*第50章~花街の花鶴楼
光の国王都ライツにある花街、そこは王都の人間はもちろん、旅人まで皆1度は訪れるという夢の街。同じ王都の中でも花街は別世界で、違う国に来たと思わせる街並み、芸妓の心を癒す奏で、きらびやかな衣装を身に纏った女郎、数多く立ち並ぶ妓楼には各妓楼それぞれに
、華娼妓と呼ばれる、その店1番の名妓がいた。訪れた男たちを魅了し続ける花街に、今とある噂が話題になっていた。
「聞いたか?花街一番の妓楼の花鶴楼の話。」
「聞いたさ。なんでも3日前程から華娼妓にも劣らない芸妓がいるんだろう?」
「すごいのは容姿だけじゃないさ。楽器の腕前とその声!中で聴いている連中だけじゃなく、店の外に漏れ聞こえる歌声を聴いただけでみーんな魂が抜けたように蕩けちまっているって話だぜ。」
「へー、そんなにすごいのかい?そいじゃぁ、今晩にでも見に行ってみるか。」
道行く人々から同じ噂がささやかれ、それが花街に来る人間皆に広まっていき、日が暮れるころには花鶴楼の前には噂の芸妓を一目見ようと大勢の客が押し寄せていた。
「一体何の騒ぎだい?」
人だかりの前を通りすがった青年が道行く男に声をかけた。
「兄ちゃん、知らねぇのかい?今この花鶴楼にすっごい美人の芸妓が来てるってんで、今花街はその噂でもちきりなんだ。おかげで花鶴楼は商売繁盛、そこにいる男たちは入りきれなかったってんで、順番待ちしているのさ。」
「ふーん。そこまで言われているんなら、是非一目見てみたいな。」
青年が興味を示し、群れの中に入っていこうとする。
「兄ちゃん、今日はもう無理だって。諦めなよ。待ってたら夜が明けちまうぜ?」
話していた男が青年を引き留めようとするが、青年はその手をやんわりと押し戻す。
「問題ないさ、僕ならね。」
ひらひらと手を振り、青年は群れの中に消えていった。
花鶴楼の中、1階は一見のための御食事処となっている。娼妓に相手をしてもらうのであれば、まずこの1階に何度も訪れ、大金を落とす。ある程度通い詰めると、楼主から声をかけられるようになり、目当ての娼妓を指名して、一晩共に過ごすことが出来る。全ての妓楼がこのように格式が高いわけではないが、花鶴楼は花街1番の妓楼であるため、花鶴楼の華娼妓と一晩共にしようとすると、名だたる商家を破産に追い込むほどの大金が必要になる。
その花鶴楼の1階の御食事処はかつてないほどの活気に満ち溢れていた。決して安くない料金の料理に手も付けず、満席の状態で客たちは今か今かと目的の人を待っている。
すると、皆が熱い視線を向けている舞台ではなく、入り口の方からざわめきが起きている。
「おい、兄ちゃん!横入りはいけねぇだろう。ちゃんと順番を守れよ。」
「そうだそうだ!俺なんか、けさ早くから並んでたのに、まだ中に入れねぇんだぜ?!」
「うるさいなーもう。ちょっとどいてくれないか?」
人に埋もれた入り口から、1人の青年が這い出てきた。その青年の姿を見るや否や、客たちを見回っていた楼主が青ざめて、青年に駆け寄った。
「こ、これはこれはベルン様。よくぞお越しくださいました。ささ、すぐに我が花鶴楼の華娼妓、花蘭のところへご案内致します。」
『ベルン』という名に、大勢客たちがざわつき始めた。
「ベルンって、5か国すべてにその権力を利かせているあの、ベルン家か?」
「その財力は国王をも凌ぐと言われているよな。」
「あんな間の抜けた男がそのベルン家だなんて、おかしいだろッ!」
「いや、でもあの楼主のビビり様、もしかすると本物かもしれないぜ。」
いままで舞台の方に注がれていた視線が一気に入口の方に向かう。
「いやいや、楼主さん、今日は花蘭に会いに来たんじゃなくって、噂の芸妓を見に来たんだ。」
「は?でも、芸妓はあくまで芸をするだけですから今晩のお相手は出来かねます…。」
「いいって。その芸を見に来たんだから。席、空いてるかい?」
青年が1階を見渡すと、楼主が慌てて、若い者を呼び、最前列に高級なテーブルと椅子を設置し、豪華な料理と、高いお酒を運んだ。
「悪いねぇ。こんなにしてもらわなくても構わないんだけど。」
注がれた酒を口に運び、青年が楼主に笑いかける。
「いえいえ、とんでもないです。なにかあればすぐにお申し付けください。」
シャランっ
ざわつく店内で澄んだ鈴の音が響いた。
「そろそろこちらを見てくださいませんか?皆様。」
蕩ける様な美声に、客が一斉に舞台の方を見る。すると、舞台の袖から薄黄色色の衣装を身に纏った可憐な美少女が出て来て、舞台の中央付近に置かれた古筝の前に座った。
次いで、美少女が出て来た袖から、菫色の派手な服を着た、その派手な服がよく似合う絶世の美女が優雅に歩き、舞台の中央の椅子に腰を下ろし、脇に置かれた二胡と弓を手に取った。
ボロンッ
古筝を可憐な少女が鳴らし、2人が顔を見合わせた。
「それでは、皆様。ご拝聴ください。『創世神話』より、“神と神獣と人間”。」
二胡を持った美女が目を閉じ、息を吐く。そして、顔を上げた。
《我らが神は美しい獣を創られた 虹色に輝くユニコーン 深い蒼の美しい竜 煌めく黄金のグリフォン 紅く燃え上がる狼 穢れなき白い虎 彼らの力は世界に大いなる恵みをもたらした
そして神は我ら人間を創り 彼らが棲まう大地に解き放った
人間はかくも欲深き生き物 神よ神よ 我ら人間により多くの恵みをもたらせ 我を誰よりも幸せにしておくれ 神獣を我のモノに 広大なる大地を我のモノに 尽きぬ欲望を満たしておくれ
神は嘆き 闇が世界を覆う 1人ぼっちの神は 深淵の中 抜け出すことが出来ない 神は神でなくなり 人々は尽きぬ欲望から目覚める 人間と神獣が闇を晴らし 神を封印した》
皆、聞きなれた唄であるはずなのに、無心で聞き入った。二胡と古筝の音が止み、花鶴楼に静けさが広まる。間をおいて、客の一人が呆けたようにパチパチと手を鳴らすと、一斉にその場が拍手で満たされた。
壇上の美女は妖艶な笑みを浮かべ、その場にいた男たちを再び魅了した。
部隊の最前列にいた青年も、その美女を見つめた。美女がその青年の視線に気づき、顔を向ける。
「あ。」
美女の表情が一瞬固まり、何かに気づいたような顔をした。美女と目があった青年も、見たことのあるような面影をした美女をまじまじと見て、気づいた。青年が自分に気づいたのを察知した美女は咄嗟に顔を裾で隠し、そそくさと舞台の袖に下がった。美女の異変に気付いた美少女も追って、舞台から姿を消した。
「サイル、どうかしたのか?」
舞台袖で手をついて俯く美女に美少女が聞いた。
「アイザックがいた。」
「え?」
その言葉に耳を疑った美少女が聞き返す。
「なぜか最前列の、それもど真ん中にアイザックがいたんだ。」
美少女は美女の話を聞き、顔をひきつらせた。
「な、なんであいつがここに―――」
美少女の言葉を遮るように、彼女たちが先ほどまでいた舞台の方からざわめきが聞こえた。「何の騒ぎだ?」と美少女が舞台の方を振り返る。
「うわッ!」
美少女の真後ろにいた男に驚き、美少女がしりもちをついた。
「お、おまっ、なんでここにいるんだ?!」
美少女が指差す方向にはゆるんだ絹の服を着た軟弱そうな青年、アイザックがにやけながら立っていた。
出て来てくれました、アイザックさん。…遊び人として。何してるんですかねー。彼は。今回はいきなり既に芸妓として働いている紗羅ちゃん達を描いたんで、次回は巻き戻して、働くまでに至った経緯を描きます。




