*第1章~決別~
――秋山紗羅は今日、16歳になる。
今日も彼女は黒い制服を身に纏い、漆黒に揺れる長い髪を束ね、家を出る。
いつもと変わらず、『彼』として、登校する・・・。
「おはようございます、暁羅様。」
『彼』にかけられる敬愛の声々。
『秋山財閥』・・・日本5大名家のひとつであり、世界で3本の指に入るほどの巨大財閥。
その一人息子である秋山暁羅は容姿端麗、頭脳明晰、運動神経抜群といった天に二もつも三もつも与えられたような存在であった。
学校が終わり、帰路につく。彼女が玄関のドアを開けると、彼女と全く同じ顔の、でも少し痩せ細った『彼』がいた。
「おかえり、紗羅。」
「ただいま、暁羅。」
秋山暁羅は幼少のころから病弱であった。満足に学校にもいけない暁羅を心配し、父親は双子の姉である紗羅に暁羅の代わりとして学校に通わせた。
その代り、紗羅の存在は抹消された。
紗羅は弟のため、必死に学び、鍛練を続け、時には刺客におそわれることもあった。それだけ、秋山家の長男としての存在は絶対であり、敵も多かったのだ。
「来て、紗羅。僕らの誕生パーティの支度をしよう。」
今日は彼らの16歳の誕生日。500人は収容可能な自宅の離れで盛大なパーティが催される。
紗羅はスーツに着替え、パジャマ姿のままの暁羅と向かい合う。
「本当に、お前が出なくていいのか?」
「うん。僕が出て倒れでもしたら秋山家の家名に傷がついちゃうから。」
そう、パーティの主役は秋山暁羅ただ一人。それ以外がいてはいけないのだ。
「行って、紗羅。帰ってきたら、二人でお祝いをしよう。」
暁羅はにこりと笑って紗羅を送り出す。
「ああ、必ず。」そう言ってドアをしめようとしたとき、暁羅が呼び止めた。
「待って、紗羅、忘れてた。これ持って行って。」
暁羅が渡したのはシルクのハンカチ。
「忘れてた、ありがとう、暁羅。」
そう言ってこんどこそ紗羅はドアを閉めた。
豪華絢爛奈パーティ会場。世界のセレブ達がきらびやかな衣装を身に纏い、パーティの主役を待つ。
司会者がマイクを手に持つと、ざわついていた会場に静けさが広がる。
「それでは今宵の主役、秋山財閥のご長男であらせます、秋山暁羅様のご登場です!」
会場が一斉に拍手で包まれる。
優雅な足取りで気品を漂わせながら、紗羅が壇上のマイクの前へ立つ。
「今宵は私、秋山暁羅のためにご出席いただき、ありがとうございます。今後もより一層、勉学に励みながら、少しでも早く、秋山財閥と、ご出席いただきました皆様へ貢献できるよう、日々精進に努めますので今後とも、秋山財閥と『秋山暁羅』をよろしくお願いいたします。」
再度会場が盛大な拍手で包まれた。
紗羅は壇上のわきに下がり、替わって秋山財閥の社長であり、彼らの父親である秋山昇治がマイクの前に立つ。と、同時に会場の来賓、紗羅、昇治へシャンパングラスが渡され、シャンパンが注がれる。
「今宵はわが息子のためにお集まりいただき、ありがとうございます。本当はすぐにでも会社を手伝わせたいのですが何分まだ幼く、学生のため、もうしばらく見守り下さい。それではお集まりいただきました皆々様のますますのご健勝と秋山財閥の未来を担うわが息子の晴れやかな今日この日を祝って、乾杯!!」
「「「「乾杯!!!!」」」」
皆が一斉にシャンパンを口に運ぶ。
紗羅はハンカチでグラスの口元をぬぐって、シャンパンを口に運んだ・・・。
「ぐっっ??!かはッッ」
シャンパンを口に運んだ途端、紗羅の顔がみるみる青ざめ、吐血した。
「きゃぁぁぁぁぁぁあ!!!」
会場内がどよめく。
「はやく、医者を・・・、いや、運び出せ!」
昇治が部下に指示をする。
紗羅はそのまま本挺の自分の部屋へ運び込まれた。
「大丈夫ですか、暁羅様?すぐに医師を呼んでまいります。」
おそらく新人であろう若い部下が部屋を出ようとする。
「ま・・・まて、大丈夫だ、医者はいらぬ・・・。」
「ですが暁羅さ・・っ。」
部下の言葉を阻ませるほど鋭く部下を睨む。
「必要ないと、言っているだろう。ここはもういいから、さがれ!」
そう言い放ち、紗羅は彼を追い出した。ゆっくりと立ち上がり、荒い息を放ちながら銀のコップを取り出し、部屋にある水を入れて色が何も変わらないことを確認した上で、水を大量に摂取した。
幼い頃より、命の危険にさらされてきた紗羅は、武術だけでなく、ある程度毒に対応できるよう、日々の食事に少し、命を脅かさない程度の毒を数多く摂取し続けてきた。その甲斐あってか、大分、彼女の息も落ち着いてきた。
キイっと部屋の扉が開き、そこに現れた自分と同じ顔の人間に、紗羅は笑顔を見せた。
「暁羅、来たのか?」
「紗羅が倒れたと聞いて・・・大丈夫なの?」
「あぁ、少し油断していただけだ。・・・まさか、お前に殺されかけるとはな。」
「???!!な、んでそれを?」
「銀食器以外で何かを口に入れるとき、私が必ずハンカチでぬぐう癖を知っているのは身近な人間以外はいないだろう?それにそのハンカチを渡したのは他でもない、暁羅じゃないか。」
「シャンパン自体に毒がもってあったんじゃないの?」
「あのシャンパンは会場中に運ばれたんだ。同じボトルのシャンパンを口にした、我らが父上はピンピンしていたぞ?一体どうしてだ、暁羅。」
暁羅は下をみて、小刻みに震える。「くっっ、フフっっあははははっ」
突然笑い出した自分の分身に驚く紗羅。
「どうしてかって?決まってるじゃないか、紗羅が邪魔だったんだよ。本当なら僕がたっている場所、僕が行くべきところ、僕に与えられるはずのもの、すべてを紗羅が奪っていったんじゃないか!!」
「それは、お前が病弱だから、お前の身代りにやっていたことだ!」
「僕のため?笑わせる!ああ、紗羅はご立派に僕のふりをしてくれたね、完ぺきだったよ!でも、やりすぎだよ?僕はそんなに出来がよくないし、スポーツもどちらかといえば苦手なほうだ。紗羅がなんでも完ぺきなせいで、僕を見るお父様の顔も、お母様の顔もどんどん落胆の顔になっていくんだ。僕がどんなにみじめだったか、そのうち家督も紗羅に継がせるのではないか、そうなったら僕は一体何のために存在するんだ?ただのお荷物じゃないか!」
「暁羅、それはちがうぞ。」
「うるさいっっ!!何を根拠にそんなことがいえる?女だからか?そんなの今の時代、女も男も関係ないだろうっ!」
「ちがうんだ、暁羅。そういうことではない。・・・私はお前の双子の姉でもなければ、この家の血を引いているわけでもないんだ。」
「はっっ、何戯言いっているの?これだけ瓜二つで双子じゃないだと?じゃあ、一体何なんだ!!」
すっと紗羅は立ち上がり、目に手を当て、眼球から何かを取り出し、頭に手をやり、パチンと音をさせその黒い髪をひっぱった。
「っっっ??」息を飲む暁羅。
そこに立っていたのは自分と顔立ちはよく似ているが、たなびくプラチナブロンドの髪、深緑の瞳の紗羅だった。
「ど、どういうこと?」
「お前が生まれた日、病室でお前を産んだ後疲れて眠ってしまった母が目が覚めると、なぜか白い虎が赤子を運び、母の隣で保育器の中で寝ていたお前の横にその赤子を置き、その虎はスッと消えたそうだ。その赤子が、私だよ。」
「そんなばかなっ」
「本当だよ。お前の両親は私をそのまま引き取って育ててくれたが、5歳の時お前が毒の入ったお茶を飲んでから、お前を守るために私にお前の双子のふりをするよう、黒いコンタクトと、髪は染めても染めても、黒髪になることはなかったから黒髪のウィッグをつけ続けるよう言い、お前の代わりにお前に降りかかるすべての危険を私に受けさせた。今回の毒も、私が毒に慣れるため、幼いころからずっといろんな毒を摂取していたおかげで、命を落とさなかったんだ。」
「そんなこと、少しも知らなかった。紗羅、まさかずっと命を狙われていたの?」
「あぁ、毒なんてしょっちゅうだし、たまに、拉致されたり、刺客もおおかったな・・・。すべては私を育ててくれたお前の両親に報いるため、そして何より暁羅、お前が愛おしかったから我慢できていたのに。」
バンっっ!!突然紗羅の腰かけていたベッドの脇の小窓が開く。
風に髪を揺らがせ、紗羅の頬に一筋の涙が伝った。
「さ、さら、何を?」
紗羅は開いた窓に手をかけ、身を乗り出す。
「ちょっと待って、ここ4階だよ?」
「何をって、暁羅が望んだんだろう?私には暁羅がすべてだったんだ。暁羅にいらないと言われたら、私はもう・・・。」
「待って紗羅、行かないでっ!!」
「暁羅、誕生日おめでとう。」
ニコリと笑い、窓の外へ紗羅は身を投げ出した。
ピカッッ!!
紗羅の体が白い光に包まれ、消えた。
『ガアオウっっ』
後を追うように突然白い虎が現れ、紗羅の消えた空へ、その白い虎もまた消えていった。
後には呆然と立ち尽くす暁羅と、静けさだけが残った-




