王妃メアリー
グラスは最前線に辿り着くと声を張り上げた。
「王妃が来る!」
「ここを退くわけにはいきません!」
「そうだ! やるしかねぇ!」
ハナナとオハイアリィの声に頷く魔剣士たち。グラスがジェマとセインを振り向くものの、2人もここを退くつもりはなかった。
「私たちがここを離れれば、ハナナさんたちが麻痺毒を浴びてしまいます!」
ジェマの言葉が終わるころ、再び矢の雨が降り出した。
「他の冒険者たちはギルド近くの広場に移動した。今なら」
「ダメです! 矢では、全ての侵入を防ぎきることはできません!」
ヴォルグも1体のナンブモスを切り倒しながら叫ぶ。誰1人として、この場を離れるつもりはなかった。
「そうか。分かった」
グラスは覚悟を決めると、その場で戦う10人の冒険者と共にそこに残った。ジェマとセインの背後に立つと周囲を見回す。
「右から新たに5体! 左から6体!」
「はぁっ!」
「ファイヤートルネード!」
剣で、魔法で。ナンブモスたちを少しずつ減らしていく。上空を飛び交う矢もナンブモスたちを高く飛ばないように押し留め続ける。
そこに響きだしたカラカラという馬車の車輪の音。門の前で戦うジェマとセインのすぐ後ろでその音は止まった。
「王妃殿下の御前である! 頭が高いぞ!」
響き渡ったのは、騎士団ファスフォリア支部騎士団長の声。追従するのはファスフォリア支部の騎士たちの中から最高の出自と実力のあるものから選抜された第1小隊の騎士。そのマントの紋章は、フルール・ド・リスに月が組み合わされた王妃の紋。王妃がその力を我が物にしている証だった。
その堂々とした佇まいの前に立ち塞がったのは、シヴァリーだった。
「失礼ながら騎士団長。この冒険者たちは街を守るために戦っている最中で」
「第8小隊長ごときが、王妃殿下の御前で口を挟むとは何事か!」
「街の人の命が優先だと言っているのです!」
睨み合う2人。その声を背に聞きながら、ハナナたちは剣を振るう手を止めなかった。グラスはただ1人、その場を代表するように膝をついて首を垂れた。
「ふん。生意気な冒険者共が」
「不敬な者たちね」
馬車の中から聞こえた高慢な声。その声に応えるように騎士団長が手を振るうと、第1小隊の騎士たちはなんの躊躇いもなく剣を抜いた。
「王妃殿下への侮辱、万死に値する!」
「止めろ、騎士団。母上、度が過ぎます」
シヴァリーの前に立ったのは、ヒュプノスだった。その声に、騎士たちは立ち止まる。従う王族以外の前でも必ず礼節を守らなければならない。けれど王妃の命令を遂行する義務もある。静まり返った場を動かしたのは、開く馬車のドアの音だった。
豪華絢爛なドレスの裾を捌きながら降りて来た女。王妃メアリーはヒュプノスを冷ややかに見下ろした。
「あら。どうしてここにいるのかしら。あの別荘から出る許可などしていなくてよ」
「国王陛下より、外出の許可はいただいております。この国の最高権力者は父上ですから」
ヒュプノスは堂々とした眼差しで王妃メアリーを見上げる。王妃メアリーは歯ぎしりすると、顔を背ける。
「そう。ならば貴方の外出は認めましょう。ですが、この者たちの不敬は事実。即刻処刑なさい」
王妃の直接の命令に第1小隊の騎士たちがジェマたちの方へと進んでいく。騎士団長はシヴァリーへと剣を向けた。シヴァリーも咄嗟に剣を抜き、その剣がぶつかりあったとき。
「待たせたな」
影から姿を現したのは、ドルゲだった。その手に握られた書状をヒュプノスに渡す。フルール・ド・リスに拳の紋。マジフォリア王国国王の紋。ヒュプノスが書状を開くと、王妃は唇を噛んだ。
「国王より勅命する。現在街を守護する冒険者、並びに騎士たちは事態の収拾まで王族への非礼を不問とする。何人も本作戦を邪魔してはならない」
騎士たちは、動きを止めて膝をついた。国王の勅命。従うべき最上位の主君。騎士団長もシヴァリーも揃って膝をつき首を垂れる。
「くっ。あの人も貴方も……もう良いわ。帰るわよ」
「はっ」
王妃は馬車に乗り込もうとする。その視線がジェマとセインに向けられそうになったとき、ヒュプノスは反射的にジェマの姿を隠すように立ち塞がった。王妃は眉を動かしただけ。馬車に乗り込むとドアが閉められ、騎士たちはそれを護衛しながら王城へと去っていく。
「ヒュプノス殿下。ありがとうございます」
「構わないよ。皆さんの命を危険に晒したこと、お詫びします。今はここを守りましょう」
「はい」
グラスは再び指揮に戻る。ヒュプノスはシヴァリーの元へ向かうと、こっそりと耳打ちした。
「王妃がジェマに気が付いたかもしれない。流石に自分が産んだ子だとは思わないだろう。だが、万が一のこともある。しばらくは警護してくれないか?」
「分かりました。因みに、ジェマに近付いた不届き者をモアレが食した場合、どうなりますか?」
シヴァリーの真剣な表情に、ヒュプノスは思わず吹き出した。
「ははっ。そのときはついでに王妃も飲み込んでもらいましょうか」
のんびりと笑いながら、降り注ぐ矢が未だ必死に戦う冒険者とハナナに当たらないようにと闇属性魔法で飲み込んでいく。その器用さがありながらも、最愛のジェマを守ることをシヴァリーに託す。その意味にシヴァリーは真面目な顔で敬礼した。




