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*第51章~勝負は3日後~



――― 時は遡り、3日前。芸妓の衣装を身に纏った紗羅とイアンは【移動テレポート】の魔法で花街の入り口に立っていた。花街の入り口は出入りが厳しく、王都の門や国教と同じく、侵入防止の結界が張られていた。

 紗羅は門番に黒い札を見せた。

「旅芸人の一座の芸妓がなんのようだ?」

 黒い札を見せられた門番が値踏みするように紗羅達を見る。

「私たちは芸妓とは名ばかりで舞台袖に立つのがやっとという腕前です。ですので1度光の国の花街で1番の芸妓を見ておきたいのです。」

「そうか。お前さんたちなら芸妓でなく立派な名娼妓になれると思うがな。」

 門番がニヤついた顔で紗羅とイアンを見る。イアンは嫌悪感をあらわにした顔を隠すように、下を向いた。

「ま、そういうことなら花街の1番奥にある『花鶴楼カカクロウ』というところに行くといい。あそこは格式が高いから、いい腕前の芸妓がそろっているはずだ。さあ、通るがいい。」

 門番はそう言って門を開けさせ、紗羅達を通した。


 紗羅達が花街に来たのはまだ昼過ぎだったため、多くの店がまだ開いておらず、通りも閑散としていた。

(本当にここだけ別世界のようだな。さっき聞いた『花鶴楼』て名も、中国名みたいだし。)

 田舎から出て来たおのぼりさんのように紗羅とイアンは辺りをキョロキョロと見渡した。

「イアンもここに来たことないのか?」

 紗羅がイアンの方を振り向いて聞いた。

「あ、当たり前だ!!そんな不潔なこと僕がするわけないだろう!!」

 顔を真っ赤にして答えるイアン。紗羅はイアンの反応がおかしくて、クスクスと笑う。

「フフッ。真面目なんだな。さぁ、では門番の言っていた『花鶴楼』とやらに行ってみるか。」

 紗羅達は花街の奥へ進んでいった。



 花鶴楼は誰かに聞かなくても分かるくらい立派な妓楼だった。開店前なのでまだ活気はないが、鮮やかな朱色に金色の細工が施してあり、何より今まで通ってきたどの妓楼よりもはるかに大きい造りをしていた。

 紗羅とイアンが見上げてみていると、中から頭の禿げた中年のひげを生やした男が若い男をひきつれて慌てて出て来た。

「おい、早く代わりの芸妓を見つけてこい!何としても開店には間に合わすんだ。」

「ですが、開店までもうあまり時間がありません!今から代わりを見つけるなんて…。」

「つべこべ言うな!つまらん芸妓を連れて来たら承知しないからな!」

 中年の男はそう言い放つと、乱暴な足取りで花鶴楼の中へ入っていった。残された若い男は重くため息をついていた。

「あの、どうかされたんですか?」

 紗羅が若い男に歩み寄って聞く。男は紗羅の顔を見ず、俯いたまま、返事をした。

「えぇ、今晩1階で芸を披露する予定だった内の名芸妓が突然高熱を出して、今日の舞台に上がれなくなったんです。普通ならすぐに代わりを見つけるんですが、今日来る一見さんが上得意になりそうな方たちばかりで、1階の御食事処で下手なもてなしをしたら、逃してしまうんです。他の店ならすぐに娼妓のもとに案内しますが、うちは格式の高い妓楼なんで、どんなに権力やお金があっても、一見さんである限りは必ず一晩はお食事処で過ごしてもらわなければいけないんです。だから普通の芸妓じゃ、とても舞台に出せません。今からうちの名芸妓の代わりを務められるような芸妓を探せと、楼主様が仰ったのですが…。」

 男は再び深いため息をついた。

「私たちがその代りをしましょうか?」

「は?」

 若い男は俯いていた顔を咄嗟にあげて、紗羅を見た。直後、顔が固まってしまった。

「あ、あの…代わりって、あ、あなた方は、ど、どこかの名だたる華娼妓では?」

 固まったまましどろもどろに言う若い男に紗羅が微笑した。

「いいえ、私たちはとある旅芸人の一座の只の芸妓です。こちらへは勉強のため出向きました。いかがでしょうか、その名芸妓の方が復帰する間だけでも、私たちを雇ってはくれませんか?」

 そっと若い男の手を握り、顔を覗き込む紗羅に、若い男は赤面し、こくりと頷いた。


 若い男に連れられて花鶴楼の中に紗羅とイアンが入ると、先ほどまで寝ていた妓女達が今晩の仕事に向け、支度を始め出していた。

「あら、なんだい、コハク。その子たちは新入りかい?」

 紗羅達に気づいた1人の妓女が2階の廊下から顔を出した。

「違いますよ、芙蓉フヨウさん。麗姫レイキさんの代わりの芸妓さんで、えーっと…。」

 コハクと呼ばれた若い男がうかがうような目で紗羅達を振り返った。

「私は翡翠ヒスイ。こちらは茴香ウイキョウです。」

 コハクの視線に応えるように、紗羅が言った。

「そうなの。よかったわね、代わりが見つかって。えっと、翡翠と言ったかね。あんた美人だから失敗したら、娼妓として雇ってもらいなよ。」

「芙蓉さん、失礼ですよ!」

 「アハハハハハ」と高らかに笑う芙蓉に、何故かコハクが怒った。

「すみません、失礼なことを言って。ささ、こちらが楼主様の部屋になります。」

 コハクは紗羅達を奥の部屋へ通した。


「楼主様、代わりの芸妓を見つけてまいりました。」

 部屋の中には先ほどコハクと話をしていた、中年の男がいた。

「おい、コハク。わしは芸妓を連れてこいと言ったんだ。なぜ娼妓を連れてきた?」

 楼主はコハクに近づき、下から睨みあげる。

「ち、ちがうんです。このかたたちは娼妓ではありません。旅芸人の芸妓です。」

「翡翠、と申します。」

「…茴香です。」

 紗羅とイアンは一歩前に出て、一礼した。

「ふーん、芸妓にしては派手な容姿だな。芸妓なんてやめて、娼妓にならんか?今の賃金の倍は出そう。」

「お、お止め下さい、楼主様。」

 無粋なことを言う楼主をコハクが慌ててたしなめる。楼主は不満そうな顔をしたが、「わかった。」と言って、椅子に座った。

「お前たち、腕は確かなんだろうな?もし、お客様の前で未熟な芸をみせでもしたら、本当に娼妓になってもらうからな。」

(なんだこの男。花街1番の妓楼の楼主が、こんな男で務まるのか?)

 紗羅は楼主に不信感を覚えたが、にっこりと笑い、悟られないようにした。

「お客様のお気に召さないようであれば、お好きになさってください。」

 紗羅の後ろで、イアンが怒っているような気がしたので、紗羅はイアンを隠すようにイアンの前に出た。



 コハクに案内された楽屋に紗羅とイアンが入り、2人きりになると、イアンの怒りが爆発した。

「一体何なんだ?!あの楼主おやじは!!失礼にもほどがあるだろう!おい、サイル、本当にここで働くのか?!」

 サイルの文句を聞きながら、紗羅は鏡の前で身だしなみを整えていた。

「もちろんだ。いいじゃないか、すぐに出ていくんだし。それにここの顧客は有名な官吏が多いと聞くぞ?情報を集めるには持ってこいではないか。お前は喋らなくていいから、黙って僕の指示通りに動いてくれ。」

 イアンはまだ文句を言い足りなさそうな顔をしていたが、しぶしぶ「わかった。」と返事をした。



 日が暮れ、夜になると、昼間は閑散としていた花街に活気が宿った。花鶴楼には明かりがともり、馴染みの常客がちらほらと入店してきた。

 紗羅達の舞台のある1階の御食事処は一見の初めに通されると所でもあり、常客たちが目当ての娼妓のところに案内されるまで待つ待合室のような所でもあった。

 舞台袖から、外の様子を伺う紗羅とイアン。その横で、コハクが進行を説明する。

「普通の日は、お客様が入店すると同時に、芸を始めてもらうんですが、今日は例の一見さんが来るまで、待機しておいてください。出番になったら声をかけます。」

 紗羅とイアンは頷き、椅子に腰かけた。


 小1時間ほどたったころ、バタバタと足音を立てて、コハクが舞台袖にやってきた。

「翡翠さん、茴香さん、例の一見さんが来ました。舞台に出る準備をしてください。」

 コハクに言われて立ち上がった2人は、その一見客が座る席に視線をやった。

「あれは…礼部侍郎のセナン官吏。礼の一見っていうのはあの方のことだったのか。」

 イアンが驚いたように言った。

(さっそく官吏に近づくチャンスが出来たな。)

 紗羅は笑みを浮かべて舞台へ歩み出た。


 またされていた観客は、有名な名芸妓とは違う紗羅達を見て、罵声を浴びせていたが、紗羅とイアンが立ち位置につき、顔を上げると、静まり返った。

 紗羅達が演奏を始めると、その心に沁み込んでいくような奏でに観客たちは、酔いしれ、そして、まるで芸術品のような芸妓から溢れる歌声は聞いていた者すべてを一気に引き込んでいった。

 誰もがその唄に心を鷲掴みにされ、いつの間にか涙を流していた。

 曲が終わり、静けさの後に響き渡る大歓声。紗羅達は確かな手ごたえを感じていた。紗羅がセナン官吏の方に視線をやると、セナン官吏は楼主を呼び出し、何か耳打ちをしているようだった。耳打ちをされた楼主はニコニコと笑顔を浮かべて頭を下げていた。



 出番が終わり、楽屋に戻った紗羅とイアンのところに、楼主が媚びるような目つきで紗羅達に近寄ってきた。

「いやー、よかったよ!君たち。どうだい?君たちさえよければ正式にここで働かないか。」

 すり寄ってくる楼主に愛想笑いをしながら、紗羅は自分の後ろでイアンが舌打ちをしたのが聞こえた。慌てて、ごまかすように、紗羅が楼主に答えた。

「いえ、私たちは旅の者ですから。長くは留まれません。それにこの店には既にすばらしい芸妓さんがいらっしゃると聞いています。私たちなど到底及びません。」

「なーに、謙遜してるの。君たちの方が彼女よりも素晴らしかったよ。あの堅物で有名なセナン官吏も是非3日後に個室に呼びたいと言っていたからね。」

 『セナン官吏』という名前に紗羅とイアンがピクリと反応した。そして2人で視線を合わせ、頷く。紗羅はくるりと振り返り、楼主の方を見た。

「それ、是非やらせてください。」

「え?でもさっき長くは入れないって言っていただろう?」

 楼主が首を傾げる。

「はい、ですがあと3日なら働けます。まだあの芸妓さんも回復していないでしょう?ならば3日間、きっちり働かさせて頂きたいのですが。」

 紗羅とイアンが頭を下げる。それを見た楼主は嬉しそうに声を上げて笑った。

「本当?あーよかった。実はさっき快諾の返事をしたんだよ。じゃぁ2人とも、3日間よろしく頼むよ。」

「はい。」

 楼主はご機嫌な足取りで戻っていった。

 楼主が部屋から出たのを確認した紗羅はイアンの顔を見て、真剣な顔になった。

「これ、絶対誘いの合図だろ?」

 紗羅の質問にイアンが頷く。

「僕もそう思うよ。だって、セナン官吏ってあの禿げ楼主おやじも言っていたけど、本当に堅物で有名なんだ。清廉潔白を歩かせたような人物で、こういうところに行くって話全然聞かないし。」

「そっか。じゃあやっぱり、これもあの1件と絡んできそうだな。勝負は3日後。締め切りまで時間もないし、必ず掴むぞ。」

「あぁ。」

 紗羅とイアンが互いに目を合わせた。


イアン君、基本短気ですね。いっつも怒っている感じです。

そろそろ登場人物紹介とか書こうかなーと思っています。…ほぼ自分のために。あんまり出さないとそれぞれのキャラ設定を忘れてしまいそうです。というか半分忘れています(笑)

さて、次回、再びアイザッ君登場です!何気に気に入っています。彼のこと。

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