2
ハナナはジェマに声を掛けようとして、眉間に皺を寄せてグラスに視線を移した。
「何かありましたか?」
「あ、ああ。アドヴェルがモスの大群がこちらへ強襲を仕掛けてきている。その色が黄色っぽいと言ったら、ジェマが……」
「黄色。以前の旅で見かけたナンブモスですか?」
グラスの説明に、ハナナはハッとしてジェマを見る。ジェマは頷くと冒険者ギルドに張り出されている周辺地図を指さした。
「以前私たちが見かけた地点が、山脈のコマス寄りの地点です」
「わ、私が見たのは、ここだ。北のダンジョンの東方」
その距離はさして離れているとは言えない。
「こちらへ移動していますね。ですが、これだけの期間でこの距離の移動なのに、強襲ですか?」
同じ距離を同じ時間をかけて移動しているならば、そして移動先を変えることがなかったとするならば。あと2月はこちらへ向かってこないと考えられる。けれど。ジェマはアドヴェルに視線を向ける。アドヴェルは首を横に振った。
「モスが一直線にこちらへ向かうような動きを見せていた。それに群れの動きも活発で、鱗粉の量も多くて、普段の砂埃以上に周囲に靄が掛かっているようだった」
知識がなければ強襲の判断は難しい。ハナナはジェマを見る。ジェマのその厳しい表情から全てを察すると、グラスに視線を向けた。
「ナンブモスの麻痺毒を考えると、街へ侵入させることは許容できません。騎士団も援護しましょう」
「ああ、それは助かる。その麻痺毒が厄介だとジェマが言うんだ。冒険者だけで対応できるものか、作戦次第では難しくなるかもしれない」
ジェマが危機を感じているなら、万が一を考えて動くに越したことはない。ジェマはセインに視線を向けた。
「セインさん。さっき練習したばかりですけど、あれ、できますか?」
「できなくはないけど、制御が難しくて。完璧に制御しようと思うなら、多くても3人が限界です」
「それなら、なんとかなるかもしれません」
ジェマの言葉にグラスはパッと視線を向ける。その真剣な眼差しに、ジェマはゆっくり頷き返した。
「まず、回復魔法が使える方はセインさんと私以外全員後方待機でお願いします。弓矢を扱える方はその前に立って回復役の皆さんを守りながら矢で攻撃をしてください」
「いや、矢がモスに当たるわけないだろ」
「ああ、大型種でも素早いあいつら相手じゃなぁ」
冒険者たちの中から上がった声に、ジェマは首を横に振る。
「あくまで矢は牽制です。攻撃の本命は、剣を扱える方の中でも魔力に抵抗が少なくて腕利きの方を8名冒険者と騎士団から選出してください。セインさんと私で回復魔法を纏わせるので、麻痺毒を気にせず突っ込んでください」
ジェマの言葉にどよめきが広がる。回復魔法を纏う、そんな発想はもちろん、目にしたことがある者は誰もいなかった。グラスも思わず眉間に皺を寄せた。
「ジェマ、それは流石に」
「今は実演をする魔力が勿体ないのでやりませんが、先ほどセインさんには練習してもらったところだったんです。セインさんの魔法の威力は上がっていますから、ナンブモスの麻痺毒くらいならなんとかなるはずです。それから、万が一麻痺毒を浴びたときのために、持ち合わせがない方には私が【回復ポーション】を渡します」
ジェマは【次元袋】を広げると、ごっそりと【回復ポーション】を取り出す。そしてグラスを見上げて微笑んだ。
「これだけの準備があれば、大丈夫でしょう?」
「お支払いは?」
「ギルドでも冒険者の皆さんでも。私は構いませんよ?」
にこやかなジェマに、グラスは肩をすくませてストレリチアとアベリアが倉庫から引っ張り出してきた【回復ポーション】の残数を目で数える。
「あれでは足りないか。仕方ない。後払いでも良いか?」
「はい。大丈夫です。万が一支払いがなければ地の果てでも追いかけます」
「ジェマが言うと冗談に聞こえん」
グラスは苦笑いを浮かべると、冒険者たちに視線を向ける。
「剣の腕がある者なら多いが、魔力に抵抗が少ないというと、分からないぞ?」
「魔剣士の適正がある方はどうですか? 魔力を剣に通して魔石を操る戦い方が主ですから、魔力への抵抗が少ない方にしか適正はないと聞いたことがあります」
「なるほどな。それなら、まあ、アイツが1番か?」
グラスの視線が向かった先。冒険者たちの中で最年長のオハイアリィが魔法剣イグニアを手に二ッと笑っていた。
「まあ、そうかもしれないが。だが、鱗粉くらいなら魔法剣から出る炎で身体を包めば防げるぞ」
「ああ、俺がオハイアリィを守ってやる! 人手は多い方が良いんだろ! 任しとけ!」
すっかり頼もしくなったスコーチアの言葉に、ジェマは小さく微笑んでジャスパーを見る。ジャスパーは頷くと前脚を組んだ。
「スコーチアの炎なら容易だ」
「それじゃあ、オハイアリィさんにはスコーチアの炎を纏って戦ってもらうとして。結局あと8人ですね」
ジェマはそう言いながら、ふと見たことがある顔に目を留めた。視線がぶつかると、その男は少し迷いながらも1歩前に進み出た。




