第8小隊カポック
ジェマとハリスがシヴァリーの護衛を受けて帰るのを見送ると、カポックはツマナとの会話を終えて帰ろうとしたヒュプノスを呼び止めた。
「あの」
「どうした? カポック」
名前を覚えられていたことに一瞬動揺しながらも、カポックは1つの首輪を差し出した。中心にあしらわれているのは、第1王子の紋が刻まれた隷属魔法の魔石。
「これは?」
「俺が、まだ奴隷になりたてだったとき。一緒に奴隷をしていた奴が、死にました。奴隷商は廃棄も請け負っていたから、そいつの遺体は、戻ってきました。これは、そいつの遺体から、盗んだものです。アイツが、生きた証に、墓に埋めてやりたくて」
「そうか」
奴隷は墓を持たない。その場で骨まで燃やし尽くされて終わる。カポックが初めてその事実を知ったのは、その時だった。
「これを僕に渡すということは、君は聞いているんだね」
「はい。ハナナさんに救われてから、ハナナさんの手伝いをしているので」
「そうか。ありがとう。これがあれば、動かぬ証拠になる」
マジフォリア王国は奴隷制を認めている。けれど王都であるファスフォリアでは国王の就任時の勅命によって奴隷制が禁じられている。国王がどのような国を作りたいか、それを示し例とするためにある就任時の勅命は、王都限定で発令され1代限りで効力を失う。けれどその分効力は強く、その勅命に反すれば王族であっても死刑となる。
第1王子の紋入りの隷属魔法の首輪。それは現国王が即位してから産まれた第1王子が持っていてはいけないもの。王位剥奪どころか処刑の理由になる。
「先ほどの、第1王女の日記。あれは、コマスに関わることが書かれていると推測しました。王妃に関することも、きっとお調べなのでしょう。少しでも、お力になりたいと思いました」
カポックは膝をついて礼を尽くす。その姿に、ヒュプノスはジッと考え込む。が、思わず吹き出した。驚いたカポックが顔を上げると、ヒュプノスは笑いながら首を横に振った。
「いや、すまない……真面目な話ではあるのだが、カポックの頭の上で、ジェットが心地良さそうに寝ているものだから」
その言葉に咄嗟にカポックが頭上に触れると、確かにジェットが熟睡していた。
「ジェマさんと一緒に帰らなかったのか……」
「さっきの戦闘、随分と頑張ってくれていたからね。疲れたんだろう。それにジェマは今、ハリスのことにかかりきりだ。お守にジャスパーだけ残して帰ったというところかな」
「そういうことだ」
カポックには見えていないし聞こえない。けれどヒュプノスが見上げた梁の上でジャスパーが大あくびをしていた。
「あとでジャスパーとジェットは送り届けるから安心して。それより、カポック。どうして私にこれを渡そうと思ったのか、聞いても良いかな?」
今の王家は国王の権力では抑えきれないほど王妃の横暴が目に付く。王妃派の第1王子、第1王女も同様だった。けれど証拠さえ揉み消されてしまえば国王も手出しができない。それは、王家を守るように作られた古い法律の中に逃げ込まれてしまうから。
「ジェマさんだけじゃないです。多くの民が、苦しんでいます。それを知っている殿下が、何もしないとは、思えなかった、です。殿下は、きっと、助けてくれると思った、です」
敬語もまだまだ不格好。それでも真っ直ぐに伝える瞳は真剣に、騎士らしく輝いていた。
「カポックは、本当に騎士に向いているね。僕が国王になったら。やっぱり第8小隊を近衛騎士にしたいな」
小さく笑ったヒュプノスは、カポックに手を差し出した。
「ありがとう。そう言ってくれて。僕は、今まで決心ができなかった。困っている民を助けたいとは思った。この国をより良くしたいとも思った。けれど、望まれない闇の王子が王妃派を倒しても、誰も喜ばないと思っていた。だけど、カポックのように僕に賭けてくれる民がいるなら。僕は迷わず戦える」
最初は、反発心。自分を幽閉した王妃へ復讐したいと思っていた。けれど学ぶほどに自分が持つ闇属性魔法が望まれないものだと知った。民からの反逆心を得て国を治める力は、王に向かないと思った。
闇属性魔法の可能性を知りたくて勉強を始めた。楽しくて、趣味になった。もっと研究がしたくなったころ、ジェマの存在を知った。そして、ジェマが妹であることを知り、同じように王家に捨てられたジェマを守りたいと思った。
夢を見て瞳を輝かせるジェマを放っておけなくて、自分と同じ瞳が愛おしくて。ジェマが笑顔で暮らせる国を作りたかった。魔法や魔術のことばかりに偏るようになっていた興味が、再び国へ向けられた。
ジェマのように奪われた者たちがどれほど多くいるのか、ドルゲの報告を聞いて知った。本には書かれていない真実。王妃派による王家の腐敗。自分が大切に想うジェマが大切に想っている人々の笑顔が奪われていく。それはジェマが悲しむことだと、ハリスを抱き締めるジェマを見て、はっきりと理解した。
「結局、ジェマのため。だけどね」
困ったように笑うヒュプノスに、カポックは小さく笑みを浮かべた。
「ジェマさんが笑って暮らせる国なら、必ず平和だと思います。ジェマさんは、出会った人全員の幸せを考えられる人です」
長旅の中、取引相手を、土地を。過去も未来も見据えていたジェマ。その姿に触れたカポックの重みのある言葉に、梁の上で聞いていたジャスパーは得意げに鼻を鳴らした。




