嫌そうな顔をした。
(なんだ、この男は…。身分が低いものとは一緒に働きたくないというタイプの人間か。ダラスは一体どういう人選をしたんだ?この手のタイプが一番御史の仕事に向かないだろうに…。)
向こうの世界にいたとき、紗羅に群がってた、紗羅が最も嫌悪する人種の男に、紗羅は反感を持つも、それを顔には出さなかった。だが、アレクはそうはいかなかった。
「なんだと?!貴様、口を慎め!!我がある――モガモガもが。」
余計なことを口走りそうになったアレクの口を紗羅は慌ててふさいだ。
(アレク、言っておいただろう!ここではお前は私の弟。主とは一切呼ばず、兄と呼べと。あと、いちいち売られた喧嘩を買うな!)
『でも、主。あいつ、あまりにも無礼すぎます。』
(うるさい、あんなの気にしても時間の無駄だ。いいから口答えをするな。)
紗羅がしっかり心の中で、アレクを怒鳴りつけたため、アレクはしゅーんと落ち込んだ。
「?なんだ、一体。まぁ、選ばれたってことは優秀と言うことだろうから、とやかくは言わないが…。私はユーリ・ローゼン。君たちと同じ派遣先の暗行御史だ。」
(ローゼンか。あの口ぶりだとこいつも貴族なんだろう…。てことは歴史書にも乗っていたローゼン家ってことか。)
紗羅が思い出したのはカイルに教わっていた時に目を通した本で、その中にはアイザックの家であるベルン家と共に、光の国の5大名家と呼ばれる貴族の家柄が乗っており、ローゼン家はその1つであった。
「さぁ、君たちも、事目に目を通しなさい。」
ユーリに言われるように、紗羅達はそれぞれ、懐に入れた書状を開いた。
〈任務地:ロヴィスコ州 任務内容:州官が規定以上の税を搾取しているとの報告があるから、いっちょ調べてくれねぇか?ついでに、ロヴィスコ州に最近凶暴な魔物が出現していると聞いているから、そいつもやっつけといてな。 ダラスより〉
紗羅は自分に宛てられた書状を見て、ため息をついた。読み終えて、書状を畳み、魔道書を取り出して、ページを捲る。
「皆、読み終わったのなら、燃やすよ?」
ヴィンセントとアイザックから書状を受け取り、地面に置き、【火炎】で一瞬にして灰にした。
「じゃあ、行くとしますか。皆さん、こちらへ来なさい。」
ユーリが紗羅達を集め、魔道書を開いた。
「さあ、手をつなぎなさい。」
言われたように、お互いに手をつなぎ、円を作る。
「我、唱える者。かの場所へ扉よ、開け。【移動(テレポート】。」
次の瞬間、紗羅達は田畑に囲まれた州、ロヴィスコの州城の前に立っていた。
「君たち、これを受け取りなさい。」
ユーリは皆に黒い札を渡していった。
「なに、コレ。旅芸人の身分札じゃん。やったねー、サイル。得意分野だ。」
アイザックが茶化すように紗羅に言うのを聞いて、ヴィンセントが紗羅をジッと見つめてきた。
「な、なんだい?ヴィンセント。」
紗羅はサラを見つめたまま微動だにしないヴィンセントに、思わず聞いた。
「………サイル、お前あの情報、どうやって仕入れたんだ?」
「え?何のことだ?」
紗羅はヴィンセントから視線をそらし、アイザックを睨みつけた。
(あのことはイアンから口止めされているんだ。ばれたらまたイアンがブチ切れてしまうじゃないか。アイザック、余計なことを言って…!)
紗羅の怒りの視線に首を傾げたアイザックが何か思い立ったかのように、ポンと手を叩いた。
「あぁ、もしかして、女装して花街で刑部尚書の不正の情報を聞いたこと、言っていなかったのかい?」
「??!」
すべてを台無しにしたアイザックの発言に、紗羅はがっくりと肩を落とした。
「なんだい、君。何か芸をもっているのか?ちょうどいいじゃないか。じゃぁ、街で必要なものを仕入れに行こうか。」
ユーリがサクサクと街に向かって進みだしたので、紗羅達も後に続いた。
ロヴィスコ州の州都ノアは、王都程とはいかないが、風の国の王都よりも活気があり、いろいろな市場が開かれている。紗羅達はまず、衣装やへ行き、旅芸人の衣装を買うことにした。
「言っておくが、僕は今回芸妓はやらないからな。」
紗羅は嬉々として、女物の衣装を選んでいるアイザックにくぎを刺した。
「えー、なんでさー。すっごく似合っていたのに…。はぁー、僕やる気なくしちゃうなー。」
明らかにつまらなさそうな顔をして、手に取った服をしぶしぶ戻すアイザック。
「元々やる気などないだろう。面白そうなことばかり首を突っ込んで…。今回、僕は剣を携帯しておきたいから、やるなら剣舞だ。適当に衣装と飾り布と玉飾りだけ買うから。お前ら貴族なら何か楽器でも弾けるだろう?アレクは僕の補助だ。」
てきぱきと、指示をして、紗羅はアイザックが余計なことをしないうちにさっさと衣装屋から引きずり出した。
(そういえば、あのユーリとかいう官吏がいないな。)
一緒に衣装屋へ向かったはずなのに、いつの間にかいなくなっていたユーリを紗羅は辺りを見回して探す。すると人ごみの中からユーリが這い出てきた。
「やぁ、買い物は済んだね。今日はもう、宿へ行って、明日に備えておきましょう。宿は先ほどとっておいたから。」
まだ、日が昇ったばかりなのに、宿へ行くと言い出したユーリに、紗羅は首を傾げた。
(普通ならすぐにでも行動に移すべきではないのか?そもそも、旅芸人って、テントで移動するものだろう。宿なんかとっていいのか?まぁ、少人数だから仕方ないか。)
聞きたいことはいろいろと会ったが、紗羅は黙ってユーリの後をついて行った。
ユーリのとった宿はいかにも金持ちが旅の滞在期間に使うような宿で、下町の雰囲気を出す街の中で、明らかに浮いた、豪華絢爛という言葉が似合うような宿だった。
「あの、ローゼン様。僕たち、本当にここに滞在するのでしょうか?」
たまらず、紗羅はユーリに聞いた。すると、ユーリはあからさまに嫌な顔を紗羅に向け、その後すぐにその表情を飲み込んで、薄っぺらい笑みを浮かべた。
「当たり前だろう。私ほどの人間がその辺の宿なんぞに泊まれるものか。…あぁ、もちろん君と、弟君には別の宿をとっておいたから。」
ユーリはそう言って、ユーリがとった宿の隣にある、さびれた宿を指差した。
「あそこはね、この貴族専用の宿に泊まる貴族の従者が泊まる宿だよ。君達にはお似合いでしょう?」
ユーリはサラを馬鹿にしたようにクスクスと笑う。紗羅はアレクが再び怒り出しそうになったので、それを遮るようにユーリの前に出た。
「よかった。あんな豪華な宿に泊まったら、旅芸人のフリなんて無意味ですからね。わざわざ気を使っていただいて、ありがとうございます。」
紗羅はユーリの嫌がらせとも思える行動に動じず、満面の笑みでユーリに返した。ユーリは自分が思っていたことと、違う反応をする紗羅を気に入らないようで、フンっと、顔をそむけた。
「それでは、また明日。」
紗羅はユーリにそう告げて、アレクと一緒にさびれた宿へ向かう。すると、何故かヴィンセントも紗羅達の後をついてきた。
「ちょ、ちょっと待ちなさい。君はこっちだよ。」
慌ててユーリがヴィンセントを引き留めた。だが、ヴィンセントはユーリの手を振り払い、無言で紗羅達の後をついてくる。ユーリは呆然として、ただその光景を見送ることしか出来なかった。
「いいのか?」
紗羅は後をついてくるヴィンセントに聞いた。
「…………問題ない。」
ヴィンセントはそれだけ言って、また黙った。紗羅はフッと苦笑いして、後はもう何も聞かなかった。
しばらくして、我に返ったユーリは、わなわなと震えだした。
「あいつら、この私を馬鹿にしたな!!絶対に許さないからな!」
アイザックはユーリの怒りに興味を示さず、ユーリを置いて、豪華な宿へ向かった。
イヤミ男なユーリさんが出てきました。この辺で嫌われそうなキャラが必要かなーと思いまして…。そして、ある程度この話を描き終えたところで、あることに気が付きました。そう、アレクの存在です。完全にアレクを1回も書かずに、投稿しようとしてました。ごめんよ、アレク。




