*第36章~天才の出現~
紗羅は部屋に入ってきた気配に気づき、目を覚ました。この部屋には紗羅を除いて3人が眠りについている。その他に違う気配があった。
(最後の1人か。)
紗羅は寝返りを打つふりをして、侵入者のほうを見た。目は既に闇に慣れていて、目標の人物を確認することが出来た。
(で、でかい…。)
身長190センチ以上はあるだろうというその身の丈に、無駄な脂肪などは一切ついていないが、立派な筋肉でおおわれているということが暗闇の中でもよく分かった。その人物はのそりと動き、1番手前のベッドにもぐって動かなくなった。
翌朝、周りがざわついてきたのを見計らって、紗羅もさも、今目が覚めたかのように体を起こした。同室のバルドと目が合う。
「おはよう、サイル。よく眠れたかい?」
「おはよう。ちょっと寝足りないくらいかな。」
紗羅が笑って、あいさつを交わし、部屋を見渡す。イアンは既に机に向かって勉強をしているが、残りの2人はまだお休み中だ。
「あれ?ヴィンスのやついつの間に戻ってきたんだ?」
バルドはベッドからはみ出している足を見つけて、それを同室の男と判断した。
「こいつが残りの1人か?」
紗羅はベッドから降りて、上着を羽織りながら聞く。
「あぁ。こいつ極度の方向音痴だからなー。この部屋に戻ってきているなんて、奇跡だ。」
バルドが感心したように話し、歯を磨きに行くと言って、部屋から出た。紗羅も外の空気を吸うためにいったん部屋を出た。
宿舎の廊下では朝食を食べに行くもの、知り合いに今日の試験の最終確認をするものなどがちらほら見えた。紗羅は廊下を抜け、試験会場に行くまでの通路を通り、そこから中庭へ抜ける。昨日の桜の樹の下にはもちろん、アベルはいない。
紗羅は昨日彼が座っていたところに腰を掛け、桜の樹を見上げる。花の隙間からこぼれる太陽の光がまぶしくて、目を細めた。
「アベル・ライツか…。まぁ、かえってジュダスにでも聞けば分かるよな。」
紗羅は小1時間ほど、その場にいて、その後部屋に戻り、準備を整えた後、試験会場へ向かった。
2日目の試験は計算式と地理に関する問題。前日と同じく1教科3時間の制限時間のもと、紗羅は本日も1時間以上時間を余らせて試験会場を後にした。
庭に出て、アベルがいないかと見て回ったが、それらしい人影は見当たらなかった。しかたなく紗羅は部屋に戻り、竜剣と長弓の手入れをする。
(明日から武術の試験だしな…。受験者に腕の立つ者はそうはいないようだったが、何人かはかなりの腕前だったから、気を引き締めないと。)
紗羅が手入れに夢中になっていると、廊下がだんだん騒がしくなってきた。試験時間が終わり、受験者たちが宿舎に戻ってきたのだ。
部屋の扉が開き、バルドが紗羅を見つける。
「あれ?サイルもう戻ってたのかい?というか、既に獲物の手入れをするなんて、よっぽど筆記試験に自信があるんだなぁ。結果の張り出しにはまだあと2時間はかかるよ?」
バルドがそう言って、紗羅のそばによる。
「ってか、その剣なんか古臭くない?たとえ筆記に受かったとしても、その剣で剣術大会にでるなんて無謀だよ。その剣かして。代わりの物を貸してあげるから。」
バルドが紗羅の竜剣に手を伸ばしたため、紗羅はその手をはたく。
「よけいなお世話だ。僕はこれを気に入っているし、他の物なんていらない。それにうかつにこれに手を出すと、けがをするよ。」
自分がはたかれたのが信じられないといった顔をしたバルドが、少し涙目になる。
「な、なんだよぉっ!人が親切にしているっていうのに…。もう知らないっ!」
バルドが起こりながら部屋を出た。代わりにイアンとルイが部屋に入った。
「あー、ようやく腹黒野郎が出て行ったか。ったく、俺も運がねぇな。あんな奴と同室なんて。」
頭をボリボリ掻きながら、ルイがあくびをする。
「全くだ。あいつ事あるごとに僕の勉強を邪魔しやがって。同じ空間にいるだけでも虫唾が走る。」
イアンが眼鏡を手で押し上げながら、机に向かっていく。
「おいおいイアン。もう筆記試験は終わりなんだぜ?何でまだ勉強をしているんだ?」
本を開いたイアンにルイが声をかける。
「言っておくが、僕は今まで試験の勉強をしていたわけではない。この国の予算配分について、勉強をしていただけだ。今後僕が官吏になった暁には是非、戸部で働いて、国の予算を牛耳りたいからな。」
イアンの眼鏡の奥の瞳が笑っている。
「さすが金の亡者…。俺は断然工部だなー。建造物関係に携わりたいし、今の建造物ってかなり遅れているから一新したいんだよな。」
ルイが瞳を輝かせてはしゃぐ。
「まぁ、確かに君には土木工という仕事がお似合いですね。」
「おい、どういう意味だ、失礼だろ!」
イアンが鼻で笑うと、ルイが怒った。
(この部屋の連中は馴染みのヤツラなのか?)
紗羅が事のいきさつを無言で見ていると、ようやくイアンとルイが紗羅の存在に気づいた。
「お、お前は…えーっと…。」
「サイル・フォード君だろ?筆記試験を2日とも試験時間よりかなり早く退場している。よっぽど、自信があるのか、それともただの阿呆なのか…。もっとも、どんなに自信があっても僕よりは劣っていると思うがな。」
(あまりかかわりたくない人種だな…。前の世界でもやたらと僕と張り合おうとして突っかかってきたやつがいたな。)
紗羅が遠い目でイアンを見ていると、ルイが紗羅の肩に手を乗せた。
「おい、サイルって言ったか?お前はどの部署に行きたいんだ?」
聞かれて紗羅は返答に困った。
(どの部署って…。王様?いや、こんなのは言えないな。)
「僕はこの国の官吏になるつもりはないが。風の国へ行く予定だよ。」
紗羅の答えを聞いて、イアンとルイが固まった。
「か、風の国?!君、あんなところへ行って何をするんだ?あそこは金さえ積めばなんでもとおる国だぞ?準試に受かったということはそれなりの実力はあるんだろう。その才能をどぶに捨てる気か?!」
「イアンの言うとおりだぞ。あんな国、志の高い奴は普通いかねぇぞ!やめておけ。この学院を卒業できればエリートコースまっしぐらなんだぞ?光の国でなくても他の国でも重宝される。光の国までとはいかねぇけど、他にも国はあるんだ。それなのになぜよりにもよって風の国なんだ?!」
2人いっぺんに詰め寄られて、紗羅はたじろいだ。が、2人をキッと睨みつける。
「僕は既になんでも整っている国で、苦も無く官吏として過ごすやつのことを志が高いとは思わないがな。本当に志の高い奴はどんなにつらい逆境でも毅然と立ち向かい、どん底にある国を正しい方向へ導く人間のことを言うんではないのか?」
紗羅の言葉に反論できず、縮こまるイアンとルイ。
「まぁ、どっちにしろ僕は人様の将来になんぞ興味がないからな。好きにするがいいよ。」
紗羅はそう言って、布団にもぐりこんだ。
2時間ほどたったところで、部屋の外が騒がしくなっていた。
(うるさいな…。そうか、試験結果が出たのか。)
紗羅は布団から這い出て、部屋を出ようと扉に手をかけた。
ガラッッッ!!
紗羅が扉を引くよりも早く、勝手に扉が開いた。
目の前にはわなわな震えているイアンとバルド。そして、物珍しそうな目で見るルイ。
「どうかしたのか?落ちたのかお前ら。」
紗羅が不思議そうに聞くと、イアンとバルドが憤慨した。
「「この僕がそんなわけないだろうっっ!!!!」」
声を揃えて、紗羅に詰め寄る2人。
「で、では一体何なのだ。」
紗羅が2人を押し返すと、後ろからルイが顔を出した。
「いやぁー、お前ってすごいんだな。まさかイアンより頭のいい奴がいるなんて思わなかったよ。てか、化け物か?なんなんだ、全教科満点って。」
「そうだぞ、それも一切ここに来てから本を開いていないやつが。」
「誰よりも早く、見直しもせずに部屋を出たやつが。」
「「何で1番なんだーーーーっ!!!」」
ルイの後からイアンとバルドが矢継ぎ早に紗羅を責める。
「そんなの決まっているじゃないか。」
紗羅が平然とイアンたちに向かって言う。
「「「?」」」
紗羅の答えに耳を向ける3人。
「あんな簡単な問題、満点じゃない方がおかしい。」
紗羅の言葉を聞き、イアンとバルドだけでなく、ルイまでもが怒った。
紗羅の噂は瞬く間に受験生の間に広まっていった。素直に感心するもの、その才能に妬むもの。それぞれの眠れない、試験2日目の夜が過ぎていった。
腹黒少年バルドと陰険イヤミ眼鏡のイアン。大きくて方向音痴ってこと以外謎のヴィンセントとガテン系のルイ。今後彼らをどの方向へもっていこうか、悩みものです。そして規格外なくらい頭のよろしい紗羅さん。この人も偽名を使うようになって、余計自分でややこしくなってしまいました。




