*第10章~聖域~
「魔法を教える」と言ったアレクは紗羅の手を引き、ベットから降りさせた。
「これより、私の聖域へ【移動】します。はぐれないようしっかり私の手を握って下さい。」
アレクはそう言って紗羅の目を見つめた。
「聖域って人間は入れないのではなかったのか?」
アレクから視線をそらさず、紗羅は聞いた。
「本来は人間が足を踏み入れることのできぬ場所です。そこに入れるのは我ら5つの国の神獣と、自分と契約している聖獣だけです。ですが、主は私と契約をしています。神獣と契約した人間は聖域を自由に行き来できるのです。もちろん他の国の聖域へも入れます。神獣と契約した人間は神獣と同じ特権を持つのです。」
「聖獣と契約した王達は入れないのか?」
「はい。人間で聖域に入れるのは神獣と契約したものだけです。また、それぞれの国の聖獣は、他の国の聖域に入ることもできません。」
(こちらの世界には色々と決まりごとがあるのか。)
アレクは紗羅の手を握り、部屋の中央に立ち、自分の額と紗羅の額をこつんとくっつけて、
「【移動】」
と、叫んだ。
その瞬間、紗羅は身体が捩じれるような感覚に襲われた。そしてすごい嵐の中の船の上のような揺れを感じ、乗り物酔いのような眩暈と吐き気に襲われた。
(う…気持悪い…)
気が付くと、見知らぬ場所に出た。あたり一面緑に覆われているが、どこか不気味な雰囲気を醸し出している。
まだ、乗り物酔いのような吐き気がしていた紗羅を余所に、アレクが目を見開いていた。
「ど、どうかしたのか?」
言葉以外のモノが口から出そうになるのを抑えて、紗羅がアレクに聞いた。
「まさか、聖域まで魔物に浸食されているとは…。」
アレクが言った言葉の意味を理解した紗羅は辺りを見渡した。
視界の端で蠢く黒い生き物たち。サイズはさほど大きくないが、あの森で見た魔物と同じで黒い靄をまき散らしている。
紗羅たちがいる場所の奥に小さな泉があったが、そこの水も黒くよどんでいた。
自分の棲家の変わり果てた姿を見て、アレクはポロポロと涙を流していた。
「大丈夫か?アレク」
紗羅がアレクに声をかける。
「申し訳ございません、取り乱したりして。思いもよらなかったことなのでつい…。」
「そもそも何故こんなに魔物が侵入したんだ?聖域に入れるものは限られているはずだろう?」
ここに来る前のアレクからの説明で聞いてた話からは想像もできないくらい、たくさんの魔物がいたので、アレクが驚くのも無理はなかった。
「おそらく、私がこの世界から消え、聖獣たちもいなくなったこの国は守りの力を失い、ここもその影響を受けたのでしょう。人間たちにはこの聖域は見えませんが、魔物たちには見えるのです。本来であればここを守るはずの聖獣がいたはずですが、その聖獣もどこかに消えてしまったようですね。」
アレクは涙をぬぐい、紗羅に向き合って、言った。
「主、この状況は悲しむべきものですが、逆に今の我々にとっては喜ばしいことでもあります。」
「…どういう意味だ?」
アレクの意味不明な言葉に首を傾げる紗羅。
「主はこれより、私から魔法を習い、その練習をしなければなりません。この状況は私が教えた魔法を実践するのにとてもよいのです。」
――つまり、習った魔法で攻撃する相手がいて、その魔法をどのくらいのさじ加減で使えばいいか等も確認することができる絶好のチャンスということだ。
「では、始めます。まずは、人間たちが魔法を使うのに必要な魔道書を創る必要があります。」
「魔道書?」
――曰く、アレク達獣はそれぞれの魔法陣を思い浮かべるだけでその魔法が使えるが、人間たちはその陣が描かれたものを媒体として、魔法を発動させるのが普通だという。わざわざ魔法を発動させるために陣を書いていたら時間がかかるため、人間たちはそれぞれ自分の魔道書を創り、使用する魔法をページを開いて、詠唱することで魔法を使用するようにしたそうだ――
「でも、本なんて、ここにはないだろう?」
緑と水と魔物しかいないこの土地でそんな人間が使うようなものはおいていなさそうだった。
「はい、ですからまず最初に主に使っていただく魔法は【合成】です。これはその原料となるものを用いて、別のものを生み出す魔法です。この魔法を使って、主は魔道書となる本を創って頂きます。」
(何だか化学のような魔法だな。)
そう思いながら、紗羅はアレクのそばを離れ、一番近くの樹の前にたった。
「はっっっ!!」
と声を発して、その樹へ蹴りを入れると、バキバキと音を立てて樹が倒れた。
「本になる紙の原料は樹だろう?これで構わないか?」
「そのようなことなさらずとも私がご用意致しましたのに。」
アレクは少し拗ねたように紗羅に文句を言った。
(何かアレクはあの少年の姿になってから精神が幼児化している気がするんだが…。)
紗羅がそんなことを考えていると、すかさずアレクが紗羅のもとに駆けつけ、紗羅に向かって土下座した。
「申し訳ございません。本当はこっちが本来の私の性格なのですが、最初は主を不安にさせまいと、大人のふりをしていました。」
(ということは、姿だけでなく、精神も神獣に変わった幼い時のままというわけか。)
「主、それ以上言わないで…、嫌、思わないでください。私と主は契約した影響で読もうと思わなくても、主の考えが私には伝わってしまうのです。」
アレクが泣きべそをかきながらそう言うと、面白がって紗羅はまた心の中で思った。
(人の心を読むなんて、プライバシーの侵害もいいところだな。いっそ契約を破棄してやろうか。)
「それだけはやめて下さーい。お願いですぅー。私は主を得るためにこの世界から一度姿を消したのです。それほどまでに主は私にとって重要な存在なのです。」
泣きながら懇願するアレクを見て、ぷっと紗羅は吹き出した。
「冗談だよ、アレク。そもそもお前を手放したりなんかしたら、私はこの世界で生きていくことなんかできそうにないからな。お前が頼んでも手放してやったりなんかしないぞ。」
クスクスと笑いながらそう言う紗羅をみて、アレクはやっと泣くのをやめた。
紗羅が蹴り倒した樹を運んでくると、アレクが地面に木の枝で丸い陣を書いていた。
「これが【合成】の魔法陣です。この陣の中央にその樹を置いてください。」
アレクに言われるように、紗羅は陣の中央に蹴り倒した樹を置いた。
「さあ、主。この魔法陣の前に立って、合成する分厚い本をイメージしながら私が主の心の中で教える言葉を唱えて下さい。」
紗羅はアレクに言われた通り、昔映画などで見た魔道書のような分厚い本をイメージした。
『主、準備はいいですか?いきますよ!』
アレクの声が頭に響く。
(ああ、いつでも構わない。)
(我、唱える者。その供物を持って、完成させよ。【合成】。)
「我、唱える者。その供物を持って、完成させよ。【合成】。」
アレクの言葉通り、紗羅が唱えると、魔法陣に光が灯り、その光が陣の円をぐるりと一周すると中央に置かれた樹が爆発し、光が消えると同時に紗羅のイメージした通りの茶色い表紙の分厚い本が出てきた。
…大量に。
「成功、か?」
「まあ、初めはこのようなものです。主の魔法を発動させるために使った魔力の量が多少多かったようですが。」
「え?私はごく少量を使ったんだが。」
魔法を発動するときに使う魔力は自分の中に魔力の泉をイメージして使う分だけの量の水のような魔力を発する言葉と一緒に外に出す、アレクが言っていたので、自分の中にある魔力の泉(100万リットル程)の中からごく少量の水(0.001リットルくらい)を出したつもりだった紗羅だが、目の前の山積みの本を見て、一言、「難しいな。」と言った。
そんな紗羅を見て、アレクはふうっと息を吐いて、つぶやいた。
「どうやら主の魔力の量は想像よりもかなり多いようですね。」
このお話で、アレクの本性がばれました。王様のような風格だからと、アレクと名付けた紗羅の考え台無しな性格です。




