改造ナンブモス
ジェマがセインに魔法のアイデアを教えて、セインの器用さにしばらくはしゃいでからエントランスに戻ると、人混みの中心にいる父のオハイアリィを見ながらストレリチアが頭を掻いていた。ジェマは咄嗟に駆け寄った。
「あの、ストレリチアさん」
「あ? おお、ジェマ。なるほど。地下から聞こえていた轟音はお前か」
「ええ? 心外です。あれはセインさんですから」
「変なこと教えてねぇよな?」
「まさか。普通のことしか言ってません」
胸を張って言うジェマに、ストレリチアは余計に訝し気な顔をしたけれど、それ以上の詮索はしなかった。
「ジェマ、ありがとうな」
不意の感謝に、ジェマは驚いてストレリチアを見上げた。その表情には寂しさと喜びがない交ぜになったようで、ジェマは言葉が見つからなかった。
「親父のあんな楽しそうな顔、久しぶりに見た。まあ、普通じゃないことになっているのは分かるけどさ。それ以上に、親父が元気になってくれて、安心してんだ」
ストレリチアはポケットから缶を取り出すと、ドロップをころんと取り出して口に放り込む。ふと、その缶をジェマとジャスパーに傾ける。
「食うか?」
「いや、我はいい」
きっぱり断ったジャスパーが見下ろすと、ジェマはそわそわしながら手を揺らめかせていた。
「食べたいなら食え。仕事はひとまず終わったんだろ?」
ストレリチアは可笑しそうに笑ってドロップをジェマの手に転がしてやる。ストレリチアの髪色と同じ黄色のドロップを手に、ジェマは思わず目を輝かせた。
「ありがとうございます」
「意外と子どもっぽいとこもあんだな」
大きな手が、ジェマの頭を撫でる。ガサツだけど優しくて、血の匂いがこびりついている。解体師という職を全うしている人間の勲章のような匂いにジェマは擽ったそうに笑った。
「良い笑顔だ。疲れたろ? スコーチアのことは俺が親父に伝える。あの様子じゃ、すっかり精霊としての在り方を身に着けたってところだろ」
スコーチアは喚くこともなく、嬉しそうにオハイアリィの肩に座ってその傍を守り続ける。精霊らしい姿ではあるものの、ジェマは思わず笑ってしまう。
「肩に座るっていうのは、ジャスパーとジェットを見て覚えちゃったのかもしれませんけどね」
「はは、良いじゃねぇか。常に傍にいられて。親父はスコーチアのことが見えないからな。くっついていてくれるなら少しは感じられるかもしれないだろ」
穏やかにオハイアリィとスコーチアを見つめるストレリチアの瞳が細められた。その時だった。
「魔物の強襲だ!」
バンッとドアが勢いよく開かれた瞬間に響いた声。その場にいた全員の身体に緊張が走る。叫ぶと同時に膝をついて崩れ落ちるアドヴェル。その声を聞きつけて地下からはセイン、2階からはグラスが飛び出してきた。
「アドヴェル! 魔物の種類と数、方角は!」
グラスの空気を震わせるような大声。セインは他に何も見えないかのようにアドヴェルに駆け寄って、息も絶え絶えなほどに疲れ果てたセインに強くなった回復魔法をかけた。一瞬のうちに話せるほどまで回復したアドヴェルは、セインの肩を借りてふらつきながらも立ち上がる。
「北東のダンジョンの周辺で、モスが群れを成して……数は、200は超えていた。モスにしては攻撃的で、急いで知らせに戻った」
その言葉に周囲の冒険者たちはどよめいた。けれどどこか楽観的に各々武器を手に取った。グラスも頷いて、片腕を上げた。
「モスの群れならば、襲ってくるとしても大したことはない。全員で迎え撃つぞ」
冒険者たちは答えるように雄叫びを上げて武器を掲げる。けれどジッと考え込んでいたジェマは、真っ直ぐにアドヴェルの方へと歩み寄った。
「アドヴェルさん。もう少し詳しくお願いします。モスの色は?」
「え、普通に茶色だったけど。あ、でも黄色っぽいのも見えたか。だがコマスに繋がるあの山の周辺は砂埃も多いし……」
「グラスさん。無策での応戦はオススメできません」
ジェマはアドヴェルの言葉に、焦ったようにグラスを振り向いた。その言葉の勢いに目を見開いたグラスはジェマの真剣なサファイア色の瞳を見つめ返すと手を力強く叩いた。
「だ、そうだ。俺たちよりも魔物の知識が豊富なジェマが言うんだ。少し待て」
今にも飛び出しそうだった冒険者たちも、不満げに立ち止まる。ジェマはグラスに歩み寄ると、焦る気持ちを落ち着けて説明する。
「黄色、という言葉から、ナンブモスの群れだと推測できます」
その言葉にハッとしたのは、ストレリチアだけだった。ファスフォリアでは珍しい魔物も、解体師のストレリチアは聞いたことがあった。すぐにアベリアの肩を叩くと、物資を保管している倉庫へと走り出した。ジェマはその様子に少し落ち着いて、短く息を吐いた。
「ナンブモスの鱗粉には痺れ毒が含まれています。少量であればポーションで回復も可能ですが、群れに囲まれて鱗粉を浴びれば、身動きが取れないまま繭に閉じ込められて捕食されるでしょう」
ジェマの言葉に冒険者たちは黙り込んで身震いをした。大型のモスの魔物に捕食されるなんて、冗談ではない。
「それに、異常発生と普通ではない攻撃性。発見場所がコマスに近いことも考慮して対策を考えるべきです」
その言葉にグラスが息を飲んだとき、場にそぐわない穏やかな足取りでやってきたハナナが冒険者ギルドのドアを開いた。




