3
ジェマの額に蹄を置いたジャスパーは、眠っているだけだと理解してホッと息を吐いた。そして机の上に山積みにされた魔力が満ち溢れた魔石付与魔道具に視線をやって、ヒュプノスを見た。
「ジェマは、魔力暴走状態に近くなっていたのか」
「そう。最初は私が吸い出していたんだけどね。私まで魔力暴走状態になってしまいそうだったら、苦肉の策でこうなったというわけだよ。そろそろ、ここにある魔石付与魔道具は尽きそうというところで、ジェマの身体に流れ込む魔力が止まってくれたからね。これ以上ジェマが苦しむことはないでしょう」
「そうか」
ジャスパーが安堵の息を吐くと、ジェットはくりんっと首を傾げる。
「ピピィ?」
「ああ、もう大丈夫らしい。ジェットのおかげだ」
ジェットが叫ばなければ、ドルゲはジェマの危機に気が付くことはなかった。ドルゲが来なければ、ヒュプノスがジェマを落ち着かせ、魔力を吸い出すこともできなかった。守ると誓った相手が苦しんでいることにも気が付けなかったジャスパーは、静かに蹄を握りしめた。
そんなジャスパーを見つめていたヒュプノスは、視線の端で飛び跳ねている見慣れないスライムに気が付いた。
「あの子は? スライムの一種だよね。ジェマから感じたかなり強力な風属性の魔力をあの子からも感じるということは、ジェマと契約をしているのかな?」
「ああ。モアレはグラトニースライムだ。主食は魔力。ジェマが魔力不足になればその魔力を分け与えることができる。一方でモアレが魔力でお腹いっぱいになると、ジェマに魔力を譲渡し過ぎるようだ」
「なるほどね。面白いことをしているようだけど、ジェマの身に危険が及ぶことは容認できない」
ヒュプノスの瞳が冷ややかに沈む。ジャスパーは素直に頭を下げた。
「申し訳ない。最近のジェマは魔力欠乏になることが多かったから、その対策としてちょうど良いと考えたんだ。だが、モアレが魔力でお腹いっぱいになることは想定していなかった。それにジェマの魔力の許容量はかなり多いからな」
「そうだね。現に、ジェマが倒れたのは魔力暴走でではないよ。過呼吸を起こしていた。過呼吸で弱っていたせいで、無意識化で行っていたはずの魔力のコントロールが効かなくなって魔力暴走状態になりかけていたと考えるのが妥当だ。ジェマが元気なときなら、これくらいの魔力は上手くいなせる。普通ではないけどね」
ヒュプノスは苦笑いを浮かべ、再びジェマの頭を撫でる。モアレはぴょんぴょんと飛び跳ねて、ジェマの様子を伺う。ヒュプノスはモアレのその姿に小さく笑う。
「モアレも、新しく契約を結んだ子にしてはジェマに懐いているんだね。それで、モアレは何を食べたら魔力でお腹がいっぱいになったのかな?」
再び笑みに冷たさを滲ませるヒュプノスに聞かれて、ジャスパーは思わず目を背けた。けれどジェットがテシテシと床を脚で叩くと、ジャスパーは観念したように項垂れる。
「モアレの腹の中で、精霊に魔力の使い方を教えていた。契約者の魔力や生命力を削らずに、自力で魔力を扱い、力を発揮する訓練をしていたんだ」
「なるほど。モアレはそこで溢れた魔力を全部食べて、外に出ないようにしていたと?」
「ああ。そういうことだ」
バツが悪そうな顔をしているジャスパーに、ヒュプノスは思わず吹き出した。ジェマを見下ろして、穏やかに微笑む。
「キミは、発想がジェマとそっくりだね」
「まあ、家族だしな」
「家族、か」
ヒュプノスの声に寂しさが滲む。血縁はあるのに、一緒にいるジャスパーたちがジェマにとっての家族で、自分はただの頼れる人でしかない。頼られることは嬉しいのに、その遠い距離が歯痒かった。
「ヒュプノス。ジェマは、知らないんだぞ」
「分かっている。ジェマの身に危険が及ぶ可能性があるうちは、伝える気はない」
深く息を吸ったヒュプノスは、ジェマの瞼に手を添える。
「ドリームキュア」
薄く広げるように魔力でジェマを包み込む。ジャスパーは咄嗟にヒュプノスの手を掴んだけれど、ヒュプノスは魔力の行使を止めない。
「おい、何を」
「闇の力で回復しただけ。すぐに目を覚ますよ」
じんわりと温かい魔力がジェマを癒し、ジェマはぼんやりと目を覚ました。目の前に見えたヒュプノスに、手を伸ばして頬に触れる。
「ふしぎな、かがみ……」
寝惚けたジェマの言葉に、ドルゲは小さく吹き出した。
「確かに、似てはいるけどな」
「ふふ、ジェマ、鏡ではなく、私だよ。ヒュプノスだ。気分はどうかな?」
ぼんやりしていたジェマの目がはっきりする前に、ヒュプノスはドルゲに手を差し出す。ドルゲが持っていた【スプーフィングサファイア】をヒュプノスに渡すと、ヒュプノスは丁寧にジェマに着け直してあげた。
ジェマの髪は黒く、瞳はサファイア色に変わる。ジェマが心から慕う、父、スレートと同じ容姿。
「可愛いね、ジェマ」
褒める言葉が、震えていた。ドルゲはその肩に手を置いて、首を横に振る。ヒュプノスは深呼吸をすると、そっとジェマの肩を支えて起こしてやった。




