*第49章~紗羅とイアンの変装~
夜が明け、紗羅とイアンは今日も光の学舎の書庫へ向かった。昨晩、ルイから渡された水晶玉を通して、ルイが紗羅に接触をしてきて、イアンと一緒の時に近況報告をしたいと言っていたため、紗羅は指定の時間になると、水晶玉を取り出した。
紗羅とイアンが見つめていると、水晶玉に蒼い光がともった。
『あー、聞こえてるか?』
間もなく、水晶玉からくぐもったようなルイの声が聞こえだし、その声に呼応するように水晶玉が光っている。
「こっちは聞こえている。そっちも大丈夫か?」
『…あぁ、よーく聞こえるぜ。んじゃぁ、とりあえず昨日調べて事を言うからな。』
ルイはヴィンセントと共に橋の建設現場で調べたことを話した。
「材料が足りない?それに労働者の賃金が安いだと?その橋の建設は確か昨年からやっていることだったな。昨年の決算表には十分な材料費と人件費もかなり上がっていたはず。…おそらく不正が行われているという設定だな。」
『設定って、どういうことだ?』
ルイに質問に紗羅とイアンが顔を見合わせてニヤリと笑う。
「そもそも不正している奴がそんな簡単に、下働きとして侵入しているお前に情報を漏らし足りすると思うか?わざとお前に聞かせたんだよ。それから、ヴィンスが話した労働者の男もおそらく、工作員だろうな。され、ここまでお膳立てされているんだ。しっかりと応えてやりたいんだが…まだ情報が足りないな。」
『そっちの決算表の調べは終わったのか?』
「あぁ、昨日1日でやってしまった。もうここで調べることはなさそうだ。だから僕たちも現場で情報を収集したいんだが…。」
水晶玉に話しかけながら紗羅は黙り込む。
(やっぱり官吏の不正の情報を得るにはあそこしかないだろう。おそらくダラスもあそこに仕掛けているはず…。ま、金も稼げるし、やってみるか。)
紗羅はチラリとイアンの方を見た。その視線にイアンは寒気を感じ、身震いした。
「な、なんだ?サイル。」
「イアン君?ちょーっと、僕に付き合ってくれる?」
満面の笑みを浮かべている紗羅だが、その威圧感がイアンに拒否の言葉を言えなくさせていた。
「う…わ、分かった。お前についていくよ。」
「ありがとう。さて、僕たちはちょっと街に出て情報を集めてくるから、ルイ達は違う部署の調査をしてくれるかい?」
『なんか分からんが、承知した。何かあったらまたそれで連絡を取ってくれ。』
「了解。じゃぁ、またね。」
水晶玉にともっていた光が、消えた。
ルイとの通信が終わった紗羅とイアンは教室に戻った。
「これからどうするんだ?」
イアンが紗羅に聞くと、紗羅は窓の外を見た。
「もう少し待っててくれる?ちょっと準備がいるんだ。」
しばらくすると、校庭に男の子と女の子の子供が2人入ってくるのが見えた。イアンには見覚えのない子供たちだったが、紗羅がその姿を確認すると、2人から見えるように、窓から手を振り呼び寄せていた。
やがて、教室の扉からその2人が入ってくると、紗羅が歩み寄り、声をかける。
「よく来てくれたな。アレク、シーラ。ありがとう。で、頼んだものは?」
教室に入ってきた2人のうち、女の子が手に持った風呂敷から、服のようなものを取り出した。
「はい、お兄ちゃん。ジュリィお姉さんに頼んでかしてもらったよ。」
『ジュリィ』の名前に紗羅の手が一瞬止まったが、すぐに「ありがとう」と言って、風呂敷ごと服を受け取った。
「主、これもお持ちください。」
そう言って、今度が男の子の方が小さい風呂敷を紗羅に渡した。
「主って?」
イアンが不思議そうに、紗羅に尋ねた。紗羅が表情を変えないまま、「なんでもない。」と言っていたが、その後ろで男のが青ざめた顔をしていた。
「じゃぁ、またな。」
紗羅は道具を持って来た子供2人を見送り、教室の扉を閉めた。そしてくるりとイアンの方を向き、風呂敷の中から、薄桃色の服を取り出した。
「さぁ、これに着替えるんだ。」
「?」
目の前に差し出された意味を理解できず、イアンが首を傾げる。
「早く着替えろって。」
グイッと、イアンに服を押し付ける紗羅。
「ま、まてサイル。これ、女物だぞ?しかもこのきらびやかな衣装は娼妓の服じゃないか!!」
イアンが冷や汗をダラダラと流しながら、紗羅に問い詰めるが、紗羅は笑顔のままだった。
「そうだ、その娼妓の服を着て、花街に行くんだ。」
「花街に行くんだって、僕は男―――」
「早く着るんだ。」
有無を言わせない紗羅の威圧感に、イアンは観念し、しぶしぶその服に袖を通した。
「安心しろ。僕も同じ格好をしてやるから。それに娼妓として潜入するんじゃないよ。妓楼に芸妓として潜入して、娼妓たちから情報を得るんだ。イアン、楽器は?」
「古筝ならある程度は弾けるけど…。」
紗羅に問われ、イアンは着替えながら答えた。
(古筝か…。カイルに習ったこの世界の楽器も中国の伝統的なものと類似しているからな…。二胡もあるようだし、いけるか。)
「確か、この光の学舎には音楽室があったよな。そこに楽器っておいてあるか?」
「ん?あぁ、置いてあると思うが…。」
服を着替え終わり、整えながらイアンが答える。
「じゃぁ、ちょっととってくるから、ここで待っててくれ。」
紗羅はそう言って教室を出て行った。
しばらくして、紗羅が教室に戻ってきた。部屋から入ってきた紗羅の格好を見て、イアンは呆然とした。
「さ、サイルお前…か?」
「そうだが。ついでに着替えて来たんだが、おかしいか?」
紗羅はきょとんとして、イアンに聞いた。その姿は鮮やかな水色の服に包まれ、きらめく銀色の髪をいつもより少し高めに揺ってあり、その髪には深紅の薔薇が飾ってある。顔はもともと綺麗な顔立ちをしているため、頬と唇に薄い桃色の紅を塗っているだけだったが、イアンは今だかつてここまでの美女を見たことがなかった。
「おかしくはないが、お前本当に男か?」
紗羅を上から下まで、値踏みするように見るイアンに、紗羅は平然としていた。
「そうだが、それだけ女に見えるってことは、この作戦、上手くいくかもな。イアンもどっからどう見ても可愛い女の子だし。」
紗羅に言われて、イアンが顔を真っ赤にして、震えた。
「うるさい!!僕は可愛いと言われることが一番嫌いなんだ!だからこんな恰好したくなかったんだ。全然似合わないし。」
イアンはそう言っているが、その容姿は薄桃色の服に、パッチリとした黒目と橙色の短い髪がよく似合い、誰が見ても可憐な少女にしか見えなかった。
「これで、メガネをとれば完ぺきなんだけど…。」
紗羅がそう言いながらイアンの眼鏡に手を伸ばそうとすると、イアンがその手をはじいた。
「これには触らないでくれるかな。それに僕はこの眼鏡がないと、生活できないくらい、この眼鏡が必要なんだ。これだけは外せないよ。」
全く取り合ってくれなさそうな雰囲気だったため、紗羅は諦めた。
「それじゃあ持って来た楽器と楽譜で1回音合わせをしようか。」
紗羅は一旦教室の外に出てから、古筝を運び入れた。次に二胡をもってくると、椅子を引っ張り出し、その上に座り、楽譜を机の上に置き、イアンにも楽譜を渡す。
「ふーん、『創世神話』か。ベタだな。まぁ、これなら暗譜しているし、弾きやすいからいいか。」
「へー、暗譜しているのか。この曲、そんなに有名なのか?」
紗羅が楽譜を捲りながらイアンに聞く。しばらくしても返事が返ってこないため、紗羅がイアンの方に視線をやると、イアンが信じられないというような顔をしていた。
「どうかしたのか?」
「お前、『創世神話』を知らないのか?誰でも子供の時から聞かせられている話だろう!楽器だって、まずこの曲から習うだろう?お前本当に二胡弾けるのか?!」
イアンに言われて、紗羅は自分の持って来た二胡を試しに弾いてみると、綺麗な高音が響き、紗羅は確信したようにうなずいた。
「大丈夫だ。これなら弾ける。さぁ、とりあえず合わせてみよう。」
イアンはまだ不安そうな顔をしていた。
「いや、明らかに今初めて弾いた風じゃないか。それにこの曲、唄もあるんだぞ?誰が唄うんだ?」
「僕が唄おうと思ってたんだけど、イアン、唄うかい?」
「どうぞ」と紗羅が歌詞を前に出したが、イアンはそれを受け取らなかった。
「僕は下手だから無理だ。君でいいから、早く合わせよう。」
「はいはい。」
紗羅は弓を手に取り、イアンは右手に義爪をはめた。
やっぱりアイザック君は働いてくれませんねー。というより、登場もしませんでした。多分次回こそは出てくれるでしょう!出ても働くかどうかは分かりませんが…。




