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空白の肖像  作者: 音鳴 凪


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9. Heresy

 ——すなわち、容貌を手がかりにすれば、その魂にふさわしい器を、探し出すことができる。


 その言葉を聞いて、私は手元のファイルに視線を落とした。

 ここにあるどこか似た雰囲気を持つ人たちの写真。これはその器として集められたものなのか。


「……魂だとか、器だとか。あなたは何の話をしているの?」


 先ほど言いかけた言葉を、今度ははっきりと口にした。

 続けて喋ろうとすると、また喉がうまく動かない。それでも、このまま男のペースに乗るのは良くないと感じる。


「……あなたは、狂ってる……。そんなこと、できるわけがない」


 私の声に、男はまばたきひとつしなかった。怒るでも、笑うでもなく、ただ静かにこちらを見ている。

 男のその様子は、私の言葉を、意味のない空虚なもののように思わせた。


「できるわけがない、か。それは、君が魂というものを理解できていないだけだ。これは、私にしかできないことだからね」


 諭すような、おだやかな言い方だった。さきほどまで熱を帯びていた声が、また落ち着きを取り戻している。


 私を「お兄様」と呼び続けた、あの少女のことを問おうとして、言葉に詰まる。あの献身も、あの優しさも、すべてこの男の企てのなかにあったのか。


「あの子は何者? あなたがあの子を巻き込んで……」


「人聞きの悪いことを言う」


 男は小さく鼻を鳴らして私の言葉を遮った。


「彼女は、すすんで協力してくれているのだよ。失った兄を、取り戻したい一心でね」


 失った兄。

 その言葉を聞いて、少女が私に向かって呼びかけた言葉が蘇る。


《お兄様がいなくなってから、どうやって過ごしていたと思いますか?》


《でも、もういいのです。こうしてお兄様が、また戻ってきてくれたのですもの》


 あの少女は最愛の兄を失い、その兄を取り戻すためにこの男に協力しているというのだろうか。


 彼女は兄を取り戻すために、男の()()に付き合っているというのか。


「まさか、この人たちはそのために」


 私は手に持ったファイルをもう一度開いた。

 どこか面影がある人たち——そして、私自身も同じ。


「ああ。皆、この研究に協力してくれた人たちだ。器としてふさわしいかどうかを、試させてもらったのだ」


 男は、何を今さら、とでも言いたげに答えた。


「そんな……人を、道具みたいに」


「道具ではないよ。器だ。魂の器だよ」


 言い返そうとしても、言葉が出てこない。狂っているとしか思えないのに、男の理屈は最後まで筋が通っていて、ぶつけたはずのこちらの言葉が、宙に浮いたまま行き場をなくす。


 話せば話すほど、おかしいのは自分のほうではないかという気さえしてくる。


「あなたは、本当はわかっているんでしょう。こんなこと、できやしないと——」


 男の口元から、笑みが消えた。


「だから、何度も何度も、同じことを繰り返しているんだわ」


「何も知らない分際で何を言う!」


 男が一歩大きく踏み出すと、革靴の踵が大きな音を立てる。

 私の言葉に、初めて男の感情が露わになった。


「私の研究に間違いはない。あとは、証明してみせるだけなのだ」


 その怒りに震える姿を見て、私はここが好機だと思った。


「そんなことさせないわ!」


 少しずつ力を取り戻した腕を振りかぶり、私の手から放たれたファイルが、男の顔面へと吸い込まれていった。


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