*第52章~セナン官吏~
最終日の公演が終わった後、舞台袖に下がった紗羅とイアンを追って、アイザックが来た。
「こんばんは、可愛い子ちゃん達。こんなところで何してるんだい?」
獲物を狙うような目で見るアイザックに、イアンの血管が切れる音がした。
「ふざけるな!僕たちをそんな目でみるなよ!だいたい、お前課題に全然参加しないで、こんなところで何してるんだ。不潔だぞ!」
イアンがアイザックの胸ぐらを掴んだが、身長差があまりにもあったため、簡単に持ち上げられて、引き剥がされてしまった。
「はーい、お嬢ちゃんはこっちでおとなしくしててねー。」
アイザックはイアンを持ち上げたまま、舞台袖の椅子の上に座らせ、紗羅の方を振り返った。
「いやー、一瞬誰だか分からなかったよ。君、サイルだろ?男の子のままでもすごく綺麗だったけど、その姿はもう芸術品だね。一生眺めていたいくらいだ。」
うっとりとした笑みを浮かべ、アイザックが紗羅に言った。その言葉に紗羅は全身に鳥肌が立った。
「やめてくれないか?気持ち悪い。君はここに何しに来たんだ?ただ遊びに来ただけなら、僕たちの邪魔をしないでくれないか。」
紗羅はアイザックの視線から逃れるようにイアンの後ろに回った。すぐさま紗羅の後を追い、腕を掴むアイザック。
「つれないね。僕にも協力させてよ。」
アイザックの言葉に耳を疑い、反射的に紗羅とイアンはアイザックに振り返った。2人の反応がおかしくて、クスクスとアイザックが静かに笑う。
「ひどいなぁ、もしかして僕の言葉を疑っている?だって君たち今からセナン官吏に会いに行くんだろ?」
「「??!!」」
アイザックの口から思いもよらない名前が出て来て、驚く2人。
「な、何でそれを知っている?」
思わずアイザックに詰め寄るイアン。アイザックはイアンを躱し、ふわりと反対側に回る。
「何でってー、君たち3日間もわざわざここで働いていたんだろう?それは何か目的があったから。で、課題のことを思い出したら、どこかの官吏に近づくためかなーって思って。それで、そう言えばあの人が今日、ここにセナン官吏が来るって、言っていたからピーンときたのさ。」
間の抜けた伸びをところどころに入れながら説明するアイザックに、紗羅とイアンが脱力してしまった。
「そ、それで何でお前がそのセナン官吏に会いに行く僕たちに協力できるんだ?」
再び、気を引き締めて、イアンが聞いた。だが、アイザックは変わらずのんびりとした態度のまま、応えた。
「だって、僕そのセナン官吏に呼ばれているんだもの。」
紗羅はアイザックの言葉を理解するのに、数秒時間がかかった。
(そういえば、さっきの公演が始まる前、こいつの話題で騒がしかったな。こいつの家って、有名みたいだな。確かベルン家って…。あれ?ベルンって、歴代の官吏の名前にもあったな。なるほど、それなら納得がいく。)
考えをめぐらせて、1つの答えにたどり着いた紗羅は、アイザックを真っ直ぐ見た。
「セナン官吏はお前を…というか、ベルン家の人間を接待の相手として呼んだんだな。そして、彼はお前が例の課題を出された学院の生徒だと知って、わざと呼んだ。違うか?」
アイザックは返事の代わりに無言で猫のように目を細めて笑った。
開店から3時間経つと、紗羅達の部屋に、楼主が訪ねてきて、楼主は部屋の中にいる紗羅とイアンに、2階の大部屋に行くように言った。
紗羅とイアンが楼主の言っていた大部屋の前に着くと、紗羅は部屋の扉に描いてある魔法陣に気が付いた。
「茴香、これってもしかして、【結界】の1つか?」
ジュリアに教わった【結界】の魔法陣によく似たものだが、少し異なっていたため、イアンに聞いた。
「ああ。これは【結界】と【消音】の魔法が合わさっている。おそらく、中の話を外部に漏らさないようにするためのものだろう。」
「官吏が密談するにはもってこいな場所ってことか。」
一呼吸おいて、紗羅が戸を叩くと、中から花鶴楼の娼妓が出て来た。
「お待ちしてました。お入りください。」
2人が部屋に通されると、奥の大きな卓の脇にアイザックとセナン官吏がいて、その隣に1人ずつが座っており、その両端に1人ずつ、芸妓が座っていた。
「お招き下さり、ありがとうございます。」
紗羅とイアンは深々とお辞儀をした。そして顔を上げると、イアンが男の1人の顔を見て、ハッとしているのに紗羅は気づき、驚いているイアンを隠すようにイアンの前に出た。
「ご要望がございましたら、なんなりとお申し付けください。」
紗羅が極上の微笑みを浮かべると、セナン官吏の隣にいた初老の太った男が爬虫類のようないやらしい笑い方をした。
「これはいい。店1番の娼妓に勝るほどの美人が2人もいて、しかもなんでも望みを叶えてくれるだと?いやー、セナン官吏、見直しましたぞ。」
高笑いをする男に、イアンが再び怒り出しそうだった。
(このままだと、本当にいつ激昂するか分からないな、イアンは。あまり長居はしない方がいいようだ。)
紗羅は部屋の隅に置かれていた二胡と古筝を男たちから2メートルほど離れたところの中央に置き、イアンにそこに行くように促した。
「私どもは芸妓ゆえ、芸に関する要望であれば出来うる限り、応えて見せます。さあ、皆様。お聞きになりたい曲などございませんか?」
紗羅が見渡すと、先ほどの太った男が身を乗り出した。
「演奏なぞいいから、こっちに来て、酌を―――」
「僕、『最初の旅人』が聞きたいなー。」
太った男の声を遮るように、アイザックが間延びをしながら言った。紗羅とイアンは互いに顔を合わせて頷いた。
「それでは、『最初の旅人』より、“春のささやき”を、お聞きください。」
古筝の伴奏が始まり、追って、二胡が音を奏でる。
《春の朝焼けに男が目覚める 平凡な貴族の男に自由はない 男の背中には空へ羽ばたく羽がなかった 代わりにあるのは男を縛る鎖だけ 次の日男が目覚めると 青い鳥が囀っていた 男に旅立てと囁くように 気づけば男は鎖から放たれていた 縛られていた背中には羽がある 男は空へ旅立った 男を縛るすべてを置き去りにして》
紗羅が歌い終えると、再び古筝と二胡の演奏だけになった。長い演奏を終え、部屋に静けさが広がる。演奏を始めるまで、文句を言っていた太った男は蕩ける様な目で紗羅を見つめていた。その視線をそらし、紗羅はセナン官吏の方を見て、ニコリと笑った。
「それでは皆様、お話の途中でしょうから、私たちは邪魔にならない程度に、二胡と古筝を弾いております。」
そう言って、二胡をもって、障子の近くに行き、小さな音で二胡を弾き始めた。イアンも慌てて紗羅のそばに行き、音を合わせる。
セナン官吏は紗羅達から視線を外し、話を始めようとしていたが、隣の太った男がいつまでたっても紗羅を見つめ続けていた。紗羅は何とかしてほしいという視線をアイザックに向けるが、アイザックは素知らぬ顔であくびをしていた。
セナン官吏がため息をつき、太った男の目の前で手を思いっきりパチンとはじくと、ようやく男は目が覚めたように、瞼をパチパチとさせていた。
「さぁ、本題に入りましょう。テイン刑部尚書。」
紗羅とイアンが演奏をしながらピクリと反応した。
(まさか、本命を連れてくるなんて、大胆すぎるな。)
紗羅は悟られないように、男たちの話に耳を傾けた。
密談が終わり、男たちが部屋を出ようとする。紗羅達は部屋の扉で、立ってお見送りをした。先に、アイザックとアイザックの隣にいた男が部屋を出て、続いて太った男が出た後、セナン官吏が紗羅に視線を向け、紗羅にだけ聞こえるように囁く。紗羅は、それを聞き取ると、誇らしげな顔を向けて、一礼をした。
客たちを見送り、紗羅達の部屋に戻ると、イアンが紗羅に問い詰めてきた。
「さっき、セナン官吏に何を言われたのさ。」
「別に、大したことではなかったよ。」
紗羅は気のない返事をし、帰り支度をした。
「そんなことより、ようやく情報が集まってきたんだ。明日、ルイ達も集めて、課題を完成させよう。」
「…分かったよ。」
イアンは話をそらされ、眉間にしわを寄せていたが、しぶしぶ了承した。
そんなイアンを見ながら、紗羅はセナン官吏に言われたことを思い出した。
(「君達はすごく優秀だから、いい雇い主に拾ってもらうといい。今度紹介してやる。」か。やはり、食わせ者だったな、彼は。)
思わず、笑みを浮かべてしまった顔を、すぐさま引き締めて、紗羅は部屋を後にした。
アイザッ君は何なんでしょうね。手助けをするのかしないのか、すっごく気まぐれさんです。さー、次回はルイ君とヴィンス登場です。出来ればアレクも出したいんですが…。てゆうか、出さなきゃなーって思ってます。ついでにジュダス兄さんもジュリア姐さんも、ダラス兄やんもカイルさんもシーラちゃんも出したいです。出さなきゃ忘れそうです!




