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駆けて来た馬の腹に駆けられた紋章。貴族の家を象徴する紋に、冒険者たちは慌てて首を垂れる。ジェマもジャスパーにこそこそと教えてもらいながら首を垂れる。カポックの頭の上にいたジェットも、カポックが手の平に移動させて敬礼させた。
「頭を上げてくれ。邪魔をしてすまないな。作業を続けてくれ」
馬から降りて来た男の声に、冒険者たちは緊張しながらも作業に戻る。ジェマはその男の顔をまじまじと見てしまって、ジャスパーにぐりっと顔を背けさせられた。
「いたぁい……」
「人の顔をまじまじと見たら失礼だろうが」
「でも、あの人、ハナナさんにそっくりなんだもん」
「ふふ。ジェマさん。正解です。紹介しますから、少し来てください」
ジェマはハナナに手招かれて男の元へと向かう。
「おい、家族に紹介だって」
「ハナナさん、やるなぁ」
「流石だな」
シヴァリーの声を皮切りに第8小隊の騎士たちがひそひそと話すと、ハナナはにこやかに騎士たちを振りむいた。
「何か?」
「な、なんでもありません!」
思わず背筋を伸ばした騎士たちに、シヴァリーだけが大笑いしていた。ハナナはため息を漏らすと男の方へと向き直った。
「兄上。この子が道具師のジェマ・ファーニストさんです。ジェマさん、こちらは私の兄、ツマナ・バイオレットです」
「ほほう。これは可愛いな。ジェマさん。私は紹介の通りツマナと言う。男爵家の跡取りではあるが、未来の妹として歓迎しよう。堅苦しいのはなしで頼むよ」
「兄上。おふざけは大概にしてください」
そう言いながらも耳を赤くしているハナナ。ツマナはニヤニヤと笑いながら弟の恋慕に嬉しそうに頷く。そんな2人にジェマはきょとんとしていたけれど、すぐに人懐っこく笑った。
「はじめまして。【チェリッシュ】の店主、ジェマ・ファーニストです。ハナナさんにはいつも助けてもらっています」
「やあ、ツマナ」
そしてジェマの背後にふっと現れたヒュプノス。第2王子からの依頼を受けて情報屋として活動しているバイオレット家の人間がその顔を知らないわけがない。ツマナは慌てて膝をついた。
「殿下。お久しぶりでございます」
「ああ。久しぶりだね。ところでツマナ。ジェマを未来の妹、と言ったか?」
「大変失礼いたしましたっ」
ツマナはひれ伏す。バイオレット家の情報屋としての一面をまとめ上げるツマナが、弟であるハナナが調べた情報を知らないわけがなかった。むしろ、ヒュプノスの生き別れの妹とハナナが可愛がっている道具師の女の子、という情報がようやく頭の中で繋がったような反応。ヒュプノスは涼やかに微笑んで頷いた。
「そういうことは、僕の許可を取るように。ね?」
「ははっ」
「ふふ、それだとヒュプノスさんが私のお兄さんみたいだね」
ジェマはどこか楽し気にころころと笑う。そうなんだよ、という数名の心の声がリンクする中、ヒュプノスは悪戯っぽく笑ってみせた。
「それくらいの仲でしょう?」
「ふふ、そうですね!」
否定をしないジェマに、ヒュプノスはすっかり上機嫌。ぽんっとツマナの肩に手を置いた。
「今回は許してあげようかな。それで? 報告があって来たんでしょう? 僕も聞いて良いかな?」
「え、は、はい。殿下も無関係とは言えませんから。コマスで改造されたファイヤーアーサスに移植された腕の身元を調べていたのですが、ハナナから預かった検体と家族関係にある腕が発見されました。その報告と、今回のナンブモスの解剖を引き受けるために数体預からせていただきたく」
ジェマの目が見開かれた。ヒュプノスは悲し気にその黒髪を撫でる。じんわりと、ジェマの瞳に溜まっていく涙。シヴァリーも歯を食いしばっていた。
「あの、2人分、ですか?」
「2人分、でした」
ジェマはどうにも我慢ができなくて、ぽたぽたと涙を零した。ハナナがバイオレット家に持ち帰ったハリスの血液。家族関係が証明された腕が2人分ということは、ハリスの両親の腕ということだ。
「私から、ハリスに伝えても良いですか?」
「ジェマさん、無理はしないでくださいね」
ハナナはジェマの背を擦る。親を奪われた2人の少女。幼くして知る必要がない悲しみと孤独を知ることになった2人を想うと、その場の空気が重たくなった。
「大丈夫。ハリス、きっと、喜んでくれる。やっと会えるんだもん」
「ジェマも、そうだったな」
スレートが行方不明になってから、死んだと理解をして、ようやくその遺体と向き合ったとき。ジェマは泣きながらもその帰宅を喜んだ。もう分かっているから、期待なんてしないから、どんな姿でも良いから早く帰ってきて。また会いたい。そう願わずにはいられない気持ちがジェマには分かってしまった。
どこかやるせない様子で、ジャスパーは深くため息を漏らした。奪われてはいけない命が、この国ではいくつも、それも簡単に奪われている。その連鎖は止まらない。
「ジェマの、お父さん……」
ヒュプノスは小さく呟くとツマナに目を向けた。その視線を受けたツマナは、背筋を伸ばして一礼した。




