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ジェマを見守りながら、ヒュプノスは少し考え込む。
もしもの話。ジェマの未来を明るくするために王位継承権第一位を得る必要が出て来たとしたら。そのとき、ジェマが王族であることを世間に知らせるべきか、知らせないべきか。そして、本人が知るべきか、知らないでいるべきか。
自らの正体は、知ってどうするかはその人次第な部分が大きい。ジェマが王族であることを自覚してどうするか。それはジェマ自身が決めること。
王族としてこの国を変えたいと願うか、道具師としての今の道を突き進み続けたいと願うか。
ヒュプノスは小さく口角を上げる。ジェマの答えは、分かる気がした。
「ジェマは、何があっても道具師でいるんだろうね」
すっかり集中してイヤリングの細かい彫り物を掘り進めている。天使の羽をモチーフにした、セインらしい美しい装飾。スレートよりもジェマが得意な分野だ。
ヒュプノスはその手元から魔力が溢れないか注視しながらも、また考えに耽る。
ジェマがどんな道を辿っても道具師としての道を選ぶなら。王族であることを伝えるか伝えないか悩むのは、王族の問題が安定した後で良い。ジェマの道が、妨げられることがないように。
「ふふ」
「ん? どうしたんですか?」
丁度羽の最後の線を彫り終えたジェマが、ヒュプノスの小さな笑い声に楽し気に首を傾げる。ヒュプノスはゆるりと首を横に振ると、ジェマの艶やかな黒髪をそっと撫でた。
「いいや。なんでもないよ。ジェマ、イヤリングの彫刻はこれで終わりなのかな?」
「はい。ここに魔石をくっつけて……完成!」
目を輝かせて完成品を差し出す。ヒュプノスの手に渡ったイヤリングからは、じんわりとした魔力が感じられる。けれどそれは魔石が放つ純粋な風属性の魔力。ジェマの魔力が溢れることなく魔石付与魔道具を完成させることができたことを示していた。
「上手くいったんだね」
「うん! この調子で、残りも作っちゃうね」
ジェマは心底楽しそうに、アンクレットの作成に取り組む。ジェマの指先が魔法のように揺らめいて、ローテンドの枝の皮を薄く剥いでいく。そしてつるりとした肌色の木肌にそっと薄く光が通るように掘りを入れる。
再びの集中力に、ヒュプノスは小さく微笑んで見守った。その繊細で、しなやかで、柔らかで。けれど好奇心が抑えきれない手つき。好きこそものの上手なれ、なんて言葉がよく似合う。
ヒュプノスは頬杖をついて、ジェマの手元をぼんやりと眺める。考え事は、ジェマの手元を見ているだけでどこかに消えて行く。そんな錯覚を起こすほど、ジェマの丁寧な手捌きは見る者を魅了する。
「ジェマは、本当に道具作りが好きだね」
「ふふ。もちろん」
「どうして、好きなの? お父さんが道具師だっただけじゃ、好きにはならないでしょ?」
ゆったりと問いかけると、ジェマは集中しながらも頬をゆるりと緩めて頷いた。
「お父さんが道具を作る姿が、格好良かったから。あと、お客さんが喜んでいる姿も好き。何より、道具を作っていると、お父さんを1番近くに感じられる気がするから」
ジェマは1ヵ所の透かし彫りを終えると、1度手を置く。そして【次元袋】から1冊の冊子を取り出した。
「これは?」
「お父さんが遺してくれた図鑑、みたいな。お父さんの知識が目一杯詰まっていて、私が1人でも迷わずに採取ができるのは、これのおかげ。小さい頃、お父さんが教えてくれた声がここに詰まっている気がして、読み返すたびにお父さんの声が思い出せるの」
人は、まず最初に声を忘れると言われている。その最初に忘れるものを覚え続けていることができるなら。それは失った人を障害心の中に生かし続けることになる。
「道具を作るのが純粋に好きだったのも、本当だけど。最初は、お父さんのことを忘れたくない気持ちが大きかったかもしれない。もちろん、お客さんたちにも喜んで欲しいし、お父さんが目指した店舗経営も続けたいし。やりたいことがいっぱいで、楽しくて仕方がないの」
ジェマは少し悩まし気に、けれどそれを隠すように笑ってみせる。いつだって笑顔で、楽し気に。そんなジェマの、不安定な心。目指すものはブレない。けれどその理由は、ふわりふわりと形を変えて揺らめいている。
「ジェマは、道具師でありたい理由がたくさんあるんだね」
「たくさん?」
「そう。だからどれか1つが欠けてもきっと続けたいんだろうし、どれか1つを達成しても辞めたくないんだろうなって思った。きっとそれは、素敵なことだよ」
ヒュプノスの穏やかな声に、ジェマは考え込むように手元のアンクレットを見つめる。ヒュプノスはそんなジェマから、自分が書き残している研究メモに視線を移す。
他にないからやっていたこと。楽しいけれど、もしも他にできることがあるなら、選んでいたか分からないもの。それが今、ジェマとの繋がりになって、手放したくないものに変わった。
「自分がそのとき大切にしたいものを、心から楽しむことができたら良いね」
その言葉にパッと顔を上げたジェマは、ヒュプノスのどこか無邪気な笑みが移ったように楽し気に笑った。




